第2話
「先日も言った通り、本日より各地での浄化を行います。」
荷物を車椅子に積み持ってきた私を見て、彼は微笑んだ。
従順な姿勢が神の使いとしての信用を上げたのか、腕の拘束は外すよう上から指示された。
神の使いとしての衣服……いや、住民を怯えさせないために早急に誂えられた、体全体を隠す衣服を着せる。車椅子も相まって、見た目だけなら老成した熟練の聖職者だ。
「⋆✴︎˚これからお仕事か、わくわくするね。⋆」
こんなにも周囲から怯えられ、歴史から見るとかなり不当な扱いを受けてもなお寛容でいるのは元来の優しさか、それともこんな拘束は意味がないという自信の表れか。
車椅子を押して玄関口まで歩く。用意された覆い付きの荷車に車椅子と荷物を乗せ、私は御者台に座った。
「出発します。」
幾人かの聖職者に見送られ、私達は降聖教会を離れる。果たして、戻ってくるのは何ヶ月後か。
しばらく進み、市街地を離れて景色が岩だらけになった頃、彼は口を開いた。
「✧ ༘荷物を乗せた時に使ったの、身体強化? ⋆。˚」
「……そうです。」
「⋅˚₊俺にも使えるかな?₊˚⋅」
「神の使い様は、補助魔法や回復魔法であれば思うままに使えると習いました。望めば使えるのでは?」
「ふうん。⋆₊˚⊹ まあやりたくなったらやってみるよ。₊᪥」
そうしてまた静かな時間が流れる。彼が口を開き、私が答える、ただそれだけの静かな巡行だった。
「おや、ロシロ様。此度はどのようなご要件で?」
「ここから少し北の汚染結晶を浄化しに参りました。こちらはその浄化を行ってくださる神の使い様です。」
「おやおや!この方が使い様ですか。いやどうも前の使い様のときは盛大に迎えたと聞きましたから、驚きましたよ。」
「使い様も派手好きな方ばかりではありません。この使い様は浄化に専念したい、と少数での巡行を望まれましたから。」
これは嘘だ。どう扱えばいいかわからない異様な神の使いを住民に見せないための、覆い。
私が適当に外面のいい言葉を並べ立てても、彼は何も反応しない。彼と過ごして暫く経つが、まだ彼のことが何もわからない。神の使いなのだから、理解しようとするほうがおこがましいのだろうか。
「該当箇所まで暫く掛かるので、使い様を一度休ませて差し上げたいのです。こちらの集落に宿屋はありますか?」
私は宿屋に彼を連れ、硬い車椅子から柔らかい寝床へ座らせた。
ずっと椅子に座らされ、振動もあり苦しいだろうに、文句の一つも言わない。さすがは神の使い様、ということにしよう。
濡れた布で体を拭き、部屋に運んでもらった食事を二人で摂る。明日の朝は食料を買おう。
「✧.*ロシロ。どこへ行くの。✦」
「荷車です。」
「⋆⁺もしかして、荷車で寝ようとしてる?⋆₊✧」
いけませんかと問えば、勿論と返ってくる。珍しく、彼は何かを言いたそうだった。
「。⦁。休める時に休むべきものだよ。:*˚よく1人で巡行をする君ならわかりそうなものだけれど。✧:」
私が口をつぐんでいると、命令だと言えばいい?という言葉が飛んできた。仕方なく、同じ寝台で寝ることにした。
彼の体は、普通の人間より少しばかり冷たい。そんな事、報告書にはなかったが、彼だけか、それとも今まで神の使いに触れた人がいなかっただけか。
「⟡ ݁₊ .俺の傍にいるのが君で良かった。⟡」
暗がりの中で金の瞳がちらちらと瞬く。そんなはずがないのに。
「.𖥔 ݁もっと近くに来てよ、寒いと寂しくて寝れないんだ。 ˖๋ ࣭ ⭑」
なんとか体を動かすと、彼の腕に抱かれてしまう。ここまで他人と肌を合わせるなんて、私には経験がない。情熱的な小説によくある描写をそのまま引用すれば急に鼓動が早くなった、と言えばいいのだろうか。
人の声に"甘い"と感じたのもこれが初めてだ。歯が溶けてしまいそうなくらい、甘い、甘い蜜のような声。それでいて、金の砂のように煌めいている。
「 ݁₊ ⊹ あったかい. ݁˖ . ݁」
何もかもが白い部屋で、王族が使うくらい豪華な寝台で。知らない服を着た、髪の長い彼がいる。
「⭑ ࣭ ⁺ ロシロ。本を読んで。˖ ࣪ ⊹」
王族御用達の建築士か彫金師かが作ったような表紙の本を、彼は私に手渡す。
「またですか?1人で読めるようになったのでは?」
不意に口をついて出る。しかし、彼はそんな棘のある言葉も気にしなかった。
「⊹ ࣪ ˖ロシロの声が一番好きだから。 ˖ ࣪⊹」
そう言われると悪い気はしない。彼の隣に座って本を開き、いつものように文を読み上げた。
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