第34話 その輝きに思わず目を奪われた

 5月11日、土曜日。

 朝食を済ませるなり俺は着替え、颯爽と家を出る。


 2年も一緒に暮らしているというのに知らなかった……いや、今まで知ろうとしなかった、と言った方がいいか。

 とにかく俺は1年に1度きりの特別な日の前日にを知り、何も用意していないという危機的状況に置かれていた。


 駅まで走りその後は電車に揺られ、つい数日前に来た大型商業施設にやって来た。

 時間が早いからか人は少ない。これなら存分に商品を見て回れるぞ。


 まず初めにやって来たのはテレビで取り上げられるほど人気な焼き菓子の店。

 こちらは早く来すぎたようで品数は少ない。それでも心を惹くモノでいっぱいだった。

 正直俺自身に買って、食べたかったがお金も限られているので今日は我慢だ。いずれまた来よう。


「これだ!」と心から言えるモノが無かったので次の店。

 化粧品の専門店。周りに居るのは全て女性客で非常に居た堪れない気持ちになったが、姉さんのためなのでできるだけ気にしないようにした。


 ファウンデーション……何それ美味しいの?

 マスカラ……何それ良い音奏でるの?

 名前は聞いた事があっても何のために使うものなのか、そして姉さんが貰って嬉しいのかがピンとこず無駄な時間が過ぎ去った。


「お客様、本日はどのようで──」


 気がつけば目の前に20代前半の店員が柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 彼女がいい終える前に俺は口を開く。


「──プレゼントに良いのってありますか!」


「プ、プレゼントですか……それでしたらこちらはどうでしょう」


 そう言って店員が手に持って見せてくれたのは、値段の高いリップ。この値段なら買えなくは無いが……


「こちらの商品は──」


 それから始まったのは店員による熱い説明。3分の1が知らない言葉で上手く理解出来なかった。

 そしていきなり始まった、彼女の青春時代の話……思い出すだけで胃が痛くなりそうだ。


「次におすすめするのは──」


「──待ってください!か、買います。そのリップ買います!」


 せっかく話してもらったのに買わない、という事が俺は苦手だったらしい。

 これ以上話を聞いていると、未成年なのでできないが借金をしてしまいそうだったので店員の話を遮って、無理やり会計をするように催促した。

 さすがに5000円は超えなかったが、高校生にとっては痛い出費だった。


 喜んでくれるかな……喜んでくれるといいな。

 更にお金を使ってしまわないように俺は帰ろうとした──その時だった。

 1つのブレスレットが視界に入った。俺はその輝きに思わず目を奪われた。


 シンプルなデザインのチェーンに、可愛らしいハートのエンドパーツのついたどこにでもあるようなブレスレット。

 それなのに何故か惹かれる。

 気がつけば綺麗にラッピングしてもらい、片手に持つ紙袋の中に入れていた。


 ゴールデンウィークが終わった頃に貰ったお小遣いを全て使い果たしていた。

 そんな状態なのに少しも焦りも動揺もない。ただただ姉さんの喜ぶ姿が自然と思い浮かぶ。

 まだプレゼントしていないのに、胸の奥が熱くなる。


 帰路に着いた俺の足取りはとても軽いものだった。

 その道中では、今から大型商業施設に行くであろう人達と何度もすれ違い、好奇の目を向けられたが全く気にならなかった。


 俺は昼食も食べずに電車に乗り込む。

 早く姉さんの反応が見たくて仕方がないのだ。

 車窓に流れる景色はどれも綺麗なものだが決して見ている暇など無くて、1人ソワソワしていた。


 ◆


 そして辿り着いた自宅の前。

 今までに来たことが無い所のようなプレッシャーをヒシヒシと感じられる。


 俺は大きく1度だけ深呼吸をして、玄関の扉を勢いよく開いた。そして──


「ただいま」


 俺は家の中に居る人に聞こえるようなボリュームの声で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る