第14話

 大地も樹々も空に空気までもが凍てつき氷牢に閉ざされる。銀世界に変わってしまったその場に、一人佇む絶氷と呼ばれる人物は空を見上げていた。季節外れどころか気候的にあり得ない雪が降る中、何を想うのか。


「ハハッ、恐ろしいものだな。の力は」


「……よく言いますね。ただの魔法ですよ」


 凍った大地を音すら立てることなく近付いて来るのは、絶氷と同じくシードに名を連ねる鬼神。全てを呑み込んだ超魔法の範囲内にいながらも無傷である様子は、強者であることの証明でもあった。


「私にこんな真似は出来ない。……全部凍らせるとかバカじゃないの? おかげで帝国の奴ら慌てて逃げて行ったぞ。笑えるな」


 鈴を転がすような声色で笑う鬼神。物騒な言葉選びとの乖離が激しい。見た目と声だけなら大陸で悪名を轟かす国際指名手配犯とは誰も思わないだろう。


「私はこんな物騒な魔法を教えた記憶はないんだがな」


「本当によく言いますね。永遠と戦い続けられる貴方の方が余程異常者ですよ」


 二人にしか分からない関係があるのか、両者の会話は穏やかに感じられる。絶氷に関して言えば言葉と態度が柔らかい。共和国兵を前にした時とは雲泥の差である。


「お前こそよく言うじゃないか。あのガキが皮肉を言うようになるとはなぁ……」


「……貴方も子供だったじゃないですか。まぁその頃からシードでしたけど」


 降る雪は二人を避けるように積もる。鬼神が咲かせた赤い花を絶氷の白雪が覆い隠す。


「今回も外れ、か。本当にいるのかねぇ? 私には信じられない話だがな」


「僕の存在が……僕達の存在がその証明ですよ」


「だろうな。……だが、他は期待出来そうにない。血筋が優れただけの凡人なんだろうよ。私は何も感じないな」


「……いいんですよ。これは僕が始めた復讐ですからね。みんなは自由に生きてくれればそれで」


 絶氷が見つめる空は帝都の方角である。白い雪が幕のように視界を遮る。彼方此方。隔絶された何かがそこにはあった。


「甘いな。――甘いと言えば、はどういうことだ?」


「……と言いますと?」


「惚けるなよ。何故あの変人を庇った? 命を顧みず自暴自棄になったゴミを気にかけた理由は何だ?」


「所長ですか……」


 共和国が攻撃を仕掛けたタイミング。対象は初号機と呼ばれた人工魔道ゴーレムであり、その一番近くに魔法科学研究所の責任者はいた。部下は逃げ一人錯乱する様子を鬼神は眺めていた。


「足元の雑草を気にして何になる? その程度の覚悟だったのか?」


「……」


「お前がやろうとしていることは私が好き勝手暴れるのとは訳が違う。どれだけ力があったとしても足元をすくわれたら一瞬だ。――神代の一族使徒はどうなった?」


 神代の一族が姿を消して十年。帝国台頭と繁栄の裏には彼らの影響があったとされている。魔法とは異なる異能は神の御業と言われ畏怖の象徴であった。


「ふふっ……」


「……何がおかしい?」


 仮面の中から漏れる笑い声に眉を顰める鬼神。


「いえ、やっぱり僕は『鬼神』という二つ名は貴方にあってないと思いまして。そんな物騒な人が心配なんてしませんよ」


「抜かせ。私はお前を利用しているだけだ。神代の一族を出し抜いた輩を見てみたいってな。……奴らが生きていれば私が叩いたものを」


 神代の一族が生きていれば自分が戦ったと物騒な事を口にする鬼神。帝国軍内でも異質なシードではあるが、それ以上に特別だった件の一族。神託の夜を境に帝国軍は大きく変わった。――そして世界も。


「…………見られてんな」


「?」


 鬼神の雰囲気が変わる。抜き身の刃のように鋭く研ぎ澄まされた気配。殺気による影響か凍った大地に亀裂が走る。


なのがいるな。……さすがに遠すぎるか」


「兵士からは何も感じませんでしたが。――つまり、裏に何かがいる。それが分かっただけでも収穫ですよ」


 鬼神が感じ取った気配はアロウス王国の中心に移動しているとのことである。追えなくもないが面倒だと吐き捨てる。


「もう帰る。そろそろ坊ちゃんがうるさいからな。お前は見つからないように消えろよ」


「心得ています。いつも通りに」


 ふんっと鼻を鳴らし煙のように姿を消す鬼神。今まで誰もいなかったかのような静けさが漂う。しんしんと降る雪が余計に静寂さを演出していた。


「優しいですよ貴方は。――私に復讐の機会を与えてくれたのだから」




****




 アロウス王国から国境を見つめる瞳。不思議な輝きを放つ目を持つ少女とそれを守護するように付き添う騎士。二人はアロウスの人間でなければ共和国軍の所属でもなかった。


「鬼神に気付かれました。まさかここまで離れて察知されるとは」


「油断ならない人物ですね」


 目を閉じゆっくりと息を吐く少女。再び目を開くと瞳の不思議な輝きは消失していた。


「ですが目的は果たせました。鬼神に絶氷――どちらからもは見えません。つまり、生き残りではないと判断出来ます」


「アレだけの力を持ちながら、異能でないことの方が恐ろしいですね」


 二人はとある外交ルートを使い共和国に便宜を図ってもらっていたのだ。帝国との争いに干渉しないことを条件に、軍最後方で帯同することを許可されていた。――もっとも、雲行きが怪しくなった時点で二人は撤退を開始していたのだが。彼女の瞳は一度対象を捉えてしまえば、距離が離れていたとしても関係ない。……今後鬼神に対しては同じ力を使うことは避けたが良いだろうが。


「まさかとは思ったのですが……違いました」


「鬼神は十代の頃からシードに所属しています。……お聞きしている話とは乖離があります故」


 少し残念そうにその場を離れてゆく少女に続く騎士。


「いえ、鬼神については姿も公開されていますから違う可能性が高かったのですが……絶氷は」


 洗練された魔法技術に卓越した身体裁き。帝国が誇るシードの一員であることも頷ける絶対強者。その動きに無駄はなかった。


「絶氷、あの者から何か感じられましたか?」


「途轍もなくということは分かりました」


 姿を変え正体を隠す者。その絶対的な力と所作から何者であることも想定させない完璧な擬態。少女の瞳を以ってしても底が知れない強さしか見えなかった。――だからこそ却ってに見えてしまう。何もありませんよと周囲に説明しているように感じられたのだ。


「二人が違うにしても、鬼神と絶氷は何か関係があるのかも知れません」


「情報によると、鬼神が絶氷を軍に連れて来たとのことですからね」


 少女が見たこの戦いでその片鱗は確認出来なかったが、戦闘スタイル――特に体術の部分が酷似しているらしい。同じ流派なのか、帝国軍やシード独自の技術が継承されているのか。


「今考えても答えは出ませんね。それよりも大切なことが……」


「はい、に何が起きたのか。私は知らなければなりません」


 本来なら帝国内で直接調べたいが、少女の立場と帝国の情勢を考えればそれが危険であることは明らかである。帝国と共和国の対立が深まる状況下で、共和国側に深入りするのも得策とは言えない。ここが引き際である。


 楽しかった昔日の記憶を思い浮かべながら、その場を離れてゆく少女であった。




memo――神託の夜①

帝国を中心に各地で活動していた神代の一族がイノースに帰還する特別な日。百年に一度ある先祖を祀る大切な行事である。――表向きは。

マシロ達生き残りはその裏の理由を、真の意味を理解していなかった。一族の人間でありながら知らされていなかったことを、何故か知っていた者がいた。月夜を真っ赤な血で染めた者達がいる。彼らを見つけ出すまで絶氷の復讐は終わらない。

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