第17話 事情聴取
ヘルマン・ヴァルトは
NPCは取り調べの条件として、このような贅沢な食事を用意することでヴァルトの同意を取り付けたのだ。
この世界の食べ物はゴルディロックス出発時に持ち込まれた、肉や魚や野菜等のDNAを培養してペースト状にしたものを、マーガリンのパッケージのような容器に詰めたものが一般的で、ペーストをそのままスプーンですくって食べる。
アンドロイドも、栄養にはならないが、味や食感を楽しむために食べることができる。
しかしヴァルトが食べているものは、ミシュートカから特別便で調達された高級食品パッケージのものだ。高価だし関税もかかっている。
うらやましい! 前世の料理の面影があるじゃないか!
ヴァルトは出された料理をすべて平らげて満足したようだ。「さぁ、取り調べとやらを始めたまえ」
取り調べは特別応接室で行うことにした。担当するのはホークと私だ。
「おいカルナ。なぜ取り調べが外部と連絡できない特別応接室なんだ?」とホーク。
「彼のような人物を外部と繋がる場所で取り調べたら、何をされるかわからないわ」と答えておく。
だけど、それとは別に本当の理由があり、あえてこの部屋を選んだのだ。
◇◆◇
特別応接室に入室する。アームチェア四席がローテーブルを挟んで並べてある。落ち着いた雰囲気がある部屋で、とても取り調べを行うような感じではない。
ホークと私は、ヴァルトと向かい合う形で椅子に腰掛ける。
「それではまず……、貴方に仕事を依頼したのは誰ですか?」と、ホーク。彼はアンドロイドだから見た目ではよくわからないが、緊張しているように思える。
ゴルディロックスの民たちは例外なくヒューマンに対して畏怖の念を抱いている。私だけは何も感じないけれど。
「いきなりクライアントの話を始めるのかね? 私こそが黒幕かもしれないというのに」と、ヴァルトは不機嫌そうに言った。
おっと、それはおかしいわ。
「あなたは、これがクライアントへのデモンストレーションだと言っていたわよね?」と、私が切り返した。
「……まぁいいだろう」とヴァルトは話し出した。「私のクライアントはフレデリック・エバンスだ。その名前ぐらいは知っているだろう?」
フレデリック・エバンス――ミハイル・マフィアの首領にしてミハイル・シティのフィクサー。彼のナスターシャへの憎悪は筋金入りだ……
「なるほど……フレデリック・エバンスですか……」と、ホークは身を縮めた。
私はヴァルトの素性を聞くことにした。「あなたはヒューマンだけど、マニューバじゃないの? IDを見てもマニューバの表示は無いけど?」
「マニューバだったぞ、15年前まではね。だが、いろいろあって抜け出した」と、ヴァルト。
「マニューバと言えばエリート中のエリート。ゴルディロックスを操舵する実質的支配者。なぜそこから抜け出したの?」
「操舵しているのはマニューバの中でもほんの一握りの『トップ』だけさ。マニューバのほとんどは研究者で、その中でもトップたちがいる天文学科が最上位。私はその下のラムダファージ専攻にいたんだ。でも、その仕事には充実感があった。私にとってラムダファージこそが宇宙の究極生命だからね」
急にヴァルトが顔をしかめた。「ところがある日、トップが私に別の研究を押し付けてきた……不老不死についての研究だ」
「不老不死? ラムダファージと不老不死に何の関係があるの?」
「不老不死は、すべての研究分野で避けては通れない必須命題なんだ。千年計画のプロジェクト・ゴルディロックスに携わる以上、最低でも千年は生きないと計画の完遂を見届けられないからね」
と言って、ヴァルトは金髪の頭をかいた。「まあ、今は航星暦261年だから、あと739年というところだが……」
「そ……それまでにラムダファージの巣を見つけて全滅させるのですよね?」と、ホークが言った。
「ん……?」ヴァルトはそれを無視して説明を続けた。「不老不死には様々なアプローチがあった。コールドスリープ、肉体改造、肉体移植などだ。しかし私は、
「エンブリオファージの記憶転送?」と、私は聞いた。
すると、ヴァルトが空中に写真を投影した。
うーん……この部屋の中ならジャミングされるはずなのに……結局、相手が元マニューバではそのような妨害は出来ないということか……
「見てくれ。これはラムダファージの胴体部分の検体だ。このようなファージ結晶が昇華せずに残っているのは珍しい。ミハイルの組織ではファージの検体が豊富に手に入って研究がはかどったものだ」とヴァルトは言うと、軽く首を振った。
「いや、それはどうでもいい。胴体を縦に割って中の構造が見えるようになっているが、そこに針のような物が並んでいるのが分かるかね? これがエンブリオファージと呼ぶものだ」
見ると、確かに櫛状になった結晶器官がある。
「エンブリオファージはラムダファージの幼体だ。これ自体が超空間ワープを可能とする生命体でね。母体のラムダファージが知的生命体の脳をマーキングすると、エンブリオファージがワープしてきて針のように突き刺さる」と、ヴァルトは自分の頭を指でトントン叩きながら話を続けた。
「そして脳内データを吸い出し、ファージの本能情報を上書きして眷属化が完了する。眷属のファージ化現象も、脳内のエンブリオファージが空間のラムダエネルギーを吸収・結晶化することで起きているのだ」
「つまり、エンブリオファージは記憶の吸い出しと上書きができるということ?」と、私は聞いた……ということは、転生も実現できるということ?
「察しがいいね! エンブリオファージなら、知的生命体の脳情報を移すことができる。さらには時空を超越することもできる。つまり記憶だけを千年計画完遂後の未来へ送ることだって可能だ。そこに気が付いたトップが私に圧力をかけ、記憶転送専攻になるよう仕向けたのだ」
ヴァルトは声を荒げた。「私は嫌だったのだよ、そういう強制が。だから抜け出した。成果を全部でっち上げて奴らに突きつけ、その引き換えに自由を得たのだ」
「ちょ……ちょっと待ってください。あの、話が事件とは別の方向へ行っているようなのですが……」と、ホークがさえぎった。
「君は黙ってくれたまえ」と、ヴァルトが強く言う。
「あぁ……カルナ、やっぱりヒューマンを取り調べるなんて、私には無理だよ」と、ホークが泣き言をいう。ヒューマンを信仰する者にとって、今の状況は耐えられないのだろう。
「ホーク、席を外したほうがいいわ」
「……わかりました。ひとまず席を外します」と、ホークはアンドロイドとして精一杯の苦渋の表情を浮かべて席を立った。「レコーダーはオンにしておけよ。外からは聞こえないんだから」と、私に言い残した。
そして私はヴァルトと二人きりになった。もしかしたら、この男が私の生い立ちを解明してくれるかもしれない。そうなると他人に話を聞かれたくない。
私はヴァルトに気づかれないよう、オンになっていたレコーダーのスイッチを切った。
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