【短編集】死んで花実が咲くものか。
栞 / shiori
神様への独り言。
私は、神様が居ることを知っている。
それは別に、私が神様を信じているだとか、私が巫女だとか、そういったことではない。ただ単に、私は、この世界に神様が居ることを知っている。どこにいるのかは知らない。神様の名前も知らない。ただ、その神様はどこかから私を見ていて、私の全てを知っていて、それでいてこの世界の物語の行き先も知っている。そんな神様だ。
もしかしたら神様は、はるか上の空の方に居るのかもしれない。そう思い、私は辺りに広がる草むらに寝っ転がって、今日も昨日と同じように、薄い飛行機雲のたなびく青空を眺めている。前々から思っていたけれど、空は青色じゃなくて水色なのだから、青空ではなく水色空、いや水空とでも呼ぶべきじゃないのか。なんて、そんな考えは誰に言っても仕方ないことくらい分かっているから、神様だけに伝えることにしておく。
「……眠い」
暖かい気温にのどかな風が吹く今日という日には、きっとお昼寝がぴったりだ。そう思い、ひとつ目を閉じてみる。目を閉じれば、風のそよぐ音、川のせせらぎの音、草の独特な香り、太陽に当たって橙色に染まる視界、自動車の走る音、カラスの鳴く音、自動車の排気ガスのにおい。
「……やっぱ起きよ」
穏やかな午後の平穏に、現代の文明の発達はやはり悪だとぼやきながら、私は目を開けて体を起こす。いきなり目に飛び込んできた光が眩しくて、私の顔は勝手に目を細める。どうやら、この筋肉のこわばりは、抗おうとして抗えるものではないらしい。そんな知見にもならない学びを一つ得ながら、私は一つ大きく伸びをして、あたかも自分が十分に眠って休息を取った後のようなふりをする。きっと、神様以外にはこの気持ちはばれていないはずだと思う。
携帯の時刻はまだ十四時。やはり何もしていない時が、いちばん時間の流れが緩やかで、落ち着く。よく、睡眠は休息であるというけれど、私はそれは違うと思う。だって、睡眠という動作が人間の必要なものに組み込まれている以上、それは、人間の確かな仕事の一つだからだ。
きっと、寝るのが仕事なのは人類共通で、その上で、人はみな休息を取らなければいけないのだ。その休息の途中で寝てしまうなら、それはきっと身体が疲れているのだから、睡眠という仕事をこなしてから、その後でゆっくりと休憩すべきだ。こんな考えは、我儘なんだろうか。それは、大人になってみないと、きっと分からない。
遠くを見れば、地平線の先に小さな建物が見える。あの建物は、何だろう。誰かの家なのか、でもそれにしては大きそうで、けれどビルとかではない。お金持ちの家なのかな。そんなことを思いながら、頭の中で、その人の暮らしをちょっとだけ想像してみる。お金持ちだったら、ピアノとか、高そうな絵画とか、あるのかもしれない。けど、そうしたらこういう草むらとかの良さは、きっと知らないんだろうな。そう思うと、やっぱりこっちの方がいいやと思う。
そうして地平線を見つめていれば、空の遠くの方に、大きな雲がかかっているのが見える。雲が波みたいに連なって、重なった、羊のわたみたいな雲。わた菓子雲だ。そんなわた菓子雲は、空の気持ちよさそうな天つ風に沿って、ゆったりと空をたゆたっている。
果たして、神様は、これを見てどう思うのだろう。私みたいに、わた菓子のように見えるのか、それともこぼれたミルクコーヒーみたいに見えるのか。それとも、もっと素敵な名前を知っているのかもしれない。だって、神様は、私のことならなんでも知っているから。この世界だって、神様のもので、神様が自由に作り変えることができる。
そんな神様は、この世界を見て、私を見て、どう思っているのだろう。もっと勉強しろとか、思ってるのかな。だとしたら、私はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ神様のことが嫌いになるかもしれない。ほんのちょっとだけだから、神様には許してほしい。
そういえば。勉強で思い出したけれど、小説では、人と人が会話している以外の所の文章のことを、地の文って呼ぶらしい。地の文、地面の文。今、私が座っているみたいな、草むらみたいな地面。それなら、小説の中では、人と人との会話の部分は、空の文って言うのだろうか。会話以外が地面なら、その反対に、会話の所は空ということになっていないとおかしいはずだ。
そう思って、私はまた空を見上げる。空にはやっぱり雲が流れていて、神様は見えない。神様なら、知っているのかな。空に居るかもしれない神様は、私のことを知っている。なら、それは会話みたいなもので、それは地の文じゃなくて空の文なんじゃないかって。私が言っていることは、変なことなのかな。
「神様」
こうして名前を呼んでみても、神様は何も答えてくれない。私のことをじっと見てるくせに。私のことしか見てないくせに。それなのに、神様は何も話してはくれないんだ。いつだって、ただ私のことを見ているだけで、私のことを追っているだけ。もしかして、私のことが好きなだけなんじゃないかな。神様は何もしゃべってくれないから、このままなら、神様は私のことが好きなんだってことにしてしまおうと思う。
——そんなことを思っても、結局、神様から私に語り掛けてくることは決してない。きっと、この私の気持ちすら、全て見通されてるんだと思うと、どこか悔しい。
ほら、そこにいるんでしょ? 雲の上か、地平線の向こうか、あるいは私の目の前か。どこから見てるのかなんて知らないけど、あなたが私を見てるのは、私も知ってるんだから。あなたがどんな神様か私には知らないけど、いつか、絶対にあなたとお話してやるんだから。一方的に、私のこと見てばっかりなんて、許さないんだから。
「……ん」
大きな空に口をとがらせていると、どこからか、白い綿毛が飛んできて、顔に触れた。あやうく目に入りそうで、反射的に目を瞑ってしまったけれど、これはたんぽぽの綿毛だ。顔にくっついたその綿毛を手に取って、ちょっと迷ってから、また空にはなす。そうすれば、その綿毛は丁度いい風に乗って、どこか遠くの方までまた旅にでていった。
その先には、大きなわた菓子雲がもくもくと重なっていて、きっとこの綿毛は、また空に帰っていくんだろうと思う。きっと、この綿毛は、神様からのお返事で、でも、子供の私にはまだその意味が分からないから、そのお返事は大きな雲の上に帰って行ってしまった。
神様からのお返事を読めなかったのはちょっと残念だけど、でも、何となく、ふんわりと神様の言いたいことは分かったような、そんな気もする。ふんわり、わた菓子くらいにふんわりとしか、分かってないけど。
そういえば、今は何時だろう。携帯を見ようとして、ポケットにそれが無いことに気が付く。辺りを見渡して、草むらの中、ピンク色の光沢を見つける。どうやら、寝っ転がった拍子にポケットから落ちてしまったみたいだ。私は、それを拾いあげて、そのピンク色の光沢を空の向こうにかざしながら、小さな液晶を開く。
今の時刻は十四時半。やっぱり、こうして過ごしていると、数十分も数時間に感じられる。私は、また一つ大きな伸びをして、ゆっくりと立ち上がる。長く草むらに寝ていたから、草の残りが服にくっついて仕方がない。私は、それを手でぱっぱと払いながら、少し振り返って他に何かついてないか確認して、そうして少ししてから、わた菓子雲のある方へと歩き出す。
家に帰ったら、何をしようか。温かいご飯も、お風呂も、その時間にはまだ早い。やりたいことは沢山ある気がするけど、そのぼやけたイメージだけが浮かぶばかりで、肝心のしたいことが思いつかない。
まあでも、きっと。のんびり帰っていれば、また何か思いつくはず。そう思って、私は水色空を見上げて、けれどもうさっきのわた菓子雲は空に散ってしまっていて、だから私は、その散ってしまった雲を追いかけて、また一つにまとめてあげようとする。でも、散ってしまった綿毛をまた集めるのは、少し可哀そうかもしれない。そう思って、やっぱり余計なことはしないで置こうと、思いとどまる。
拝啓、神様。
神様は今、どんなお気持ちですか。
神様とは、いつお話できますか。
もし神様が、私と真っすぐお話できる日が来たら、そのときは。
そのときはどうか、あの大きな空の、その向こう側を教えて下さい。
私は、その日をずっとずっと、待っていますね。
敬具。
家に帰ったら、手紙を書こう。神様への、お手紙を。
紙飛行機にして飛ばせば、きっと、神様にも届くはず。
なんて、書かなくても、神様にはとっくにばれていることなんて分かってるのに。……でも、どうしてだろう。これだけは、書きたいと思ったから。
そう思えば、自然と歩く足も早足になる。ふと、遠くのあぜ道のその先を見れば。その道のわきに、小さなたんぽぽが、そっと、綿毛を咲かせていた。
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