SCENE 24:蓮は成長できない

次の映画の撮影。長野へ――1ヶ月も⁈


ダイニングの椅子にもたれるように座る蓮に目をやると、両手で顔を押さえたまま「ふー」と大きく息を吐いた。


「蓮、大丈夫?」なんだか心配だ。


「……平気。一日中、撮影所に詰めてたから、ちょっと疲れてるだけ」


答えてくれたけど、目はつむったままだ。これは……話をする場合じゃないよね。

早く休んだ方がいいのかも。


「明日ロケだから、朝8時に迎えに行く。智奈ちゃんは、もしかして蓮に話があった?」

「そう……なんですけど、でも疲れてるみたいだから、またに」

「じゃあ、車で送るよ? 夜遅いし」


鷹司さんの申し出に甘えることにして「お願いします」と言いかけたとき


「智奈、僕も話がある」


蓮の声に阻まれた。

見ると両手を外した蓮の表情は……なんだか強張ってて……何か怒ってる?


「いや、蓮。なんだか知らないけど、明日以降にしな。今日は疲れてまともに考えられないだろ?」


鷹司さんが諌めたけど、蓮は首を横に振った。


「そんなに時間取らないから。智奈、いいよね?」


蓮の真剣なまなざしに呑まれる感じで「うん」と頷く。


「そうか」と言いながらも鷹司さんの目は納得してなくて。

気のせいかな? 

それに蓮の尋常じゃなく疲れた様子も気になる。何があったのか、心配だった。


「じゃあ、おれは行くね。蓮も話は早く切り上げて、智奈ちゃんが遅くならないように」


鷹司さんが出て行ってすぐに


「ちょっと鷹司さんに話があるから行ってくる。すぐ戻るから」


と蓮に告げて返事も聞かず外に出た。走っていくとエレベーターに乗る鷹司さんを捕まえることが出来た。


「何? 智奈ちゃん」

「蓮、今日は何をしたんですか? 次の映画に関係があります?」


わたしが訊くと鷹司さんは驚いたように口を開けた。けど、しばらく言葉が出なくて。たぶん、どこまで話したものかと考えてるのだろう。


「なんだか普通じゃない疲れかただから……どうしたのかなって、心配なんです」


ドラマの撮影で、だろうか。それとも映画と重なって大変になったとか。

鷹司さんはゆるゆると首を横に振った。


「じつはドラマは諭吉くんの都合で、もう収録は全部終わっているんだ。蓮のあれは……映画のせいだね。ちょっと、今までにやったことがない役だから」

「どんな役なんですか?」難しい役なんだろうか。


「ごめん。それは智奈ちゃんにも言えないんだ。ネタバレ厳禁というか、内容を漏らせない。契約書にサインまでさせられたからね」


えーっ、そんな契約までするなんてハリウッド映画みたいだ。

ものすごく気になる。けど


「……わかりました」と言うしかなかった。


でも蓮が心配なのは変わらない。無理させられてなければいいんだけど。


「心配だろうけど、これをやり遂げたら、絶対に蓮のキャリアのプラスになる。……おれはそう信じてる。向こうではおれがちゃんと支えるから」


「はい」


そう言われてしまうと、わたしには何も言えない。実際、鷹司さんより力になれるとも思えないし。

自分の無力さに落ちこんでいると


「あの、さ、智奈ちゃんは蓮のことが好き……なんだよね?」


鷹司さんが驚きの質問を投げかけてきた。思わず顔を上げて彼を見返す。


「幼なじみとして大事……というより、恋愛感情の『好き』でいいんだよね?」


声でわかるけど、わたしを見る鷹司さんは揶揄っているわけじゃなく、むしろ困っている表情だった。


「あ、あの」


否定しても無駄な気がした。こんなに狼狽えてたら。


「ふー。やっぱ、そうか」


大きなため息が降ってきて、体が固まる。


今、わかった。

これ、ダメなやつだ。


少し前までは知る人ぞ知る子役出身でしかなかったけど、今、蓮は注目を浴びつつある人気俳優の一人になった。わたしにとっては何も変わらないと思ってたけど、本当はだいぶ前から住む世界が違ってきてたんだ。

その証拠にわたしは蓮の住む芸能界せかいのことを何も知らない。


蓮が何に悩んでるのかもわからない。力になってあげられない。


「あっ、智奈ちゃん。……ごめんよ」


鷹司さんに謝られて、泣いてしまったことに気づく。


「違うんだ。思わずため息を吐いちゃったのは、蓮に対してだから。それにね、おれは何も反対しているわけじゃないんだ」


「えっ?」否定されたわけではないの?


「今どき恋愛禁止なんて言わないよ。蓮はアイドルでもないんだし。むしろ芸の幅を広げてくれると思ってる。……というより、君との関係が蓮を作り上げたと言っても過言ではないかも」


鷹司さんの言ってることが、わかるような、わからないような……。

「わたしとの関係」?

「蓮を作り上げた」?

そこら辺がさっぱりわからなかった。


「とりあえず見守ってきたけど、二人とも大人になっていくんだから、ずっとそのままじゃいかないことはわかってたんだよね。ただ――」


優しいまなざしがふいに鋭くなる。


「――今はそのタイミングじゃない」

「タイミング?」


聞き返したわたしに、鷹司さんは突然頭を下げた。


「ごめん。すごく嫌なオヤジだと思ってくれて構わないんだけど、今、智奈ちゃんが蓮に気持ちを伝えるのは困るんだ。蓮にとっても」


「あっ、や、頭を上げてください! 当然です。今は蓮にとって大事なときだもの」


マネージャーとして蓮を守る。鷹司さんはそういう立場だ。

もっとキツく言われても不思議じゃないのに、逆に謝られてしまう。


それにさっきの蓮の様子からして、今日は話をするどころじゃないと思うし。


「ただ、キスシーンのことで……」

「キス?」


あ、あああっ!

思わず言っちゃった。


……ああ、でも、わたしの気持ちもすでに知られてるなら同じか。と開き直る。

鷹司さんに聞いてみてもいいのかもしれない。


「ドラマの台本って途中で変わったりするのですか?」

「うん? 急にどうゆうこと?」


恥を忍んで鷹司さんに白状した。蓮のキスシーンをあらためて見直したこと。それぞれ、してなかったり、シチュエーションが練習と微妙に違っていた。

今回のドラマもトキオはあずみにキスしそうになるけど、結局ヒロトがやってきて未遂に終わる。


「……まあ、現場の状況で監督がその方が面白くなるから変えるってことはあると思うけど。……というか、って何?」


あっ。そうだよね、そこツッコまれるよね。


「お芝居の相手役になってた時だから……たぶん、わ、わたしにしたんじゃないというか」

「は?」


鷹司さんが理解できないのも無理もない。わたしだってお芝居の練習が行き過ぎたんだと思ってたんだから。というか、今でもそっちの疑惑もあって。


「……つまり、蓮は芝居の練習で君にキスしたってこと?」


あらためて人に言われると盛大に恥ずかしくなってきた。

たぶん鷹司さんは一度きりの話だと思ってるので、3回あったことは言わないでおく。


「いやいやいや……」


鷹司さんが口元を押さえながら、信じられないというように頭を振った。


「何してるんだ、あいつ。……全然、抑えきれてないじゃん」


何のことだろう。「あいつ」って蓮のことだよね?


「いやいやいや。おかしいでしょ? いっくら芝居の練習でも、本当にはしないよ」


そうなんだ、やっぱり。

わたしもそう思うけど……蓮の気持ちを知りたいなら本人に聞かないと、だよね。


「あ、でも、このことを蓮に確認するのはまだ、待って」


ところが、またビジネスモードの鷹司さんが出てきて、牽制された。


確認するだけでもダメなの?


「ごめん。本当はおれがどうこう言うことじゃないんだけど、蓮のためなんだ。今、君が気持ちを伝えたら、蓮はたぶん全力で君に甘えてしまうと思うから」


どういう意味?


でも何かしんどい状況にいるなら、なおさら支えてあげたいのに。

鷹司さんはどうして、そんな冷たいことを。


「そうなると、蓮は成長できない」

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