第8話

 頭の中から思い切り鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 グワングワンと、脳震盪を起こしたような錯覚に陥る。すぐには理解出来ずにもう一度聞き直した。


「沈ん、だ?」


「私達が出航してすぐに地震が起きて嵐になったらしいの……それで、ほとんど飲まれるようにって」


 身体の震えが止まらなかった。心臓が最後のあがきのように狂って鳴っている。


 それは、どういうことだ。


 マトリカとレイスの顔が思い浮かぶ。

 母の笑顔が。父の眼差しが流れるように、頭から落ちていった。

 スランドピアが沈んだ。なら、みんなはもう。


「お姉ちゃん 船がいるよ」


 狼狽の最中にあった精神が、ケイトの声で力強く引き戻された

「船、船」とミラちゃんが興奮気味に呟いていた。。

 私は、同じように混乱していたハンナさんと眼を合わせて窓の外を見た。外はいつの間にか雨が降り始めていて視界が悪くなっていた。けれど、確かに何十メートル先に黒い船を確認できた。中央マストの上には白い旗が生きてるように靡いている。黒い円の中に三角形の点を結び、中央にはシンボルの黒い鷹が描かれている。


 中枢政府の旗だ。

 降りしきる雨粒がカーテンとなって見にくいが、貨物船や商船の類いではない。あれは船艦だった。

 

 私がそう思った瞬間、聞いたことない大きな音と共に船が揺れた。悲鳴がそこら中でわき上がる。反射的にケイトの手を引っ張って抱き寄せた。再び、衝撃が船を襲う。誰かが叫んだ声が聞こえた。


「砲撃よっ!」


 私は再び窓の外を見る。

 先ほどの黒い船を視界に収めた瞬間、船の先端が白い閃光を放った。白く細い直線上の糸のような光は海を裂きながら私達が乗る船の後方に当たる。刹那の空白を要したあと、また同じ爆発音が響いた。政府が私たちを攻撃していることは疑いようがなかった。

 父さんと母さんは。なぜ、政府が砲撃を。

 断続的に溢れてくる疑問が私の頭を混乱させた。一人だったら私は何も出来ずにうずくまるだけだっただろう。けれど、腕の中にいるケイトの体温が私の心を焚きつけた。

 私が出来るのはここで悩むことではない。私は何のためにここにる。

 

 ――優先順位を、考えろ。

 

 辺りを見回すとその場にいた人達は子どもを抱えて出口に殺到していた。

 ケイトのそばにいたミラちゃんは、私と同様にハンナさんに抱きしめられている。ハンナさんは私と眼を合わせて、互いに頷き合った。


「ケイト、しっかり掴まってて」


「うん」


 ケイトは私に抱きかかえられると、ぎゅっと力強く首を抱きしめてきた。一層にいたのは幸いだった、もし最下層に割り振られていたらもう甲板に出る手段はほとんどゼロだ。常設されているはずの救命ボートに向かう。船を沈めようとしてるなら意味はないかもしれないが、ここにいてもただ死を待つだけだった。

 

 人混みに押されながら何とか前へ前へと進む。

 ここに私が周りの人たちよりも年齢が若いという利点が有利となった。力だけでいえば私が一番強い。ハンナさんを前から引っ張りながら強引に進んで先頭のデッキまで辿り着いたときには外は完全に夜になっていた。大雨が降り注ぎ、雨粒が殴るように打ち付けてくる。

 嵐、これは父たちを飲み込んだいう嵐だろうか。

 当然、夜空に星は見えなかった。


「サフィニア。ボートは船の側面にあったはずよっ」


 後ろからハンナさんが叫んだ。酷い雨と風でそばにいても声を張り上げなければ聞こえないほどだった。

 再び、暗闇を引き裂く閃光が瞬いた瞬間、爆音が炸裂した。

 叩きつけられるように私たちは床に転がった。悲鳴と子どもの泣き声でデッキの上は阿鼻叫喚となっていた。ケイトは叫ぶ声一つあげずに私にしがみついている。でも震えているのがわかった。

 その大切な命が私の心を強くする。

 僅かに船が傾き始めていた。もう時間がない。


「サフィニア、あっち側のボートが無事みたい!」


 ハンナさんが指し示す方向に眼を向ける。政府の軍艦とは逆側にあるからボートが無事な可能性は高い。ハンナさんの手の中でミラちゃんは泣いていた。


「行きましょうっ」


 私が立ち上がって走り出そうとしたとき、ケイトの「お姉ちゃん」という呟きがはっきりと聞こえた。


 ケイトは恐怖に抗う表情をしながら、船首の方向を見つめていた。

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