第5話・今度は地下に落ちて行く

巨虫を退けた後、青いアームズギアは関節から火花を散らしていた。

やはり、多少は無茶があったらしい。3匹に関してはほぼ同タイミングで駆除をやってのけていたのだから、純粋に捌き切ったその技量は末恐ろしいものだ。


青いアームズギアはその場に佇み、頭部を動かして周囲を軽く見回していた。

何をしているのか……は大方予想がつく。途中で姿を眩ませた俺を探しているのかもしれない。


普通に考えれば、あの戦闘のどさくさでに紛れとっくに逃げおおせている。

実際は近くの建物に身を潜めている訳だが、俺の姿は常に目視していた為、対人レーターの類は恐らくない…筈。


「さて、どうかな…」


希望的観測が多分に混じった推測の末、結果はすぐに分かる。

青いアームズギアは再びブースターを吹かせた後、その場を飛び去って行ってしまった。


俺はそれを、相変わらず物陰に隠れながら最後まで見守っていた。


「――――何とかなった、か?」


隠れながらも気を張っていたのだと自覚する。

吐き出す溜息も深く長い、こんな緊張感は二度と御免である。


壁に寄り掛かりながら、少しの間動かずにぼーっとしていた。

まだ虫の化物共がいる可能性も高いと言うのに、少しは身体を休ませたいと自身に言い訳しながら力を抜く。


まあ、ずっとぶっ通しだったんだ。少し位は休まなければ。

何なら水の一杯でも飲みたい所だけど、そんなものは一切持っていないし、補充出来そうな場所もない………。


……あれ、これ目的云々以前に気に掛けるべき問題なのでは?


「そうだった、そうだよ俺。どうするんだ食料とか水分とか」


こんな、どれだけ放置されてたか分からない廃墟で物資を入手出来る場所なんてないんじゃないのか?


ただ動く事だけしか考えていなかった。

これまで死ぬかもしれないに直面し続けて、これをどうにかする事に必死だった。

だから考える暇もなかったかもしれないが今は違う。


気付けて良かったかもしれないが、当てがないと途方に暮れるしかない。


………本当にどうしよう?


俺は思わず、今にも崩れそうな天井を見上げることしか出来なかった。


そして、これまた幾らかの時間が経つ。


幸いなことに、今のところは虫の化物が出てくる気配はない。

放心気味だった俺も何とか落ち着く事ができ、少し重くなってしまった腰に何とか喝を入れて、ゆっくりと立ち上がる。


悩んでも仕方がないのは最初から変わらない。


結局状況を打破するには動くしかない、動かざるをえない。


今度はその目的に食糧水分等の物資を探すが付け加えられただけの話なのだ。

何だ、これこそ明確な目的だ。生き残る為に必要な最優先事項だ。


気張れよ俺、頑張れ俺、こんな所で犬死するんじゃ、折角目覚めた意味がないだろ。


「――――よし!」


頬を叩き、気分を切り替える。

身を潜めていた建物から外に出て、そういえば快晴だった青空を見上げる。


曇りなき紛うなき本物の空である。何故俺は一度も上を見なかったんだろう。

余裕がなかったからか……なら今は少しは心に余裕が出来たのかな。


まあ、何でもいい。

俺は歩を進める。とりあえず状態の良い建物を探してみよう。

それこそ、これだけの大きな建造物が一杯なんだ。

非常食を備蓄している場所があったっておかしくはない筈だ。


ちゃんと食べれる状態か?というのは一旦置いておく。

今はもう口に入れられるものであれば腐ってでも食ってやる。


そうして、道路を歩いていた。

周囲を警戒しながら、出来るだけ建物側に沿って。


右はどうか、左はどうか?上はどうか?

何なら下から突き破っても来るだろう。

用心に越した事はない、何なら足元の一歩一歩も気を付けて――――。


何て考えていた時に、足元でミシミシと大きな音が聴こえた。


「…………まさか?」


嫌な音だ、と思うと同時に悪い予感が頭を過る。

俺はすぐにその場を離れようと動いた。慎重にだ。


だが慎重過ぎたのがいけなかったかもしれない。

こういうものは崩れる時は呆気なく崩れるなのだと。


足元の道路に亀裂が入って瞬く間に崩れ落ち始めた。


「なにぃ―――!」


その場を飛び退こうとした時には地面は既になくなっていた。

幾ら身体能力が化物染みていると言っても、空中で跳ぶなんて事は出来ない。


これはもう十中八九あの巨虫共が原因だろう。

何なら巨虫共の移動通路として長らく空洞となっていた場所が、とうとう限界が来たと考えた方が自然かもしれない。


もそうなら、余りにもタイミングが悪い。


落ちながらも色々と考える。

これは思ったよりも深い穴だ。

底が一切見えない闇一色である。




――――まさか、これで終わる?




底が見えない程の高さから落ちても俺が無事でいられると言う根拠がない以上、俺はただ祈る事しか出来なかった。
















ここは………どうなった?


気を失っていた俺は全身に掛かる痛みに顔を歪ませながら身体を起き上がらせた。

痛みはあるが五体満足だ。どうやら落下死も出来ない程に頑丈らしい。

これだけ頑丈なら単純な物理攻撃にも耐えられたんじゃないか?と巨虫や青いアームズギアの攻撃を思い起こしたが、だからって試す気はならん。


ひとまず周囲の確認だ。

どうやら落下の途中で気を失っていたらしい。

此処が何処まで落ちた末に辿り着いた場所なのか、想像も出来やしない。

見上げればある裂け目の奥に何も見えない為、此処が陽の光が届かない程の地下である事だけは分かるのだが。


「……で、落ちた先は…結構綺麗な様で」


広い空間のど真ん中、足元はコンクリートの床が敷き詰められている。

周囲をよく見渡せば、暗闇の中で視界は悪いが馬鹿デカいハンガーが幾つも並んでいるのが分かる。

よく見れば、何かの大型車両や高所作業車の様な物もチラホラある。どれもボロボロであるが。


「まるで格納庫だ……まさかアームズギアのハンガーだったりするのかな、これも」


にしても恐らく地下?かもしれない此処にアームズギア用のハンガーを作るものなのか、という疑問はある。


恐らく10m前後はあるであろうハンガーにも触れる。

結構状態がいい、車両ほど汚れていないな……と触れた掌を見ながら思った。

まるで直近まで使われていた様な……真上の裂け目も人型兵器が行き来するには丁度いい大きさだし……いや、まさかね。


パッと見た所、此処のハンガーには何もない、もぬけの殻と言う奴だ。

そもそも誰が乗ってるんだって話だ。少なくとも此処は虫の巣窟だ。

ただの人間が生きていける環境ではない。


まあ、ただの人間じゃないならあるかもしれないけど。

………そこは今、重要な事柄じゃないな。止めておこう。


問題なのは俺は此処からどうやって地上に戻るか、である。

行く先々が全て未知、右左も分からないんだから、これまた出来る事は限られている。


「どっかに扉とか、あるかなぁ」


とりあえず歩け。ただそれだけである。

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