師と弟子

ふぅと一息着いて暖簾をくぐる。

店内を回る紫煙の先に一人の女性が座っている。

「久しいな。アンタの師は5年前に亡くなった。少しだけ遅かったな。」

「そうか…。すまない。」

深々と敬礼をすると女性は苦笑した。

「わざわざ会いに来てたら張り倒されてたさ。親父は貴方の辛さも理解していた。だから来たときにはこれを渡せと言われていたんだ。」

壁にかけられた剣を彼女は手に取る。それは俺が師に認められた剣だ。

『うむ。これで免許皆伝だ。良くやった。この剣はワシが貰うぞ。家宝にする。』

そう言って笑う鍛冶の師の顔を思い出す。

ザック。

ドワーフ国1の鍛冶師。つまりは世界一の刀匠だ。

世にだした名剣は数知れず、今も高額で売買されている。

「その剣は家宝にしてくれ。最悪売ってくれてもいい。俺はそんなもの無くても師の教えを忘れない。これからもその教えを元に剣を打つ。」

「そうかい。ならこいつをやる。」

差し出された木箱を受け取って開けると、中には素晴らしいキセルが入っていた。

「素晴らしい逸品だ。最近はこればかりだったからな。」

ポケットから葉巻が入ったシュガーケースを見せるとまだそればかり吸ってるのかいと苦笑される。

「これを吸っていると、エリサを思い出してな。本当に女々しい男だと自覚はある。」

「いい女だったからね。本当に。」

はぁとキセルを加え紫煙を潜らせる。

「貰っても?」

「あぁ。好きにしな。」

葉っぱを貰って火をつける。

「懐かしいな…。」

「そうだねぇ…。」

目の前の女性ルーリは師の娘であり、俺の兄妹弟子だ。俺が鍛冶、ルーリが装飾を学んでいた。

初めてタバコを吸ったのは師のキセルの葉っぱをルーリがくすねてきた時だ。

エリサが葉巻を吸っていたのでなにも抵抗無く俺は吸った。そして吐いた。

「あの時は父さんにしこたま怒られたね。」

「そうだな。お前らは暫く作業場出禁だーってな。今思えば神聖な作業場を汚したのだから当然だが、怖かったな。」

はぁと煙を吐き出しながら苦笑する。

「はは。怒るのそこかよって話だよね。そうだ墓参りに行くならお前の元下宿場の裏だよ。そこがいいって遺言。」

「そうか。では行ってくる。人払いを頼んでいいか?」

「勿論さね。ゆっくり語らってきな。」

小さく敬礼をして踵を返す。

「なぁ…。少しは生きる希望ってヤツを見つけられたかい?」

立ち止まり、背中からかけられた言葉に応えるために振り返る。

「そうだな。少なくとも弟子を見届けるまでは絶対に死ねない。」

「ふふ。そうかい。」

「また後で来る。酒でも飲もう。」

「いいよ。私もアンタと飲みたい気分だしね。」

片手を上げて今度こそ振り向かずに店を出た。


俺とエリサが住んでいた家は、昔と変わらない風体だった。

レンガの家の壁にそっと触れる。

『うん。いい家だ。ここが新しい愛の巣だね。』

『いいのか?天下のアルケミスト様が国から逃亡なんてさ。』

『バカ。旦那と一緒にいることより大事なことなんて無いでしょ。それに称号なんて勝手につけられたものなんだから捨てればいいのよ。別に要らないんだから。それよりアンタ、鍛冶にかまけないで私をたくさん愛しなさいよ?』

そう言って笑うエリサを抱き締めて口付けをした。

軽く頭を振る。

世界中に彼女との思い出が残ってる。

何で俺を置いていったんだと声に出しそうになって飲み込む。

家の裏に回ると、そこには立派な墓が2つあった。

エリサの墓は2つある。

遺体は大木の中にあるが、2つの家に彼女の墓を安置したのだ。

借りたバケツに水を汲み、丁寧に清掃をする。

葉巻に火をつけてエリサの墓に置く。

この前会ったばかりだ。語ることは無い。

暫くぼおっと紫煙を潜らせた後に火を消す。

今度は師匠の墓の前にどかりと胡座をかいた。

鞄からとびっきり上等な酒を取り出して、お猪口についで備える。

自分の分もついで、かちんと軽く音を立てて一気に流し込む。

胸が熱くなり、ふぅと一息吐いた。

「ただいま。師匠。」

胸に手を当てて深く頭を下げて敬礼をする。

『帰ったか。バカ弟子。』

そんな声が聞こえた気がしてばっと顔を上げると涙が出た。

「なに死んでんだよ…。アンタは殺しても死なない男だったじゃねぇか…。」

心の中に閉じ込めてた感情が表面に出てきて、思わず吐露してしまう。

『バカ弟子が!死の土地に住むだと!?あそこは不毛の大地だぞ!?死と隣り合わせの場所だ!ここかエルフの国に住めばいいだろ!』

ぶん殴られて壁まで飛ぶ。ダメージはなかった。でも心は痛かった。

『アイツらの作った平和を守りたい。誰かがやらなければならないことだ。俺は不老の剣聖。守護者として生きるもの。もう決めたことだ。』

俺の言葉を聞いた師匠は舌打ちをしてここで待ってろと裏に下がる。

しばし待つとトロッコに大量の鉱石を乗せた師匠が戻ってきた。

『お前は剣を打て。不老ならばいつかは俺を超えるだろ。その剣を俺の墓に供えろ。』

「約束…だからな。全く超えれてないが、とりあえず1本供えさせて貰うぞ。」

鞄から1本取り出す。 

「いい刀だろ?名を千鳥。雷を付与してある。雷を操る魔獣の体から出た魔石を混ぜてる。」

魔獣の中にな腹から魔石が出てくることがある。

誤って食べたものが腹の中で熟成された物だ。

大変希少で、高額で取引される。

武器の素材としては一級品だ。

『ふむ。中々やるじゃねぇか。』

俺が剣を出すと、素直に褒めてくれない師匠は憮然とした顔でいつも言ってきた。

「たまには素直に褒めろよ…。」

ついだ酒をぐいっと流し込む。

「アンタのおかげで俺はまだ生きてる。目標はアンタの剣だ。超えれる気は全くしないけど、だからこそ鍛冶の道は面白いよな。ここに店でも開くか。無人店をさ。別に金には困ってないし、いざってときに誰かに使って貰えればいいしな。俺の拙い剣しかないのは申し訳ないけど。なぁ…どう思う?」

返事はない。当然だ。目の前にあるのは墓石だ。

またぐいっと酒を煽る。

「参っちゃうなぁ。俺が酒に弱いの知ってるだろ?あっという間に酔いつぶれちまうよ。なぁ師匠…俺は守護者として戦い続けるよ。ちゃんと鍛冶も続ける。だけどたまにはここで泣いてもいいよな?なぁ…なんとか言ってくれよ…。」

溢れる涙を拭く事もなく、俺はひたすらに酒を煽り、気づけば意識を手放していた。

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