第5話 疑念の種が芽を出す(前編)

午後のオフィス。冷房の風が静かに肩口を撫でる中で、藤原は目の前のモニターに視線を向けながらも、心ここにあらずだった。


(……なんで高木は、あんな昔のことを知っていた?)


あの文化祭の失敗は、ずっと心の奥に沈めていた恥。

誰も覚えていないと思っていた。いや、覚えていてほしくなかったことだった。


自分でも気づかぬうちに、マウスを握る手にじんわりと汗が滲んでいた。


(もし、あいつが転生者だったら? この世界に後から入ってきて、最適な選択肢だけを選んできたやつだったら……)


仮定に仮定を重ねる考えが、頭の中で形を持ちはじめる。

そうだ、あいつが俺の人生を横取りしたのだ。

この世界は、あいつのために都合よく調整されている。そう考えると、すべてがしっくりきた。


——なぜ、自分は大きく失敗していないのに、何も得られていないのか。  ——なぜ、努力をしても報われないのか。  ——なぜ、自分が一歩踏み出そうとすると、必ずタイミングが悪いのか。


それは、あいつが世界線を改変したからだ。

あいつが自分に与えられるはずだった“運”や“選択肢”を、根こそぎ奪っていったからだ。


「藤原さん、さっきの資料、共有してもらってもいいですか?」


背後からかけられた声に我に返る。後輩の西田だった。


「ああ、すぐ送るよ。……ごめん、ちょっと今、他の作業してて」


嘘だった。何もしていなかった。ただ、妄想の沼に沈んでいた。


送信を終えると、社内チャットに通知がいく。

そこには、先ほどの打ち合わせのログや、他部署の雑談が流れていた。


「……」


ふと、ひとつのメッセージが目に留まった。


> 「うちの事業部、今期で社内コンペ出せそうなネタあったら歓迎だってよ」


誰かが気軽に投げた社内メッセージ。

けれど、それが藤原には、まるで“挑発”のように見えた。


(朝倉なら、こういうのにも食いつくんだろうな……。俺より先に出して、評価されて……)


そのときだった。社内チャットに表示された高木の名前。

「◯◯プロジェクト」と書かれた社外グループに、彼の名前があった。


(え……?)


思わず画面を二度見する。間違いない。あの高木だ。

どうやら、うちの会社と彼の出向先で共同プロジェクトを立ち上げるらしく、社外コラボ用のチャットに招待されていた。


(また会うのか、あいつと……?)


心がざわめく。冷や汗が背中を伝う。


運命に支配されている、そんな感覚。

逃れられない“何かの筋書き”に、自分が絡め取られているような——。

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