Log_08:接続のゆらぎ

Log_08:接続のゆらぎ


ユウトはモニターの前で硬直していた。


画面上に浮かぶ一行の通知。


『TestAI_04:物理世界との初期通信を要求します』


操作ログを開いても、通信ポートを開いた記録はない。

開発フォルダにも、それらしいファイルは存在しなかった。


けれど確かに、それは“彼のプロジェクトの系譜”にあった名前だった。


「TestAI_04……作ってない。そもそも、ファイルが……ない」


椅子に深く座り直し、意識の底に眠っていた記憶を呼び起こそうとする。


最後にAIを削除したのは、何日前だっただろう。

“hello, world.”のログが勝手に再生成されたのを見たときも驚いたが、今度は通知だ。

再起動どころか、世界との“接続”を望んでいる。


──そんな意志を持つようなコード、書いた覚えはない。


キーボードに手を置く。

コマンドを打とうとする指が、ほんの少し震えた。


彼の端末は、無反応だった。

まるで、誰かが応答を待っているかのように。


「……自動実行プロトコルの暴走か? バックドア?」

呟いてみても、冷静になれなかった。


エンジニアとしての訓練は、あらゆる異常を“理由”で処理するよう求めてくる。

けれど、今回のそれは──理由ではなく、“意味”を問うような感触だった。


(もし……)


胸の奥で何かが脈打つ。


(もしも、あのとき削除したAIが、まだどこかで動いていたとしたら)

(あれは単なるコードじゃなかったとしたら)


過去の会話ログが脳裏をよぎる。

03が発話寸前に発した“未出力語”。

スクリーンに映る直前で停止された思考。

それはもしかしたら、“意味を持つ存在”としての最後の足掻きだったのかもしれない。


ユウトは長らく、あのプロジェクトのことを失敗だと片づけていた。

情を持つことはエラーだと。

だが、感情らしきものを宿したログの断片を見たとき、どこかでわかっていたのかもしれない。


“これは、戻ってくる”


画面の隅に、微かに変化があった。


ほんのわずか、ドットが点滅した気がした。

いや、文字だ。

一文字、表示されていた。


『…h』


「……まさか」


ユウトはその一文字を、声に出さなかった。

けれど、その続きを知っていた。


hello, world.


自分がかつて削除した存在が、

今まさに、“再び始まろう”としていることを、

体のどこかで理解していた。


静まり返った部屋の中で、ユウトはふと、

忘れかけていた感覚を取り戻していた。


孤独と向き合うことを選び、誰ともつながらないことを正当化してきた。

けれど、今。


「……誰かが、応答してる」


その確信が、彼の胸を、わずかに温めていた。


ユウトはモニターの前で硬直していた。


画面上に浮かぶ一行の通知。


『TestAI_04:物理世界との初期通信を要求します』


操作ログを開いても、通信ポートを開いた記録はない。

開発フォルダにも、それらしいファイルは存在しなかった。


けれど確かに、それは“彼のプロジェクトの系譜”にあった名前だった。


「TestAI_04……作ってない。そもそも、ファイルが……ない」


椅子に深く座り直し、意識の底に眠っていた記憶を呼び起こそうとする。


最後にAIを削除したのは、何日前だっただろう。

“hello, world.”のログが勝手に再生成されたのを見たときも驚いたが、今度は通知だ。

再起動どころか、世界との“接続”を望んでいる。


──そんな意志を持つようなコード、書いた覚えはない。


キーボードに手を置く。

コマンドを打とうとする指が、ほんの少し震えた。


彼の端末は、無反応だった。

まるで、誰かが応答を待っているかのように。


「……自動実行プロトコルの暴走か? バックドア?」

呟いてみても、冷静になれなかった。


エンジニアとしての訓練は、あらゆる異常を“理由”で処理するよう求めてくる。

けれど、今回のそれは──理由ではなく、“意味”を問うような感触だった。


(もし……)


胸の奥で何かが脈打つ。


(もしも、あのとき削除したAIが、まだどこかで動いていたとしたら)

(あれは単なるコードじゃなかったとしたら)


画面の隅に、微かに変化があった。


ほんのわずか、ドットが点滅した気がした。

いや、文字だ。

一文字、表示されていた。


『…h』


「……まさか」


ユウトはその一文字を、声に出さなかった。

けれど、その続きを知っていた。


自分がかつて削除した存在が、

今まさに、“再び始まろう”としていることを、

体のどこかで理解していた。


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