忘却のパトリオッツ

天谷なや

プロローグ

※報告記録書


「株式会社GAME NOAHが超体感型ゲームの開発を発表!」


 2019年。

 某ゲーム会社エンジニアが⬛︎⬛︎と接触。

 例のソースコードを受け取る────




「GAME NOAH(株)が断念! フルダイブは技術的に不可能だった!」


 2020年。

 例のエンジニアが⬛︎⬛︎から受け取ったプログラムを実行。

 この世界における時空的影響は────




「中東で大地震発生! 大規模な地割れにより死傷者多数!」


 2024年。

 魔界への穴が通じる。

 天使軍は調査員を派遣するも────




「相次ぐ未確認生物の報告例! SNS上では生物兵器との噂も!」


 2025年。

 魔物モンスターが地上に出現。

 殲滅を急ぐ────




「各地で失踪事件が多発! 一部地域では学校閉鎖などの対策を実施!」


 2026年。

 人に模した魔物が地上に出現、次第に社会への適応を見せ始める。

 殲滅を急ぐ────




「過激派テロ組織による各国軍事基地の同時制圧! 止まらない勢力拡大!」


 2027年。

 魔物が人間と共謀を始める。

 天使軍は魔王討伐作戦を実行し、魔界へ人員を導入するも────




「アジア・アフリカ・ヨーロッパでパンデミック発生! 新種のウイルスか?!」

「北米と南米で過去最大規模のハリケーン! 今もなお拡大を続ける!」

「オーストラリアで濃霧発生! 謎の磁場も発生して鎖国状態!」

「相次ぐ集団失踪! 都内だけで今月16件目!」


 2030年。

 魔物勢力は様々な手段で各国の主要機関を制圧。

 天使軍は再び魔界への調査員を派遣し、魔界の住人を三名保護────




「世界か…………りゅ……発生…………避難……せよ!」


 2031年。

 魔物による本格的な地上侵略が始まり、地上の人間並びに天界は崩壊。

 世界は魔物の手に堕ちた────




「…………」


 2035年──────




 4月、東京、渋谷。

 俺は、生きる為に走っていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 この脚を止めてしまえば、背後にいるイヌだかワニだかよくわからん魔物イキモノに喰い殺されてしまう。

 俺は、この報告書が挟まれたファイルを抱え、黒紫の雲が連なる血色の空の下を走っていた。


「くそッ……しつこい奴等だッ……!」


 瓦礫を飛び越え、建物を回り、地の利を生かして魔物の追尾を振り切る。

 元戦場ジャーナリストとして戦地を飛び回った経験が活きたな。

 ────かと言って、この先ずっと逃げ切れる自信なんてない。


「何日後に死ぬんだろ、俺……」


 やめろやめろ。

 悲観的な考えはするんじゃない。

 こんなところでくたばってどうする?

 俺には、果たすべき使命があるだろ。


「この報告書…………」


 そう。

 数ヵ月前、食糧を探す為に品川へ訪れた時、天使の遺体からくすねたこの報告書だ。

 所々破れて読めなくなっているが、重要なものに違いない。

 特に2035年以降の内容…………

 恐らく、これこそ、あの天使が伝えたかった重要なことなんだ。


 その内容は、残念ながら俺には理解できないが、見る者が見れば、理解し、活用できるはず。

 きっと、この地獄に希望をもたらしてくれるに違いない。

 俺の使命は、この報告書を「活かせる人物」に託すことだ。

 だから、まだ俺は、死ぬわけにはいかない。


「…………」


 ────いや。

 正直言うと、そう思いたいだけなのかもしれない。

 死んだ方が楽なこの世界で、いつまでも死を恐れて受け入れられない臆病者には、明日を生きる理由が必要なんだ。

 死ねない理由を誤魔化す、生きる理由を。


「……こんな紙切れかよ、俺の希望は」


 独りぶつくさと文句を言いながら、渋谷の地下街へと向かう。




 階段を降りた先。

 粗末なバリケードに貧相な門番が二人

 ────右はことわり、左は妖刀持ちか。

 やはり、この崩壊した世界で生き残れるのは何かしらの異能持ちぐらいで、俺のように完全にノーマルな人間は、生き残り全体の一割にも満たない。


「止まれ」


 当然、門番の男達に止められる。


「アンタ、人間か?」

「あぁ、ジャーナリストの四谷という者だ。信じられないってなら名刺でも────」

「いや、要らん。おい」


 左の男が右の男に視線を送ると、右の男は目を閉じて静かに頷く。

 何を言いたいのか察したようで、左の男はバリケードの扉を開けた。


「……ほら、入れ」

「どうも」


 俺が魔物じゃない──能力者ですらない事を感じ取ったようだ。

 右の男はタレント持ちだったか。


 バリケードに設置された扉を通ろうと身を屈めたその時、尻に固いものを当てられた。

 それは、左の男が手にしていた妖刀わざものの鞘だった。


「なんだよ?」

「言っとくが、揉め事だけは起こすなよ」

「…………ノーマルな俺が何か起こせるとでも? だからおたくらも通したんだろ?」


 こういったコロニーに入れるのは、コロニー内に顔見知りが居る者だけで、余所者は基本入れない。

 しかし、俺は無能力者ノーマルで、つまりは人畜無害な存在。

 だからこそ、特別な審査無しで入れたりもする。

 まぁ場所にもよるが、渋谷あたりの治安は良いし、偏見も少ないからな。


「アンタは知ってる。行け」

「…………あぁ」


 知ってるならチェックせずに入れろよな。




 バリケードの扉をくぐると、魔石ランプに照らされた渋谷地下街──居住区が現れた。

 通路の端や空き家になった店内には、生き残りの人間たちがテントを張っていて、地下街の通路がかなり狭くなっている。


「何処もこんな感じか……」


 世界崩壊後、ネットはおろか電気や水道・ガスなんかも止まってしまい、今や魔術師が地下街のインフラを担っていた。

 電灯に魔石を入れてコードにマナを流すことで光を産み、水や火の生成はそれぞれ担当の精霊と契約した魔術師たちが担う。

 また、コロニー内・外の監視は感知能力に長けた超能力者に任せ、安全を確保している。

 そして、魔物が攻めてくるなどの荒事には、気闘士や妖刀持ちなんかが対処する。


 ────とはいえ、俺自身が無能力者なわけで、マナやサイやイドなんて用語はわからないから、何となく程度しか理解していないけどな。


「おにぃ〜さん」


 その時、通路端のレジャーシートの上に座っている女性に声をかけられた。

 年齢は二十代後半ぐらいか。

 ややプリンになった頭髪に、気怠そうなニヤケ顔。

 そして、タバコを吹かすその様相は、まさにやさぐれ女子そのものだ。


「此処らじゃ見ない顔だねぇ? ひょっとして魔物ぉ?」

「……だとしたら、門番が通してないだろ」

「にゃはは。そりゃそうだ」

「…………」


 一体、この女は何目的で話しかけてきたのだろうか。


「ねぇ、お兄さんは何持ち? マソ持ちぃ?」

「……それ魔物だろ」


 いくら俺でも知っている。

 マソは魔物特有のエネルギーだ。

 つまり、マソ持ち=魔物ということになる。


「えぇー、お兄さん魔物じゃないのぉ?」

「…………」


 この女、呂律が回ってないな。

 よく見たら背後にカップ酒の空き瓶が転がっている。

 なんだ、ただの酔っ払いか。


「…………羨ましいよ。俺も、なれるもんならなってみたいね」

「魔物にぃー?」

「こんな地獄で悠々と酔っ払える、アンタみたいな馬鹿に、だよ」

「にゃはは」


 こんな馬鹿は放っておいて、何処か寝れそうなところを探すか。

 それが終わり次第、食糧調達がてら聞き込みでも始めて────


「四谷シンジさんっすよねぇー。雑誌記者の」


 その時。

 酔っ払い女が俺の名を呼ぶ。

 それもフルネーム、役職込みで。


「…………何故、知っている?」

「仕事柄ねぇー。ま、元が付くけどさ」


 そう言うと、女は胸ポケットから一枚の手帳を取り出した。

 ────警察手帳。


「アンタ、刑事だったのか……」

「そっそー」

「…………だが、それが俺を知っていた理由にはならんだろ?」


 確かに警察へは仕事でよく伺っていたが、こんなやさぐれ女と話したことはないはず。


「物覚え良いんだー、私って。それにお兄さん確か、穴のこと調べてたでしょ?」


 ────穴。

 中東にできたという魔界へと通じる入り口で、魔物は其処から来たらしい。


「私もねー、ちょっと事情があって調べてたんだー。まぁ、調べ過ぎて左遷されちゃったんだけど」

「……何故、調べていたんだ?」


 当時、まだ魔物の存在は明るみになっておらず、魔界への穴は地震による地割れとしか発表がなかった。

 その頃、偶然にも中東に居て、連合軍の動きに不信感を抱いた俺ならまだしも、日本の刑事であるこの女が穴を調べる道理はない。


「…………知り合いがね、穴ん中で死んじゃったんだ」



 ───魔界へ人員を導入するも───



「まさか、その知り合い────天使、だったのか?」

「…………さぁね。私にとってはただの同期で、後輩だった」


 しみじみとタバコを吹かす元刑事の女。

 その様子から見て、その死んでしまった同期だか後輩だかのことを、余程気に入っていたんだろう。


 本来ならこの辺りで気を遣い、会話を終えてしまうところだ。

 しかし、使命に燃える俺に気を遣う余裕はなく、更に内容を深掘りする。


「そいつの名前は、なんて言うんだ……?」


 その問いに、女はまたもや「にゃはは」と笑い────


「こりゃ当たったかもねぇー」


 まるで無邪気な少女のような笑みを浮かべる。


「当たった……?」

「そそ。お兄さん元記者だから、情報とか持ってないかなー、持ってなくてもコネ作っときたいなーって思って話しかけたわけ…………知ってるんでしょ? 色々と」


 この時、俺は理解した。

 目の前にいる女こそ、俺が探していた──俺にとっても「当たり」の人物かもしれないと。

 俺は興奮気味に尋ねた。


「教えてくれ。そいつの名前は────!」


 瞬間。

 地下街の天井が崩落した。


「「「ぎゃーーーーー!!!」」」


 どうやら、このエリアからは離れたところで崩落が起きたようだ。

 しかし、狭い渋谷地下街は一瞬にして、喧騒と砂埃に包まれる。

 そして、そんな喧騒すらも掻き消す邪悪な咆哮が地下街に轟いた。


「魔物ッ……?!」


 どうやら、天井の崩落は地上にいる魔物の仕業のようだ。


「やばいやばい、一旦逃げた方がいいね」


 やさぐれ刑事の言う通り、こんな狭い通路じゃ逃げ場が無い。

 幸い、魔物の位置は此処から離れている。


「出口は……?」

「こっち」


 この渋谷地下街に詳しくない俺は、やさぐれ刑事の後に続く。

 背後では、戦闘タイプの異能者たちが魔物と戦闘を始めたようだ。

 今のうちに地上へ逃げ────


「ッ…………?!」


 再び、地下街の天井が崩落した。

 そして、今度の崩落は運悪く────俺の真上だった。


「があぁぁぁぁッ……!!」


 瓦礫に潰される俺を畳み掛けるように、地上から降りてきた巨大な双頭獣の前脚が、俺の腰から下を粉砕する。

 骨折の鈍い痛みに加え、圧力に耐えかねた脚の肉が破裂する嫌な感触が脳髄にめり込む。

 痛いなんてレベルじゃない。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 俺は必死に叫んだ。

 叫ぶことで、どうにか痛みを誤魔化そうとしていた。

 叫んでいないと気が狂いそうだった。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 喉から鉄臭いにおいが上がってくる。

 ────声が小さくなる。


「あ゛ぁ゛ぁ…………」


 視界の靄が徐々にひろがぅていく。

 いしきがだんだんとおのいて────




「四谷さんッ!!」


 だれ、だ、?

 ────あぁ、あのおんなか。


 女と目が合う。

 ────そうだ、おれには、使命があったんだ。


「う゛……ぐッ…………!!」


 頭上に巨大な影が現れる。

 魔物は、俺の後頭部めがけて巨爪を振り下ろす寸前だった。


「これ…………を……ッ!!」


 せめて、この報告書、だけでも────!


「…………ん?」


 女の背後に小さな人影を認める。

 見慣れぬ軍服を身に纏い、長物の銃を構える異国の少女。

 あの制服、見覚えがある。

 確かアレは、天使軍の制服────


渚沙なぎさちゃん、伏せて」


 瞬間、一発の銃声と共に辺りの空気が凍てついた。

 何が起きたのかと背後を振り返る。

 ────魔物は凍っていた。


「ナイスです、クソロリ」


 何が起こったのか。

 今誰が喋ったのか。

 脳の処理が追いつくよりも早く、魔物の首が飛んだ。

 そして、目の前には刀を携えたメイドさんが居る。


「メイ、ド…………?」


 この人が、魔物の首を切り落としたのか────?


「おーい、四谷さーん!」


 やさぐれ刑事に続き、軍服の少女もこちらへ駆け寄ってくる。


「ローラちゃん。芽衣めいちゃん。魔物の脚、退けてくれる?」

「了解」

「承知しました」


 軍服の少女とメイドさんは巨大な魔物の脚を軽々と持ち上げる。


「うぐッ…………!!」


 潰れた俺の下半身が露わになった。

 意外と原型は留めているが、脚の肉は断裂し、さらに下腹部からは腸が飛び出していた。

 こんな重傷でもまだ意識があるなんて、人間の生命力としぶとさに改めて感心する。


「うっわ、こりゃ酷いね。治せそう?」

「うん、治せる」


 軍服の少女はやさぐれ刑事の問いに頷き、即座に俺の患部に触れた。

 すると、嘘のように痛みが引いていき、みるみるうちに骨や肉が繋がっていく。

 やっぱり便利だな、特に魔法は。


「……私は残りを始末してきます」


 傷の完治まで時間がかかると見たのか、メイドさんは地下街の方へと歩き始める。


「その必要は無い」


 その時。

 地下街の方から赤毛の男が歩いてきた。


「残りは片付けた」


 歳は二十代半ばで、白い衣装を身に纏った異国の男。

 この制服、肩や胸には金属のプロテクターがついているから、宗教的な服ではなく、戦闘用の衣服だろう。

 まるで西洋の騎士服のようだ。


「天使は居たか?」

「いいえ、遺体しか見当たりませんでした」

「右に同じ」


 ────なんだ、この連中は?

 やさぐれ刑事に、天使軍の少女、メイドさん、騎士服男。

 明らかに不自然だ。


「渚沙の方はどうだ?」

「んまぁー、見つけたっちゃ見つけたかな。天使じゃないけど」


 やさぐれ刑事は俺の方を向く。

 それに同調するかのように、騎士服男も俺の方を向き、そして、問う。


「お前、何者だ?」

「…………お、俺はジャーナリストの四谷だ」


 男の雰囲気に気圧され、一瞬言葉に詰まる。


 ────ただならぬ風格。

 これまで戦場で数えきれないほどの軍人を取材してきたが、彼ほどの存在感を放つ者には出会ったことがない。

 幾度となく死線を越えてきた百戦錬磨の兵士たちでさえ、あの男が纏っていた静かな迫力には遠く及ばないだろう。

 もはや、神格、と言っても申し分ない。


 だが、俺としてもプライドはある。

 一回りも歳下であろう男に先手を取られて黙っているわけにはいかない。


「ア、アンタこそ何者だよ……?」

「俺は穴の向こうから来た」


 穴の、向こう…………?


「いわゆる『魔界』の住人だ」


 ────魔界。

 報告書で目にした記憶が、不意に脳裏に蘇る。



 ───魔界の住人を三名保護───



 そうか。

 俺は、目の前にいるこの男の名前を、多分知っている。


「────率直に聞く。お前、シシドチャイロって知ってるか?」


 男はその言葉を口にする。

 そうだ。

 彼は、俺にとっての「当たり」。

 つまり、この報告書を「活かせる人物」だった。


「あぁ、知ってる。アンタ────セント・ウォッシュだろ?」


 俺の発言に、一同は驚愕の様子を見せた。


「……何故、知っている?」

「天使から拾った報告書に書いてあった」


 懐からファイルを取り出し、それを男に渡した。

 男は報告書を一読した後、後ろの方のページ──2035年以降の報告書を熟読し始める。

 やはり、シシドチャイロについて知りたかったのだろう。

 報告書を読むに、そのシシドチャイロという人物を、天使たちは血眼になって探しているようだった。

 ────俺には、その理由がわからない。


 天使は何故、シシドチャイロを探していたのか。

 そもそもシシドチャイロは何なのか。


 彼らは一体何者なのか。


「熟読してるところ悪いが、いいか?」

「あぁ。なんだ?」


 俺は尋ねる。


「アンタたちは、一体、何者なんだ……?」

「…………俺たち、か」


 数秒の間。

 男は本を閉じ、そして、こう答えた。


「俺たちは対魔軍組織『ハコブネ』。この世界の、最後の希望だ」

「ハコ、ブネ…………?」


 自らを「最後の希望」だと豪語する男。

 その顔には、どこか、遠い故郷かこを懐かしむような。

 物憂げな笑みが浮かんでいた──────

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