神眼

ルーリに会いに行っても相手にされず、酒場に行けば朝から飲むなと邪険にされた俺は、ぼんやりと訓練をするアイリスとリューゲンを眺めていた。

「師匠から見て姉さんの動きはどうですか?」

どうとはまた抽象的な聞き方をする。

「良くも悪くも直線的だな。性格に合った戦い方をする奴は大成する。」

「ですが見切られたら…。」

「見切られたら助けてやればいい。風魔法による必殺剣の話は聞いてるぞ。」

「それはそうなんですが…。」

歯切れの悪いフィンの方を見て首を傾げる。

「少し心配なんです。」

「そうか…。剣を握っている限りは怪我はしない。それを活かした思いっきりのいい突っ込みだと俺は思う。勿論肉体が傷つかなくても蓄積ダメージはある。ダメージを食らってしまえば戦闘続行も困難になる。だがそれはまだ必殺の練度が低いからだ。必殺というのなら、放った時点で相手を殺せなければ意味がない。まぁ大抵の奴なら今のアイリスを捉える事すら無理だろうがな。」

何せあのスピードだ。事も無げに受け流しているリューゲンが異常なんだ。

俺を除けば現状最強と言われる戦士と言われるだけある。

「経験…か…。」

呟いて立ち上がる。木刀を2本持つと、目を瞑って地面を蹴る。止まる世界を跳躍し、二人の間に割り込んで止める。カンと気持ちいい音が鳴った。

目を見開いて驚く二人が距離を取る。

「何…今の…。」

理解できないという顔で俺をみるアイリスに苦笑する。

「ふむ…。受けの剣。全ての衝撃を受け流すように剣の向きを調節し、高速で打ち合うワシらの間でするとはのぅ…。流石、化物染みておる。」

「少し手ほどきをしてやる。アイリス。剣を握ったまま俺の剣捌きを見ているんだ。」

「はい!」

元気な返事を背中から受けつつリューゲンと向かい合う。

「ワシはどうすればいい。」

「神速剣を打ってくれればいい。だけど一刀一刀丁寧にな。見せなきゃ訓練にもならない。」

「うむ。わかった。」

目を瞑り、自然体で構える。

心眼と神眼は明確に違う。

心眼は相手の靴の音、武器が振るわれる際に出る風切り音。そう言った物を耳で検知して先読みする。謂わば対個人に特化している。

だが神眼は周りの空間を全て認識し、立体的に人を捉える。例えば後ろからの視線。これはアイリスからのもの。目の前で微かに動く音はリューゲン。今ミリ単位で足が動いた。距離は未だ射程外。出来るだけ多くの情報をインプットするだけで多人数にも対応できる。更に視界を捨てる事によって、集中力は極限まで上がる。

脱力から集中への大きな変化は時間が止まるかのような感覚に陥る。

ざっと音がして距離が縮まった瞬間、集中力が跳ね上がり、時間がコンマで流れる。剣の角度、体の向き。そういった物が全て認知され、受け流すために差し出した剣の上をリューゲンの剣が滑って行った。

「むぅ…。」

ざっと音がしてリューゲンは射程外へ。また脱力して自然体になる。

「今のは…。」

「どうした?どんどん打ってこい。」

「むぅ…。参る!」

常に集中する必要は無い。基本は世界と一つになるイメージ。

脱力して世界に溶け込む。俺は空間そのものだ。その空間に異常が起これば、それは手に取るようにわかる。何人に囲まれていても関係なく、技の早さも関係なく。神の眼はその全てを見通す。

故に神眼。未来視とは隔絶した絶対無敵の視界だ。

この目で防御に徹すれば、相手の技は不可視の一撃だろうと無に帰す。

「ふむ…。更に洗練されておる。最小限の動きで全てを受け流されては、こちらの体力が削られるのみよ。」

「そろそろいいか。アイリス。目を閉じて脱力しろ。イメージは空からの俯瞰だ。目で見るな。音で感じて脳内でイメージ。お前のタイミングでいいから俺達の間に入って、さっき俺がしたように止めてみろ。」

「はい!」

「いいか?中途半端が一番よくない。最悪俺が庇ってやるから思いきって飛び込め。」

「はい!」

後ろでアイリスがだらんと剣を下ろして目を閉じたのがわかった。

「さて。スピードを少し上げるぞ?」

「うむ。楽しくなってきたところよ!」

受け流し、剣に向かって打ち返す。

今回は打ち合い。高速とは言えないが十分早い。

着かず離れずで打ち合っていると背後の気配が消えた。アイリスが俺らの間に入り込み、カーンと良い音の後に、バギっと砕けた音がなった。

「あぅ…。」

リューゲンの剣は勢いを殺しきれずに木刀が砕け、その剣は俺の木刀に受け流された。

アイリスは俺に抱き寄せられ、胸に顔を埋めている。

「70点。よくやったな。」

俺達の間に入っただけで十分。

間違いなく一瞬でも神眼を発動している。

「お前は天才だな。」

「えっと…。何故かわからないけど空間を捉えるのは得意みたい…です。でも剣の角度までは気が回らなくて…。」

「その辺は経験だ。よし、引き続き頑張れ。」

さっと離れてフィンの元に歩く。

後ろから視線を感じるがこれ以上は教えすぎだ。

「レベルが高すぎてちょっと自分には厳しいっすね。」

隣に座るとフィンが苦笑する。

「お前は武力よりも作戦立案係だ。使える駒を並べて、全員が生存出来るように導け。それにお前は弱いわけではない。勇気もある。ドラゴン相手でも臆せず向かっていけるしな。安心しろ。というかアイリスの才能は俺すら超えている。そこを追いかけるのは時間の無駄だ。それにお前は俺達には無い才能を持っている。そこを磨くべきだ。パーティーとは足りないところを補うために結成するものだ。」

「僕の才能…。」

「探せ。見つけろ。答えはいつだって自分の中にある。自分の事を人に教えて貰うのは成長出来ない人間のすることだ。」

「はい!」

大きな声で返事をすると、彼は真剣な目でアイリスとリューゲンを見つめる。

そうだ。お前は軍師。兵の実力を頭にいれて、作戦を練り、どんな厳しい状況でも生きて帰る。それをするにはパーティーの全てを知っていなければ出来ない。

災厄は突然やってくる。

どんなに注意していても、何かが起こるのが人生だ。その時に俺が近くにいる保証はない。

何故なら俺は守護者。個人を守る存在ではない。例え大事な人が危険でも、世界の危機があればそちらに向かう人でなしだ。

(強くなれ。力がなければなにも守れない。)

心の中で若い才能を応援する。

響く木刀がぶつかる音を聞きながら、俺は打ち合う2人の動きを眺めるのだった。

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