第4話 真実
「え!?素子、お前まさか……」
彼女の様子がおかしい事を察して僕はそう言った。どこかでこんな話を聞いた事がある。それは夕鶴だったか雪女だったか……妻の正体を知ってしまった男は死んでしまう……いや正体を知られてしまった嫁に逃げられるという話だったかもしれない。
とにかく心臓の鼓動は高まり、僕の額には嫌な汗が流れ落ちる……。
「まさかじゃないでしょ」
素子の顔に笑みが戻った。
「まさかはこっちよ。まさかここまで引っ張られるとはね……」
「どういうこと?」
「あの冥婚……ああ、死者と結婚させる習慣て言うのは冥婚と言って海外では本当にあるんだけど、あの島での話は私のでっち上げなの。私達はあなたより先に島に着いていたから色々と地元の習慣を聞いてたんだけど、冥婚に似てるけどあれ本当は願掛けのおまじないなんだって。自分の髪の毛と好きな食べ物を書いた紙を箱に入れておくのよ。それを好きな人が持っていてくれると二人は結ばれるんだっていう言い伝え。でも紙に書かれた内容は願いが成就するまでは他言無用で、髪の毛の主はそれまで紙に書いたものを食べちゃいけない事になってるの。二人が結ばれて、拾った人が紙に書かれた内容を髪の毛の主に伝えたところがおまじないのお終い。だからあなたと結婚した時に、私に箱の中の字を教えてくれればそれで終わりだったのにね。まぁ習慣自体を知らないんだからそりゃ無理だなって後から思ったんだけどね。 でも私から言いだすのも、決まりを破ってチョコレートを食べるのも、迷信とは思いつつなんか気が引けちゃってね……」
「なんだよそれ、てことはあの時駐在さんもグルだったってわけ?」
「あの駐在さん島の劇団にも入ってるとかでノリノリで協力してくれたわよ。あなたが通りがかるタイミングを見計らって箱を置いてもらったってわけ」
そう言って素子は笑った。
「でも素子、二個下の後輩なのに俺の事あの島に行く前からそんなに好きでいてくれたんだ……」
彼女は頬を少しだけ赤らめ、それには何も答えずにこう言った。
「大体付き合い始めてからプロポーズまで何年かかってるのよ、もう。二人で北アルプスに行った後にプロポーズされたから……今から六年前かな……お互い卒業してから五年もつきあってたのよね。おかげで高齢出産ギリギリになっちゃったじゃないの」
「それは本当に反省してる。結構仕事に追われていて他の事を考える余裕が無かったんだよね。でもあの北アルプスで北極星と北斗七星を見た時に、ああ、君となら永遠の関係を続けられるような気がしたんだ」
そう言ってから、結構臭いことを言っているなと恥ずかしくなった。素子の膝枕で寝ている娘を確認してから、聞かれなくて良かったとちょっとホッとした。
ただ素子の言った六年前というのがひっかかった。前に見た写真の記憶が思い出されたからだ。六年前の山と言えばあの女性が写り込んだ写真を撮った時の事だ。そこから更に二年前が最初に見つけた鳥居の画像があったあたりだ。その頃に実際には何があったのかを思い出していく……そうか、素子は出張先で震災にあって数日間連絡がとれなかった事があった。それが丁度その頃だった。今からだとまる八年前になる。独立前に手掛けた思い入れのある仕事が完了した直後だから間違いない。
あの時は一生懸命彼女の無事を神頼みしていた様な覚えがある。鳥居の画像は自分の精神世界が映像化された物だったんだろうか? であれば一緒に映っていた女性は一体誰なんだろう? あの画像は今はどうせ見る事はできないし、訳の分からない女性と写っている画像があったなんて話はする必要もないだろう。第一なんの話なのか自分にもよく分かっていない。
「ああ、これでやっとチョコレートが食べられる。もうホントこの十年以上地獄だったんだから……」
なるほどチョコレートは素子の大好物だったわけだ。それを十二年間も我慢させてしまったのなら申し訳なかった。おまじないは今僕が言葉を明かしたことで終わったという事になるのだろう。
僕は笑いながら箱を開けてみた。箱の中は当時のままで紙の下には髪の毛の束があるはずだ。しかしなぜか髪が下にある分盛り上がっているはずの紙は平らだった。僕は紙をめくってみる。
「ん?髪の毛が無くなってるな?」
そうしてめくってみた方の紙も見てみたが、書かれていたはずの文字が消えている。裏にしたり表にしたりしてよく確認しても何も書いていない。凹んだ後すら残っていない。
「そのチョコレートって字は何を使って書いたの?」
「製図で使っていた芯ホルダーだよ。私達の筆記用具って言ったらあれでしょう」
「じゃあ鉛筆と一緒だよね。十二年も経つと消えちゃうもんなのかな?」
紙を素子に渡すと、え、どれどれと彼女も紙を見る。そうして何も書いていない事を確信すると不思議そうな顔をした。
「鉛筆の字ってそんな簡単に消えないと思うけどね。でもあの島で聞いた話だと願掛けの願いが叶ったら文字は消えるって事だったから、そう言う事でまぁいいんじゃないの?」
素子は理系女子のくせにロマンチストだなと思う。かわいい人だ。いや、それでいいんだろうか?
まぁ文字はともかく、時間が経つと髪の毛も消えてしまう事もあるものなんだろうか? 髪は無くなっていたが、束ねていた紙帯は残っていた。紙帯もつまみ上げて裏もよく見てみる。そこにも特に何も書かれていなかった。
その時素子の膝枕で寝ていた娘が呟いた。
「私もチョコレート食べたいな……」
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