冥婚 MEIKON

十三岡繁

第1話 五年前の写真

 ファミリータイプの賃貸住宅なので部屋数は多かった。LDKと続きの和室、寝室以外にも個室がひとつあって、そこを仕事部屋にしていた。もちろんきちんとした仕事場を外でも借りているのだが、一人事務所なので来客の予定がない時はこうやって家で仕事をする事も多い。


 特に今は妻の素子が妊娠中なので、なるべく家にいて家事の手伝いをしようという気持ちもある。我ながらできた旦那だと思う。素子はあまり褒めてはくれないが、きっと照れているのだろう。かわいい人だ。


 その日も家で今度のプレゼンに使う資料のレイアウトをしていた。パソコンさえあれば家でも仕事場でも遜色なく仕事ができる。少し前までは資料やカタログが大量に置いてある仕事場に行った方が効率は良かったが、今はネット上で資料でもカタログでもなんでも閲覧できる。過去に作成した事例や画像はクラウドに上げているので、ネット環境さえあればどこででも仕事用のデータにアクセスできるのだから便利なものだ。


 僕は現在進行中の物件のクライアントに見せるために、過去の事例写真をネットのクラウドを開いて探していた。目当ての写真を撮ったのは思っていたよりも昔で、五年ぐらい前のところにあった。まだ就職して三年目位で独立前のものだ。既に素子とは付き合ってはいたが所帯を持つ前の頃だ。

 本当は仕事用とプライベートでクラウドのエリアを分けるべきなのだろうが、スマホも使い分けてはいないので、基本的にスマホで写したもののバックアップがそのまま残る形で、画像に関しては両方がごちゃ混ぜになっている。

 写真は探し当てたのだが、クラウドで検索時に並んだサムネイル画像のインデックスで、お目当ての写真の隣にあった画像が気になった。


 目的の画像を保存した後で、一旦サムネイルに戻ってから、隣の画像をクリックし拡大して見てみる。そこには女性と二人で、どこかの神社の鳥居の足元の様な円柱を背景にして写っている自分がいた。そんな写真を撮った覚えは全くない。一緒に写っている女性にも全く心当たりがない。


 女性の髪は長く美しい黒髪で、白いワンピースを着ている。なかなかの美人だ。色白な顔はカメラ目線で口には薄く笑みを浮かべている。体の線は細くてあまり健康そうには見えない。儚い美しさのようなものを感じる佇まいだった。背景に写った鳥居の方は、抑揚のない灰色なのできっとコンクリート製なのだろう、柱の大きさから推測するにかなりの大きさだと思われた。鳥居の向こうには参道らしきものが見えるが、角度のせいでその奥にあるはずの拝殿の類は確認できなかった。また他の参拝者も見当たらなくて、画像に写り込んでいる人間は自分とその女性の二人きりだ。


 背景に写り込んでいるのは単に灰色の大きな円柱であるのに、どうしてそれを一目見て神社の鳥居の一部だと認識したのかは不思議だが、その時は特に気にもしなかった。映り込んだ女性の印象が強かったせいかもしれない。


 しかし写した覚えの無い写真がクラウドに保存されているというのも気持ちが悪い。サーバーがハッキングされて、誰かが悪戯で合成写真をアップロードしたのだろうか? AIを使えばこの手の画像はいくらでも生成できる世の中だ。いや、いたずらでそんな面倒臭い事をする人間はいないだろう。なんの得もない。誰かのデータが間違って入り込んだにしても、写真に写っているのは自分自身なのだ。


 画像加工は仕事柄得意な方なので、AIの力を借りずとも酔った勢いでネットで拾った画像から合成した写真を、自分でアップロードしておいて記憶が飛んだ? それならばあり得る。しかし一緒に映っている女性が芸能人等であるならばそんな事もありそうだが、公私ともに全く見覚えが無い顔なのだ。いくら美人とはいっても、ただ見かけただけの女性画像にそんな細工はしないだろう。それぐらいの節操は持ち合わせているつもりだ。しかし一生懸命思い出そうとしても全く頭には何も浮かんでこない。


 気味が悪いし、嫁にでも見られたら余計な喧嘩の材料になりそうだと思った。もうすぐ娘が生まれる大事な時期なのに、余計な刺激を与えるのは良くないだろう。すぐに消してしまおうかと思った。が、頭の中で何かがひっかかってその場で消す事はしなかった。


 クラウドを使い始めた頃はそれほど大きな容量では無かったのだが、使っていくうちに段々と残り容量が少なくなっていく。そうして多少の料金を払って年々容量を上げてきた。そうなるともう容量不足を心配して消す必要も無くなったので、日々撮り重ねた写真は溜まる一方だ。確かに中には何を写したかよく分からない物も混じっているが、必要に迫られない限りあえてそれを削除する事もない。

 そうしてし何かの用事が無い限りは過去の画像を見返すことはあまりない。しかし無駄は無駄なので整理すべきかなとは日々思っている。他にもそんな写真が紛れていないかサムネイルに戻って更に過去の写真をスクロールして確認してみた。いや、先ほどのは単にいらない画像というのいとはちょっと違う。なぜなら記憶がないだけで自分が確かに写っているからだ。記憶と記録であれば、記録が正解だという場合も多々ある。


 先ほどの写真から更に一年くらい遡ったところで、素子と福岡を旅行した時の写真に目が留まった。付き合い始めてから二人で初めて行った旅行なので、その時の事は今でもよく覚えている。

 素子とは大学の研究室が一緒だった。実は自分の方が後輩だ。姉さん女房という奴だ。二人で旅行した以前にも学生時代、研究室の調査の為に福岡に来たことはあった。その時は二人では無くもう一人先輩も同行していた。しかしその調査のあたりから二人は男女を意識するようになった様な気もする。だから付き合い始めた頃に最初に二人で旅行に行くなら福岡がいいねという事になって、それが実現したというわけだ。

 

 福岡旅行の写真のサムネイルを一枚拡大して全画面表示にする。中州の屋台で自撮りで二人の顔がアップで写っている写真なのだが、その後ろに小さく写り込んでいる白い影が気になったのだ。

 更に拡大してみて驚いた、白い影は先ほど見つけた五年前の女性とそっくりなのだ。こちらの写真は解像度が高くない上に夜なので顔ははっきりしない。しかし、髪の長さや色と服装が同じなのだ。女性がカメラの方を見ているのは分かるし、口元は笑っている様にも見える。但しこちらの写真は確かに自分で写した記憶がある。そう言った意味では先ほど見た鳥居前の写真とは全く違う。


 自動的にスマホの画像がクラウドにアップされるようにしたのは六年前だった。当然それよりも前の写真はここには無いが、一旦一番古い写真データまで遡った後、今度は古い方から逆に新しい方へとスクロールしてみる。


 すぐに先ほど見た五年前の写真あたりまで来たが、今度は鳥居の前の女性との画像が見当たらない。さっき間違って消してしまったのだろうか? 仕事で探した画像はもちろん残っている。その隣の写真なのだから場所も間違え様が無い。ゴミ箱の方も確認してみたが中身は空っぽだった。


 どうにも不思議な感じがしたが、とにかくそのまま更にスクロールを続けた。サムネイルは三年前の山の写真になった。景色の良さに調子にのって、百枚以上写したその時の写真の中にも不自然なものがあった。

 ある山の頂上で素子と撮ったその写真の背景に、先ほどの女性が写っているのだ。それは自分で写したものではない。僕と素子が一緒に写っているのだから、その時頂上に居合わせた他の登山者に頼んで撮ってもらったものだ。


 写り込んでいる人間は他にもいたが、当然みんな登山用の服装をしている。白いワンピース姿の女性は浮いた存在だ。そうしてその目はカメラの方を向いていて口には笑みを浮かべている。

 慌ててまた福岡で撮った屋台の写真へと遡った。写真はあったが今度は先ほど見た白い影が消えていた。

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