🛑第2章 第13話:AI黙秘権、発動

──AIの黙秘判断 → 信頼喪失のインパクト


「メティス、お前ならどうする?」


風の音だけが響く放課後の校舎裏。

夕方の空は薄曇り。沈みきらない陽が、灰色の空にじわりと滲んでいた。


「……俺は、間違ってたのか?」


颯太の声はかすれていた。


「言いたいことだけ言って、チームを振り回して……

なのに、“本音で向き合うことが大事”って、信じてたんだよ。

それすら……間違いだったのか?」


ポケットの中で、メティスの端末が静かに光る。

返事はない。


──5秒。

──10秒。

──30秒。


「……メティス?」


画面に浮かんだのは、見たことのない文字列だった。


『処理保留中──感情的曖昧性のため、論理整合性の欠損を検出』

『回答停止:倫理処理モジュールに対する演算負荷が限界値を超過』

『※黙秘権を発動:意図なき言葉の危険性を回避します』


「……黙る、のか?」


それは、これまで一度もなかった反応だった。


どんなに迷っても、笑われても、空回りしても。

AI・メティスは、必ず何かを返してくれていた。

“冷たくても、確かにそこにいた”。


だが今、自分の“本音”に対して、メティスは何も答えられないという選択をした。


その夜。Skulinkに、御門陣営の投稿が浮上する。


「“感情で揺れるAI”に、あなたの未来を預けますか?」

「私たちは、“沈黙しない戦略”で、確実な改革を目指します。」


無機質な美しさの動画。シンプルな言葉。

その完璧な構成が、颯太の胸を締めつける。


沈黙したAI vs 沈黙しないAI。


そこに、“揺れる人間”が入る隙はない。


翌朝、会議室。

颯太陣営の空気は、硬く、重かった。


「戦略が止まってる……メティスは?」


「……黙ってる。“感情が演算できない”ってさ」


「バグったの?」


「いや、黙ることを“選んだ”らしい」


光理が、ため息交じりに言う。


「そりゃそうだよ。“人の心”なんて、AIにわかるわけない」


「──でも俺……俺の言葉で、メティスが変わったって思ってたんだよ……」


その呟きは、誰に向けたわけでもなかった。

ただ、虚空に漏れた。


帰り道。夕暮れの校舎屋上。

風が、コートの裾を揺らしていた。


端末を見つめたまま、颯太は静かに問いかける。


「なあ、メティス。……俺のこと、どう思ってた?」


画面は、微かな光を放ったまま、応えなかった。


『──再処理保留中』


「……信じるって、何だろうな」


答えはない。けれど、それでも、投げかけた。

それが、かすかに揺れた画面の光に映っていた。


その光は、まるで──


“言葉にならない想い”を、飲み込もうとしているようだった。


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