第6話 「今じゃこの場所は」


 裏校舎の物置横。もともと、誰にも見つからない俺だけの隠れ場所だったはずだ。


 でも今じゃ――


「おっそ〜い、陽真くん! また来るの迷ったでしょ〜?」


 先に着いていた千春先輩が、俺を見つけて満面の笑みで手を振ってくる。


「……迷ってないです。てか、今日早くないですか?」


「走ってきたの!数学つまんなくてさ〜、それを共有したくなってしまいまして、ここ来たくなっちゃった!」


 言いながら、シートの横をぽんぽんと叩く。


 もう俺も慣れたもんで、何も言わずにそこに腰を下ろす。


「はい! じゃーん、今日はちょっといいもん持ってきました〜!」


 千春先輩がバッグから取り出したのは、小さなポータブルスピーカーだった。


「音楽、流していい? ここ、なんか雰囲気良くない?」


「……まぁ、いいですけど。誰か来たら困りますよ」


「大丈夫大丈夫〜! 誰も来ないって、ここ人気ゼロだし」


 そう言ってスピーカーのスイッチを入れると、静かにポップスが流れ始めた。最近の流行りっぽいやつ。歌詞もメロディーも、あんまり詳しくないけど、聞き心地は悪くなかった。


「これ、好きな曲なんですか?」


「うん! なんか、元気出るでしょ?」


「……先輩、元気そうですけど」


「それは見せかけってやつだよ〜。見た目だけ元気で、実は体力ゲージゼロ〜」


「……ゲームのステータス詐欺じゃないですか」


「でしょ〜! でもね、陽真くんとこうしてるとちょっと回復するから、サボり魔しちゃってるの」


 冗談っぽく言ってはいたけど、言葉の端々にちょっとだけ“本音”が混ざってるのが分かる。


 先輩は学校じゃ、完璧な人気者だ。男女問わず好かれて、神谷先輩にも告白するくらい積極的で、明るくて、何もかも持ってるように見えた。


 でも、今この場所で喋ってる白河千春は――。


「陽真くんはさ、学校って疲れたりする?」


「まぁ……ちょっとは」


「だよね〜。みんなに見られてる感、あるよね」


「先輩がそれ言います?」


「え、私? もう見られまくりよ! 歩いてるだけで“白河先輩だ”とか“今日も可愛い”とか聞こえるし、もう役でもやってんのかって感じ〜」


 ふざけたように言うけど、きっとその“役”をずっと演じ続けてるのがしんどいんだろう。


「じゃあ、ここにいるときは演技なしって感じですか?」


「うん、それ。陽真くんの前だと、ちょっと気が抜けるっていうか」


 先輩が言いながら、缶ジュースを俺に差し出してくる。自分のと、俺の分と、ちゃんと2本買ってきてるあたりが抜け目ない。


「ありがとっす」


「いいってことよ〜。ほらほら、今日も慰めタイム始めよう!」


「別に慰めること、ないでしょ今日」


「う〜ん、そうなんだけど……なんか話したい気分?」


「じゃあ、最近何かありました?」


「えっとね〜……あ、そうだ。陽真くん、あだ名とかある?」


前もそのくだりやった気が……。


「……ないです」


「よし、今からつける! えーと……“はるまっち”とかどう?」


「……それ前も一緒でしたよね……?」


「え、だって“はるまっち”、可愛くない!?」


「全然可愛くないっす。てか、それ女子向けじゃないですか」


「じゃあ“はるっぴ”? “ようぴ”?」


「もうやめてください」


 苦笑しながら肩をすくめると、先輩がふと表情を変えた。


「……もしかして、私ウザかった?」


「いや、そんなことないですけど」


いきなり過ぎないかこの先輩。落差についていけねぇ。


「そっか〜、ならよかった。ウザがられるの、地味に傷つくからさ」


「そんな顔されても困るんですけど」


 俺が思わず視線をそらすと、先輩は急にテンションを戻して「素直じゃん! かわいい〜」と茶化してきた。


「だから、それやめてくださいって……!」


「いや〜〜陽真くん、照れてるの見えたよ〜?」


「見てないでください!」


 どこまでが冗談で、どこまでが本音なのか分からない。でも、こうやってからかわれるのは嫌じゃなかった。


 俺の“秘密の場所”は、もう2人の場所になっていた。

 この関係がどこへ向かうのか、まだ俺には分からないけれど――


(ま、もうちょっとこのままでいてもいいか)


 そんなことを、缶ジュース片手にふと思った。

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