第2話

 要塞内部に鳴り響く警報と地震のような激しい揺れ。

 各拠点に配置された部隊との通信が次々に途絶える最中、なんとか連携を取り合い合流する兵士達。隊列を整える為に選んだ場所は戦機が配備された格納庫であった。


「何が起きた? どうなってる⁉︎」


「分からん! ただ無事なのはここにいる俺達だけだ。中尉も行方不明らしい」


 集まったのは総勢五十名の兵士達である。常日頃から要塞の襲撃を想定した訓練を行なっているが、内外部から同時に攻撃され指揮系統が乱れる事態など想定していなかった。しかも報告によれば外では竜が暴れているとの話である。


「とにかくだ。本部に救援要請を出すしかない」


「そんなこと分かってる! だがその連絡室にいる奴らも応答がないんだぞ」


 偶然にしてはタイミングが良すぎている。敵は何らかの作戦行動に基づきこちらを狙っているとしか思えない。この堅固な守りのサウンド要塞にどれだけの侵入者を許しているのか。


「なら要塞から出て助けを求めるか?」


「正気かよ? ここの守りを放棄するのか?」


「人数はいるんだ! 負けるわけないだろ」


 上官不在の影響から作戦が中々決まらない。言い争いを続けていると激しい爆音と異様な光景が目に入る。格納庫の入口を塞ぐ大きな鉄扉がのだ。

 飛来した扉に巻き込まれ二十人近くの人間が一瞬の内に戦闘不能に陥る。


「おぉ……分かりやすく集まってるじゃないか」


 細身の女性が破壊した扉から堂々と室内に入ってくる。見た目からして重い鉄扉をどうこう出来るとは思えない。だが、浮かべる獰猛な笑みに身に纏う軍服から甘い考えは霧散し恐怖が伝播する。


「て、帝国の……鬼神だ」


「ほう? 末端の兵士にも知れ渡ってんのか」


 ガリオン帝国軍の特殊戦闘部隊。シードに所属する彼らは一人一人が一騎当千の強者であり、単騎で敵国の軍隊を壊滅に追い込むことが出来る程の実力を有している。

 特に二年前に起きたタートル海域での戦闘はランド共和国からしてみれば重要な意味を持つ戦いであった。


「よく聞け雑魚共。お前達にはとある疑いが掛けられている」


「疑いだと? 疑念だけで他国を襲ったのか⁉︎ 明確な国際法違反だぞ!」


 当たり前であるが、大した理由もなく他国を襲えば様々な国際法に抵触することになる。他の国々から総バッシングを受け、同盟を結んだ国から攻撃されることも十分あり得るのだ。


「技術大国――テクノスはお前達が知るように帝国の宿敵である」


 おもむろに転がっていた鉄塊を手に取る女性。先程破壊された扉の破片だと思われる残骸である。


「そのテクノスとお前達は秘密裏に繋がっているな?」


「な、何訳の分からないことを言っている? テクノスの魔法科学は全世界に行き渡っているだろうが」


「愛すべき我が帝国の憲法にはこのように記されている。――帝国に敵対し他国に恭順することは反逆罪であると」


 女性が手に持った鉄塊が粉々に砕け散る。自分達の末路を表現されているように感じ、顔を引き攣らせるランド共和国の兵士達。


「ふ、ふざけるな! それは貴様ら帝国人の法だろうが! 俺達には「関係ある」」


「帝国の敵は全て叩き潰す。心配するな。皇帝陛下からはしっかりと許可を得ているからな」


 傍若無人。意味不明な理論で暴力を正当化する言い分に余計に混乱する。だが彼らとて馬鹿ではない。いかに敵が恐ろしくても目前で敵対し、しかも単騎であるなら引く理由がない。帝国軍のシードだとしても数の力で押し切れると判断した。


「敵対意思あり。……感謝する。やはり戦いはこうではなくてな」


「怯むな! 数では優位だ! たった一人の敵兵に我らが劣るはずがない! 百年続く歴史と伝統を戦闘狂に見せつけてやれ」


「クククッ……威勢がいいな。だがな、誰が言った?」


 格納庫の出口側、つまりは鬼神が破壊した反対側の扉に異常が現れる。ピキピキと音を立てながらする鉄扉。一際大きな音が響くと同時に扉は崩壊、格納庫内に冷気を帯びた突風が吹き荒れる。


「⁉︎ こ、こいつは……」


「黒い仮面に氷魔法、まさか」


 ランド共和国の兵士を絶望の底へ沈める新たな刺客。その人物を一言で表すなら冷き殺意。顔全体を覆い隠す黒い面に通常の帝国兵とは異なる戦闘服を身に着けている。


。タートル海域を氷の海に変えた化け物……」


「よくご存知で。お前達のお友達をぶっ壊したのがそのチビだ」


 女性よりも若干背は低く小柄。顔全体をも隠れていることから男女の判別がつかない。――兵士達からすれば最早見た目などはどうでもよかった。シードトップクラスの実力者、国際指名手配犯の災厄が同じ空間にいる。

 前門の虎、後門の狼。迫る死を前に意識を失ってしまう者もいた。


「こ、降参だ。投降する」


 一人また一人と武器を手放し手を上げる兵士達。数的優位にも関わらず戦いを諦める。一人なら奇跡が起きるかもしれない。だが二人ではその可能性は潰える。――そもそも彼らの実力では仮に鬼神一人であったとしても敵わないのだが。恐怖から正常な判断能力が低下していた。


「……聞きたいことがある」


 小さなくぐもった声が絶氷と呼ばれる帝国兵から放たれる。声質から男性なのか女性か、大人か子供さえもよく分からない。


を知っているか?」


 答える兵士はいない。顔を横に振るばかりである。彼らの命はこの強者二人が握っているのだ。下手なことは出来ない。


「魔力の波長に変化なし。つまり、何も知らないと」


 感情を読み解くことは難しいが、何処か落胆しているようにも感じ取れる。


「もう用はない。帝国の為に消えてくれ」


 ――絶氷が口にしたのは冷き死刑宣告であった。


「なッ⁉︎ 投降すると言っただろうが! 捕虜を不当に扱うなど国際法違反だぞ!」


「何をいけしゃあしゃあと宣っている? 帝国の法に、敵対国の人命保護など含まれていない」


 前へ踏み出す鬼神の異名を持つ女性。その一歩だけで地面に亀裂が走る。


「大体な、お前達にプライドはないのか? たったの相手に百年続いた不沈要塞を終わらせて。私なら恥ずかしくて自害する」


「ふざけるな! 外門にも帝国軍がいることは分かっている!」


 兵士の言葉を聞き馬鹿にしたようにせせら笑う女性。絶氷に変化はない。……というよりも仮面で表情は分からない。


「アレが帝国兵だと? ……本当に無能だな。奴らはその辺りで適当に捕まえた犯罪者集団だ」


 帝国軍が扱う軍服に似せた物を着させていたと話す女性。指示に従えば見逃してやると脅して手に入れた雑用係。――まんまと油断したようで重畳だと満足そうに頷いている。


「お前達は雑魚犯罪者に気を取られ踊っていたわけだ。そういう意味なら奴らも役に立った。……まぁ、今頃は高台にいたゴミと一緒に散っているんだろうが」


「……悪逆非道。お前らに人の心はないのか?」


「あるさ。愛すべき帝国に最大の敬意を。それ以外は粛清あるのみ。……路肩のゴミを人だとは思わないだろう?」


 話がまるで通じない。それも当然なのか。目の前にいる何かは人の見た目をした化け物なのだから。手放した武器を手に取るランド共和国の兵士達。鬼神の発言からして増援は見込めない。背後にいる絶氷の存在から撤退も不可能。退路は既に断たれていた。


「それでいい。窮鼠猫を噛む。最後まで楽しませてくれ」


「……相変わらず変態だ」


 呆れたような発言をする絶氷。だが考えは同じなのか見逃すつもりはないようである。仮面の人物が少し魔力を練っただけで格納庫が銀世界へと変わる。冷蔵庫に早変わりだなと楽しそうに笑う鬼神。


 ――寸刻のうちに彼らの意識は途絶えてしまった。


 難攻不落の鉄壁――サウンド要塞。百年続いた防衛記録は本日を以って終わることになった。

 要塞を落としたのは大陸有数の軍事国家――ガリオン帝国。しかも残されていた記録によると帝国側はたった二人の戦闘員だけでそれを成し遂げたとのことである。正体不明の竜に帝国兵士の姿もあったとされるが詳細は不明。何故ならサウンド要塞を守る兵士達全員が命を落としたからである。

 

 残っているのは、無惨に破壊され氷漬けとなってしまった要塞跡のみ――目に映る情報しかない。

 襲撃後に鬼神と絶氷は姿を消した。ランド共和国や同盟国が張る検問に引っかかることなく。

 結局目的は何だったのか。落とした要塞を奪うのではなく破壊することの意味は果たして。……一つ言えることは帝国軍の特殊戦闘部隊――シードが世界から恐れられるエピソードが新たに生まれたということである。




memo――シード

ガリオン帝国の特殊戦闘部隊の総称である。判明している構成員の数は十人に満たない。一人一人が二つ名を持つとされるが詳細は不明である。

大陸中に名が轟き恐れられているのが鬼神と呼ばれる女性。二年前からシードに加わったとされるのが絶氷。どちらも国際指名手配されている。

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