第27話 ゲッコー

 私は叫んだ。「逃げるな! 月下! それでも風紀委員長か!?」


「え?」ゲッコーが手を止めて振り向いた。声の主を探そうと視線を走らせたが、逃げるタイミングを失った事に気づき、腰に下げたSTクラブとSTバンドガンを取り出し起動させた。


 私は生身だけど、ラムダパニッシャーはラムダシールドを無効化できるので、お互い防御力は紙切れ同然だ。


 それにしても、つくづくゲッコーは月下に似ている。今となっては懐かしい姿だ。


 だが、彼らのために警備隊はひどい被害を受けた。ゲッコーとて容赦はできない。


 闘うなら先制するしかない。気合を入れて突っ込み斬り込んでいった。


 だがゲッコーはそれをSTクラブでいなしつつ、左手に持つSTハンドガンを撃って後ろのハイエスを牽制する。


 なかなかどうして、堂に入った戦い方をする。


 そうか、これは彼にとってゲームなんだ。だから死の恐怖を感じずに動くことができる。


 もちろんゲーム的な死への恐れを味わうことはあるだろうけど、実際に死ぬ可能性がある私とは、感覚的に大きな隔たりがあるはず。


 今度はゲッコーが私に肉薄し、鍔迫り合いになる。彼が片手で押してくるのに対し、私は両手でパニッシャーを抑えるのが精一杯で、ついには突き飛ばされてしまう。


 まずい、体力でも差があるのか。


 絶妙な間合いでゲッコーがハンドガンを私の額に向ける。


 だけど、年季が入っているのはこちらの方。負ける気はしない。


 私は自分の胸に手を当てて叫んだ。


「見ろ! これがお前のいずれなる姿だ!」


 ゲッコーの表情から緊張感が失せ、銃口が少し下がった。


 その隙に身を低く伏せた状態で走る。NPC警備隊仕込みの動きだ。


 月下なら最下段の位置は苦手なはず。足をすくう様な事はしない、倒れた相手は攻撃しない、そんな精神だ。


 案の定、ゲッコーは大振りにクラブを振り下ろす事しかできない。私はそれを避けて、ゲッコーの胸をパニッシャーで刺し貫いた。ただし、急所を外して、右胸の外れた位置に。


「わぁーー!!」とゲッコーが叫んで苦悶の表情を浮かべる。


 ちょっと待って、この瞬間になんと言えばいいか考えていなかった。


「これ以上、ヴァーミリオンに関わらないで! 本当に死ぬことになるわ!」


「君はプレイヤーなのか?」と、ゲッコーが聞いてきた。


「違うわ、多分……」


 どうなんだろう? 元プレイヤーなのは間違いないけど……


 一瞬の間が開いたとき「ログアウト」と、ゲッコーが宣言した。


「あ、待って、まだ話すことがあるはずよ!」


 しかしゲッコーの身体はその場に倒れ込んでしまった。


  

 ◇◆◇

  


『やったよ、ハイエス! あたし、ダイノ級を倒したよ!』と、ケイティが通信してきた。


 駐車場方向を見ると、ダイノ級ラムダファージが座り込み、崩れ始めていた。


 その周りをシルフが旋回して残ったラムダファージを攻撃している。


『でも、ダイノ級って言うほど強くなかったわね。ラムダシールドも薄くてダメージが入ったし、すでに弱っていた感じだった』と、ケイティ。


「わかった、ケイティ。後でそっちに行くから、少し待っていてくれ」と、ハイエスが答えている。


 ゲッコーの体を探っていると。ポケットからウォレットパスが見つかった。


「ウォレットパスを確保。慎重に社に回して」と、私はウォレットパスをチルトに渡す。


 その時、グスタフだった物の体内から破裂音が響き、瞬時にその身体が中心へと吸い込まれていった。


「全員、近づかないで! ミニワープゲートに吸い込まれるわよ!」


 これは前世のバイパーから聞いていた、アバターの強制回収だ。


 死亡またはログアウト後に破棄されたアバターを回収するため、体内にミニワープゲートを発生させ、ゲートの向こう側から強い引力で吸い込んでしまう仕組みになっている。


「引力に気を付けて! 死体から離れて!」と叫んだ。


 続けて他の犯人たちも次々と吸引されていった。


 私はゲッコーの腕章がついた方の腕をパニッシャーで切り落として下がった。その直後にゲッコーも身体の中心に吸い込まれた。


「証拠を隠滅しようとしたと言う事ね」そう言って切り取った腕の断面をハイエスに見せる。


 その腕の骨の部分はヒューマノイドと違って、光沢のある金属で出来ていた。


 すると、ハイエスが言った。「これってファントムストライカーじゃないのか?」


「え? ファントム?」


「ストライカーの間で噂になってるんだが、ミハイルにファントムストライカーって呼ばれる連中がいるらしい」と、ハイエスはゲッコーの左腕を手に取って言った。


「なんでも奴らは、ストライカーそっくりの無人格ロボットを作って、自分のインプラントデバイスと接続して遠隔操作しているらしい。そうすればIDの詐称も可能だし、自分自身は安全なままでいられる」


「アバター、ロボット……」


「そう、そんな感じだ」と、ハイエスは肯定する。


 ファントムストライカー! これこそプレイヤーのアバターではないか? となると、ゲッコーも実在するアバターロボットということ?


 その遠隔操作は通信封鎖シールドの中、銀行の屋内にまで届いていた。つまり操作者とアバターは超空間通信を使っているとしか考えられない。


 超空間通信は時間をも超えることができると聞いている。


 だとすれば、ヴァーミリオンとアバターの間で四万光年と千二百年という途方もない距離と時間を超えた超時空通信が行われているのではないだろうか?


 つまりVRゲームという見せかけの下で、実在するアバターとの通信をゲーム風に演出しているということかもしれない。


 ただし、そもそも西暦2026年に超空間通信機が存在していること自体が不可解だ。


 それから気になることがある。


 私はゲッコーを殺していない。これがタイムバラドックスを起こすことにならないだろうか?


 私がフッと消えたりするとしたら? それは本当の死、本当の恐怖だ。

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