第3話 奴隷の証

 ────目を閉じてからどれくらい経っただろう。

 絶えず聞こえてたルゥマちゃんの悲鳴も、魔物の高揚の声も聞こえなくなった。


 僕は何もせず、ただずっと母さんの腕の中で震えてるだけ。

 もしここに母さんがいなかったら、僕はどうなっていただろうか。


「しっかりしろ、セント!」


 シュウくんの声だ。

 目を開けると、瀕死のセントくんに声をかけ続けるシュウくんの姿があった。

 しかし、セントくんからの返事は無く、返ってくるのは弱々しい呼吸音のみ。

 だいぶ重傷だ。


「誰か、手当を……!」


 シュウくんは僕らボイルの村人たちにそう呼びかけた。


「このままじゃ死んじまうぞ!」


 しかし、誰もシュウくんの呼びかけには答えない。

 こんな状況じゃ手当もできないからだ。

 事実、セントくんに助けられた村長の息子も、抉れた目を押さえて痛みに堪えるのみ。


「このまま、じゃ……」


 きっと、この時のシュウくんはわかっていた。

 どうすればセントくんを助けることができるかを────


「あらヤダ、しんみりモードって感じぃ?」


 その時、牢屋の扉が開くと共に、男の裏声が辺りに響いた。

 さっきの魔物と違って、ハッキリとした言葉を話す魔物。

 ────人間、だろうか?


「ホント、暗くて臭くてヤんなっちゃう」


 男を視認する。

 一言で表すならば「オネエ」さん。

 ケバい化粧に青髭、ピンク色の坊主頭。

 かなりガタイが良く、二メートル近くはあるだろう。

 そして、神父のような祭服を着ているが、聖職者にはとても見えない。


 一体何者なんだ。

 魔物には見えないが、さっきの奴よりもすごい圧を感じる。


「────あら、アナタ」


 男はシュウくんの方へと歩み寄る。


「歳はいくつ?」

「え……じゅ、十二だけど……」

「あと五年ね♡」


 男は指でシュウくんの顎に触れ、舌舐めずりをした。

 シュウくんは「ひぃ!」と短い悲鳴を上げる。

 魔物に襲われるのとは別の意味での恐怖だ。


「とりあえず、自己紹介からしようかしら」


 男は僕ら、ボイルの村人たちの方へと向き直る。


「アタシの名前はカイ。身長は195cm、体重、年齢、スリーサイズはヒ・ミ・ツ♡ 趣味は紅茶で、好きな色はピンク。好きなオトコのタイプはイケメン、もしくは筋肉質なオトコ……そうね、漁師がイイわ♡ 特にあの二の腕……♡」


 重傷者が多数かつ服を脱がされた人々の前で、軽い口調で自己紹介をする男の様は、まさに狂気だった。


 ────直感でわかる。

 こいつは魔物側だ。

 人間か魔物かはさておき、この男──カイがヒトに有益な人物でないことは理解できる。


「まず現状の説明だけど、アナタたちは今からアタシの奴隷になるの」


 奴隷になる。

 ────父さんの言った通りだ。


「業務内容は簡単。アナタたちはこの鉱山を掘って掘って掘りまくって、資源をたっぷり集めればいいの。死ぬまで、ね♡」


 資源……?

 魔物が鉱山資源なんて集めてどうするつもりだ?


 魔物は本能のままに暴れるだけの生物。

 知能が高い種族もいるけど、人間のような平和的思考にはならないはず。

 一体何をするつもりだ。


「なぁ、あんた!」


 その時、シュウくんはカイの話を遮って言葉を発した。


「セントを……こいつを手当してくれないか!」


 シュウくんの横やりに対して、カイは激怒する。

 ────かと思ったが、意外にも平静に返答していた。


「あら。酷い怪我ね。どうしたの?」

「さっき魔物にやられて…………なぁ、頼む! こいつを手当してくれ!」

「良いわよ。この子、結構可愛いし♡」

「本当か?!」


 まるで弱者に寄り添うかのような、意外な反応を見せた。


「えぇ。暴力を振るった魔物に対しては、アタシが注意しておくわ。もうアナタたちに手出しはさせない」

「あ、ありがとう……!」


 カイはセントくんに触れる。


 瞬間、セントくんの身体の傷がみるみるうちに再生した。

 ────魔法、だろうか?


 いや、そんなことより。

 何故、セントくんを治療したんだ?

 この人は、魔物側じゃないのか?


「な、なぁ……」


 その時、地面に這いつくばった村長の息子がカイの靴を掴んだ。


「俺も……俺の、傷も…………」


 セントくんの治療が終わると、カイは続けて村長の息子の身体に触れる。

 そして、次は彼を治療するのかと思った瞬間────!


「汚い手で触らないでちょうだい」


 彼の身体が粉微塵に、跡形も無く弾け飛んだ。

 それを見た人々は短い悲鳴を上げる。

 それはシュウくんも同様だった。


「あ、あんた……さっき、手出しはしないって……!」

「えぇ、言ったわよ。けど、それはアタシの部下に対して。アタシが手を出さないとは言ってないじゃない。男前以外の遺伝子は、アタシが間引かないと」


 微笑みを浮かべるカイの顔。

 その顔を見て、ぞっとする。

 ────悪魔だ。


 カイの表情からは、悪意なんてものは一切読み取れない。

 コイツは、人を殺すことを悪いと思っていない。

 むしろ、正しいことをしているかのようだ。

 ────気持ちが悪い。


「アナタたちはあくまで奴隷。吹けば消える命。むやみやたらには殺さないけど、態度や行動には十分注意した方がいいわ。アタシ、気まぐれなの」


 カイは嗤う。


「さて、労働の前に軽い躾をしなくちゃね。アナタたちが変な気を起こさないように、しっかりと♡」


 すると、カイはシュウくんの腕を強引に掴み、牢屋の出口の方へと向かう。


「な、何すんだ……?!」

「言ったじゃなぁい。躾よ。し・つ・け♡」


 二人が牢屋の外に出ると、門番の魔物が鍵を閉める。

 鉄柵の向こうではシュウくんが拘束具付きの椅子に座らされた。


「こぉんな幼気な子を躾けるなんて、心が痛むわぁん…………興奮する♡」

「や、やめろ……!!」


 椅子の上で暴れるシュウくん。

 しかし、拘束具にしっかり身体を固定されているため、逃げ出すことはできない。


 カイは椅子の横に置かれた台の引き出しから、鋏のような器具を取り出した。


「知ってるぅ? 奴隷って、指は五本もいらないのよね」


 五本も要らない。

 その言葉を聞き、誰もが察した。


「い、嫌だッ……!!」

「大丈夫よ。業務に支障が出ないようにするわ。一本だけだから。お願い♡」


 カイはシュウくんの右手小指に鋏型器具を近づける。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ────!!」


 瞬間、シュウくんの小指から、じゃき、という骨と肉が断たれる音がした。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!!!!」


 シュウくんの絶叫と椅子が激しく軋む音が辺りに響き渡る。

 ────小指を切断された。


「良い声……アナタ今、とぉ〜ってもセクシーよぉ♡」


 カイは愉悦の笑みを浮かべ、切断したシュウくんの小指を────


「美味し♡」


 口に含み、咀嚼する。


「ねぇ痛い? 痛いわよねぇ? もうこんな痛み二度と味わいたくないわよねぇ? あ〜ら、でも残念! ヒトのおてては二本あるのよ。ということで────」


 カイはシュウくんの左手に鋏を持ってくる。

 ────次は左手だ。


 僕は目を逸らす。

 もう、見るのが辛かった。


「うああああああああ!! 嫌だああああッ!!」


 目を閉じると、シュウくんの叫び声、懇願する声が鮮明に耳に響く。


「ごめんなさいッ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ────!!」


 また、あの音が鼓膜に響いた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!!!!」


 再び、シュウくんの絶叫が辺りに響く。

 しかし、今度の悲鳴はすぐに止んだ。


 ────恐る恐る目を開ける。

 シュウくんは口から泡を吹き、白目を剥いてピクピクと身体を痙攣させている。

 気絶、したのか。


「あ〜ん! もうやだわぁ、この子ったら! こんな可愛い顔でオネムしちゃったら、イタズラされちゃうわよ〜! アタシにッ!」


 そんな彼を見て、頬を染める異常者。

 カイは意識を失ったシュウくんの首を両手で締め始めた。


「あ゛ッ……ぐッ……!!」


 首を絞められたシュウくんの顔は血が溜まり、赤く腫れあがってゆく。


「あぁ〜! イイわぁ〜! ねぇ、もう逝っちゃう?! アタシに逝かされちゃうぅ?! ねぇッ!!」


 カイはハアハアと息を切らし、シュウくんの首をさらに強い力で締め上げる。

 シュウくんの顔はさらに腫れあがり、皮膚は真っ赤に染まった。

 鼻の血管が切れたのか、シュウくんは鼻から出血する。


「──────あらヤだ」


 その時、カイは唐突にシュウくんの首から手を離した。


「イケナイ。ホントに殺しちゃうトコだった」


 カイは気絶したシュウくんを拘束椅子から解放し、抱え上げる。


「アナタは数年後、もぉっとイイオトコになってからアソんであげる。プライベートで、ね♡」


 カイは再び牢屋の中へと入り、気絶したシュウくんを地面に寝かせる。


「あ、そうだ。一応、これも付けとかなくちゃ」


 すると、カイはシュウくんの胸元に「E01」と文字を刻んだ。

 おそらく、囚人番号的なものだろう。


「まぁ、此処の魔物が管理できるなんて全然思えないけど、一応ね」


 カイは僕らの方を振り返る。


「さぁて、どんどんいきましょう!」


 この時、僕らは漸く理解した。

 今から「シュウくんが受けた拷問を順に受ける」のだと。


 ────嫌だ。

 これから小指を切り落とされるなんて、想像しただけで頭がおかしくなる。

 そして、それがどれだけの苦痛を伴うか、僕らは見てしまった。

 小指を切り落とされたシュウくんの表情を。

 僕も、ああなるのか…………?!


 ────嫌だ!

 絶対に嫌だ!!

 死んでも受けたくない!!

 今すぐ逃げ出したい!!


「次、アナタね」

「ひッ!!」


 選ばれたのは、僕の隣で小さくうずくまる初老の男。

 村の神父さんだ。


「な、何故、私を……?!」

「なんとなくぅ?」


 僕はまた、自分が選ばれなくて良かったと思ってしまっている。

 どうせ、全員が同じ苦痛を受けるとわかっていても。


「わ、わた、私はッ! 私は神に仕える身だッ!」

「だからぁ?」

「わ、私の身体は、穢れ多き魔物風情が触れていいものではないッ! 暴行を加えるというのならば、必ずや貴様に天罰が下るであろうッ!」

「へ〜! 面白いじゃな〜い! じゃあ、そのカミサマってのもアタシが躾けてあげる。イイオトコだったら嬉しいわ〜」

「なッ……?!」


 カイは神父さんの頭を鷲掴みし、無理矢理に牢屋から連れ出そうとする。

 その最中、神父さんは僕らの方を向き、こう怒鳴った。


「お、お前たちッ! 誰か代われッ! さすれば必ずや神の祝福を受けるであろうッ! 早くしろぉぉッ!!! 低脳共がぁぁあ!!!」


 聖職者──もとい、僕が知ってる神父さんからは絶対に出ないであろう酷い言葉の数々。

 正直ショックだった。


「私は聖職者だぞッ! お前ら神を裏切るのかぁぁぁ!!!」


 教会へは何度も遊びに行ったことがあるため、彼のヒトトナリはある程度知っているつもりだった。

 いつも笑顔で、優しく、子供好き。

 いつも僕らに──村八分にされているセントくんやルゥマちゃんにも例外なく、お菓子をくれていた。


 だから、こんな彼の姿を見るなんて思わなかったし、見なくもなかった。

 「人は窮地に立たされた時に素が出る」とよく聞くが、まさにその通りだった。

 逆に、どんな窮地に立たされても自分の正義を貫き通せるセントくんやシュウくんなんかは根っからの善人だ。

 それに対して僕は────


「お待ち下さいッ!」


 その時、一人の女性が立ち上がった。


「わ、私がその方の……いえ、此処にいる全員の痛みを引き受けます」


 彼女は神父さんと同じく、教会に仕える若いシスターだ。

 おそらく、シュウくんが拷問されるのを見て、良心の呵責に耐え切れなくなったのだろう。


 しかし、カイはそれをあっさりと却下する。


「悪いけど、これ、躾なのよね。代わるとかできないの。わかる?」

「で、でしたら、せめて子供だけでも────!」

「それに、女は躾けないから」

「えっ……」


 シスターだけでなく、それを聞いた全員が首を傾げる。


 それってつまり、女性は全員助かるってことなのだろうか。

 拷問を受けるのは男だけ……?


「言い忘れてたけど、女に躾はしないわ。というか奴隷にしない。だって肉体労働で男に敵うわけないもの。あ、でも勘違いしないでちょうだいね? 別に『女は役立たずだから要らない』って言ってるわけじゃないの。むしろアタシは男より女の方が価値があると思ってるわ」


 奴隷にしないなら、何故、女性を生きてこの鉱山に連れてきたりなんかしたんだ。


「女には人智を超えた力がある。そう、生命を創り出す力。魔王様だって、生き物を創り出すのはそう簡単なことじゃない。それをこんな非力な生物が成し得るんですから、そりゃもう神秘よ、神秘」


 一体何が言いたいんだ。


「────ってことで、女は『ボタイ』になってもらうわ。死ぬまで魔物の赤ちゃんを産んでもらうの。まぁその前に、腕とか脚とか、要らないトコ全部削いで燃費良くしちゃう作業が待ってるケド」


 人の尊厳を踏み躙るような行為を、軽々と口にするカイ。

 コイツらは。


 魔物あくまだった。





 ────その後、男たちは順に両手の小指を切断されてゆき、奴隷としての証をその身に刻み込まれる。

 悲鳴、怒号、謝罪。

 もう耳の神経が削れるほど聞いた。


 そんな時。

 ────遂に、僕の番が来た。


「やめてくださいッ!」


 そう叫んだのは母さんだ。

 母さんは僕を守るような形で、僕の身体を抱きしめる。


 それを見たカイは溜息を吐く。

 おそらく、この「親が子を庇う」というやり取りに嫌気が差していたのだろう。

 カイはその度に親を子から引き剥がしていたから。


「んもぅ、面倒だわ。早く諦めて────ん?」


 カイは言葉を中断して、母さんの顔を覗き込む。


「アナタ、見覚えがあるわ。確か、数年前…………そう。シャルルの研究所で見たわ。グレイちゃんの助手じゃなかったかしら?」


 グレイ。

 ────父さんの名だ。

 どうして、ここで父さんの名前が出てくるんだ。


「…………」


 目を逸らし、口を閉じる母さん。

 その顔を一瞥した後、カイは僕の顔を覗き込んで不気味に微笑む。


「あら。あらあら。あらあらあら。グレイちゃんにそっくりじゃないのぉ。とぉってもつまらないわ」


 瞬間。

 カイの顔から笑みが消える。


「つまらないから殺すわね」


 カイの巨大な左手の平が顔面に迫ってきた。

 殺される────!


「待ってッ!!」


 その時、母さんはカイの腕にしがみついた。


「この子には『まだ』何も話してないの! お願い!」

「グレイちゃんは何処?」

「あの人は、死にました…………」

「そう」


 母さんはカイの腕から離れ、僕の前に立つ。


「だから、殺すのは私だけにして…………」


 なにを、言ってるんだ、母さんは。


「えぇ、当然。でも、その前に────」


 カイは母さんを押し除け、僕の左脇腹に触れる。

 そして────!


「これは没収しておくわよ」


 皮膚の奥に指を突き刺し、父さんが僕の身体に隠したアレを取り出す。


「あ゛ぁ゛!!!!」


 深く肉を抉られた痛みが襲う。


「レオッ!!」


 母さんは僕の身体を支える。

 対して、カイは僕の体内から取り出したアレを眺める。


合成樹脂プラスチックね。この世界には存在しない異物だわ。大方、未来から送られてきたか、あるいは、異世界から持ち込んだか……」


 僕には理解できない内容の独り言を呟いた後、カイはそれを粉々に握りつぶした。


「グレイちゃんも悪い事するわよねぇ。チート行為は犯罪なのよぉ?」


 すると、カイは気分を切り替えるかの如く手を叩き、明るい声色で僕と母さんに話を始めた。


「そうだわ! ここいらで一つ、ゲームをしましょう! たまには趣向を変えることも大切よね! 指切り飽きちゃったもの!」


 そう言うと、カイは僕と母さんの腕を掴み、僕らは牢獄の外へと連れ出された。


「な、何をするの?!」

「言ったでしょ、ただのゲームだって」


 カイが地面に手を触れる。

 瞬間、地面が独りでに動き出し、ギロチン台と滑車のようなものが作り出された。


「はーい、完成♡」


 今、ギロチン台の上には重量のある巨大な刃がストッパーで留められている。

 刃の柄には縄が付いていて、滑車を伝って僕の手元に垂れ下がっている。

 そして、ギロチン台の上には母さんが固定されている。

 一体、何が始まるんだ。


「今から杭を外すわ。アナタはその縄を引いてお母さんを守ってあげて。そうねぇ……十時間、アナタが縄を引っ張り続けることができれば、お母さんは助けてあげるわ。勿論、アナタも」

「えっ…………?」


 どういうことだ。

 縄を引く……?

 耐えれば、助かる、のか…………?


「さぁ、ゲームスタートよぉん!!」


 瞬間。

 ストッパーが外され、ギロチンの刃が母さんの首めがけて勢いよく落下を始めた。


「あっ────!!」


 刃が…………!

 このままじゃ母さんがッ…………!!


「ッ…………!!」


 咄嗟に身体が動いたおかげで、刃の落下は止まった

 しかし、ギロチンの刃は想像以上に重い。


「くッ……!!」


 なんて重量だ!

 少しでも気を抜けば身体が浮いてしまう!

 こんなの十時間なんて無理だ!!


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!」


 しかし、僕に「引かない」という選択肢は無い。

 だって、引かなければ、母さんは死ぬ。

 ────僕の手で、母さんが死ぬ。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!!!」


 腕の震えが止まらない。


 縄は徐々に僕を引き上げる。


 次第に涙が溢れてきた。


 誰か、助けて────!!


「た゛れ゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!」


 周囲には、嘲笑う悪魔。


 牢獄には、傍観する村人。


 ギロチン台には、母さん。


「た゛れ゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………………!!!!!!」


 腕が震える。


 踏ん張る脚が無慈悲に浮く。


 ────今、何分経った?


「た゛れ゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!!!」


 腕の筋繊維が断裂し、もはや縄を握ことすら難しくなる。


「ッ……!!」


 縄を噛み、引っ張る。

 使い物にならなくなった右腕を捨て、左腕と口で縄を引いた。


「う゛く゛ッ…………!!!!」


 口の中が血生臭い。


 頭が沸騰する。


 もう限界だ。


 ────今、何分経った?


「レオッ……!!」


 母さんの声がする。


「レオ…………」


 顔が、見え、ない。


「もう、いい……」


 やめてくれ。


「もう、いいから…………」


 やめてくれよ、母さん。


 そんなこと言われたら、僕は────


「ありがとうッ…………!」


 きっと、母さんに甘えてしまう。


「い゛や゛た゛ぁ゛ぁ゛…………!!!!」


 声を出した拍子に。

 歯が抜けた──────





 その時。

 聞いたこともないような水音が僕の鼓膜に届いた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 目の前が真っ赤に染まる。


「あ゛ぁ゛ぁ゛…………!」


 ソレに歩み寄る。

 噴水の様に辺りを赤で潤すソレに。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!」


 足元には、丸いものが転がっている。

 今の僕には、ソレを拾い上げることすらできなかった。


「あ〜ら、残念。お母さん、死んぢゃったわね」


 母さんは死んだ。


「アナタが、殺しちゃったわねぇ〜」


 僕が殺した。


「アナタってすごく親不孝な子ねぇ。頑張ればお母さん助けられたのにぃ。なんで諦めちゃったの?」


 僕が、母さんを、殺した。


「アハハハハハハハハハハ!! やめてよ、そんな顔するの!! ホント、ヤんなっちゃうわ!!」


 ────いや、違う。


「ねぇ!! アナタ!! 今どんな気持ちぃぃい?!?! ねぇ!!」


 魔物コイツらのせいだ。


「いい気晴らしになったわ! それじゃ、指切りげんまん、続けましょう♡」


 魔物コイツらさえ、いなければ────


「じゃあ、右からいくわよ〜」


 ────殺してやる。


「はい、じゃあ次、反対ね〜」


 指をすべて切り落としてから、殺してやる。

 生きたまま腹を開いてから、殺してやる。

 四肢を切り落としてから、殺してやる。

 皮膚を剥がしてから、殺してやる。

 目玉を抉ってから、殺してやる。

 顔を焼いてから、殺してやる。

 親を殺してから、殺してやる。

 子を殺してから、殺してやる。


「…………アナタ、何も叫ばないのね。痛くないの?」


 殺してやる──────

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