(2)


三人の不運な犠牲者────琉璃、紅葉、瑤は、それぞれの理由で最終電車に乗り込んでいた。

琉璃は、深夜まで続く作業の末、疲労に顔を歪ませている。

紅葉は、冷え切った人間関係の会議から解放され、虚ろな表情で窓の外を眺めていた。瑶は、無意味な消費に明け暮れた週末の終わりに、どこか満たされない感情を抱え、ノートパソコンの画面を無感情に見つめていた。

彼らは、それぞれが、それぞれの孤独な世界に沈んでいた。それでも根本的には満たされている彼女たちの生活は今日で終わる。

車内の薄暗い照明が、四人の顔に影を落とし、疲弊した彼女らの存在を際立たせる。その中に、日毬はいた。水色のワンピースが、薄暗い車内で不気味なほど鮮やかに浮かび上がる。彼女は、音もなく彼らの間をすり抜け、その存在を認識させることなく、彼らの隣に佇んだ。

列車が終点に到着し、乗客たちが散ってゆく。日毬は、彼女たちの後を、一人ずつ影のように追った。アスファルトの上で足音が鳴り響くことがな異様に、息すら潜め、足早に通り抜ける。

家に侵入し、彼女たちの帰りを待つ。

琉璃の部屋の明かりは、温もりを感じさせず、ただ仕事道具が散乱しているのが見えた。日毬は、その家の中に溶け込み帰ってきた彼女を迎えた。翌朝になっても、琉璃は少女の存在を疑うことは無い。順調に琉璃の生活に忍び込むと、彼女の精神を人知れず追い詰めて行った。


紅葉の部屋は、整然と片付けられ、無機質な空間が広がっている。私物は何もなく、まるでモデルルームのようだ。日毬は、ぼんやりと、あまり家にいないのだと思い、僅かに後悔する。関わる時間が少なければ、腐敗させるのにも時間がかかる。後悔を覚えながらも、翌朝になって帰ってきた紅葉を迎えた。

日毬と暮らすようになり、彼女の心には、これまで感じたことのない、底冷えするような孤独感が忍び寄り、すぐに破滅へと向かおうとしていた。

瑤の部屋は、最新の電子機器と、購入したばかりの衣服で埋め尽くされていた。しかし、それらは何の感情も生み出さず、ただ虚しい空間を構成している。

どうやら、もので心の隙間を埋めようとしているようだ。日毬が忍び寄れば、簡単にはいり込める。

日毬が新しい家族になった日から、瑶の内側が、少しずつ、空虚になってゆく。

日毬は、三つの異なる生活の中に、音もなく溶け込んだ。彼女の存在は、まるで静かに広がる毒のように、彼らの日常を、変容させてゆく。感情を持たない日毬がもたらすもの────それは、ただそこにある不穏な歪みとして、彼らの精神を蝕んでゆく。

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