不老の魔女と賢者の石

うだる様な暑さの中、俺達はようやっと死の土地を超えて平地へと抜けた。

「やっと抜けたぁ…。」

アイリスが力無くその場に座り込む。

フィンもきつそうにはぁと溜め息を吐いた。

「情けない奴らだな。」

その言葉に2人がジト目をこちらに向ける。

「旦那様が人外なんですー!」

「ま、まぁ…俺はそこまでは言いませんが、汗すらかいてないのはどういう理屈ですか?」

そう言われて自分の真っ黒な外套を見下ろす。

「これは耐熱、耐寒、風魔法による俊敏聖のアップ、耐刃、対魔法、魔法反射、自然治癒、時魔法による破壊耐性。他にもお遊び要素まで詰め込まれた完全防御といえる外套だからな。」

俺の言葉に信じられないと2人が目を見開く。

「多くの仲間達が適当に魔法を付与していくから魔改造されている。元はどこにでもある外套だったんだがな。」

「そんなの同時に付与できるわけ無いです!」

ぐっとアイリスが俺に近づく。

アイリスの言葉の理由は普通は付与は5つが限度だからだ。それを超えるとどんな物でも自壊してしまう。だがこの外套にかけられた付与は軽く50を越えている。

「アルケミスト。」

「それって伝説の錬金術師ですか?」

フィンの言葉に頷く。錬金スキルを極めた者に贈られる称号だが、先代のアルケミストは言葉の通りに人外と言える女だった。

「この外套には賢者の石が使われている。まぁ長い話になるし、今日はもう野宿としよう。」

言って鞄からテントを二つ出し、3人でテキパキとテントを組み立てると、テントの中にソファーを出す。

2人がソファーに座ると、俺はこの世界のコーヒーを振る舞ってやる。

「ふぁ…。生き返るぅ…。」

はぁっと息を吐くアイリスに苦笑する。

「それで先ほどの話ですが賢者の石とはなんですか?聞いたこともありません。」

「賢者の石は全ての魔法を蓄える石だ。吸収された魔法は永久機関となり発動し続ける。この研究に50年使ったな。」

フィンの問いかけに遠い目で俺は語る。

先代アルケミスト。エリサ・ベイザール。

不老の魔女、変人、異常者、到達者、1000年に一度の天才。

彼女を看取った俺でさえ、彼女は実はまだどこかで生きていると思っているくらいだ。

「出会いは200年前。俺がこの世界に来た当初。彼女は俺にとってこの世界で生きる術を教えてくれた師匠で、戦友で、唯一の妻だった。」

俺の言葉にアイリスが詳しくと距離を詰めてくる。俺は苦笑しながら話を続ける。

「彼女にとっては研究の一貫だった。異世界転移者は例も少ない。子をなしたと言う話もあまり残されていない。彼女は俺と子をなして育ててみたいと言った。その代わりに彼女の全てを俺に捧げるとな。」

「では、貴方の子孫がどこかに?」

アイリスの言葉に首を降る。

「魔王との戦い、寿命、色々な理由で既に皆天に帰った。その全てを俺達は看取ったよ。彼女は自分の体をいじくって、90年もこんな俺と一緒にいてくれた。賢者の石の研究、魔王討伐、エルフの森を救い、ドワーフに弟子入りしたり…。思い返しても楽しい時間だった。」

「むぅ。なんか嫉妬しちゃいます…。」

プクッとアイリスが頬を膨らませる。

「先代アルケミストの話しは伝記で読みました。人嫌い、困っている人がいても研究を何よりも優先する人でなし。だがその横にはいつも彼女を支える黒衣の剣士がいたと。」

「うむ。それが俺だ。」

フィンの言葉に頷く。

「確かに彼女は個人に興味の無い人間だった。だが俺と子供だけには愛を向けてくれていた。」

『すまない。見た目だけしか繕えず、お前を一人にする不甲斐ない私を許してくれ。』

死の間際に俺の頬に触れて謝罪した彼女を思い出す。愛の言葉をささやいて最後にした口づけを、例え擦りきれても忘れることはないだろう。

感慨に耽る俺を心配そうに見つめる2人に気づいて首を降る。

「すまない、話を戻す。賢者の石は魔法を蓄えて永久に回す。自ら魔力を生成し、その魔力で魔法を回し続ける。彼女は体内に賢者の石を取り込み、回復魔法を細胞、体内器官にかけ続けることで不老不死を人の手で作り上げようとした。永久に俺と居るために。だが賢者の石は人体には毒だった。望んだ通りの結果を生んだ反面、その毒は彼女を蝕み、最後は立つこともままならなかった。だが物体に混ぜれば絶大な効果を発揮する。付与された魔法を無限に回し続けることができるからだ。彼女にとっては副産物だったようだが、この黒い外套は彼女が俺に遺したレジェンダリーアイテムとなった。それを知った仲間達は次々にこの外套に魔法を付与してくれた。」

そうして出来上がったのが完全耐性の外套だった。死して尚、俺を守り続ける彼女の愛を纏って俺は戦い続けている。彼女は永久に俺と共に戦ってくれているのだ。

「もしかして…だから私とは結婚できないということですか?」

「それは違う。お前は若い。まだ世界を全て知らない。だから旅をして決めればいい。知見を深め、選択肢を増やせ。今決めるのは時期尚早だ。それで俺以外の誰かを選ぼうと文句は言わん。俺には彼女の愛がある。例え擦りきれても、この外套が俺を俺として確立してくれる。それでも俺を選ぶと言うなら、その時は永久の旅に連れ添ってくれればいい。その時は俺もお前を愛すと誓おう。今はこれ以上は言わん。」

「わかりました!では必ず貴方に愛して貰える女になると誓いますね!私、頑張ります!」

「話を聞いてたのか?」

呆れてジト目を向けるとフィンが笑う。

アイリスは頑張るぞーと立ち上がり、先ずは料理を覚えますと外に出ていった。

彼女は料理のりの字も知らない。

任せていては今日の夕飯は丸焦げだ。

俺はやれやれと彼女についてテントを出る。そんな俺達をフィンは優しい目で見送るのだった。

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