第18話 勝負の行方
「……ふむ、やはり素晴らしいね
「お褒めに与り、恐悦至極に存じます帝さま」
それから、しばらくして。
そう、沁み沁みとしたご表情で口になさる帝さま。彼の仰ったように、藤壺さまのお出しになった絵は素人の僕から見ても沁み沁みと胸を打つもので。尤も、藤壺さまご自身で描いたものなのかは定かでないけれど……まあ、そこを詮索するのは野暮というものだろう。そもそも、彼女自身で描いたものでなければならないルールもないのだし。ともあれ、月夜さまの方はというと――
「……まだ、出さないのかい?
そう、不思議そうに尋ねる帝さま。そう、藤壺さまが次々と傑作をお出しになっている中、月夜さまはまだ一つも出していなくて。いったいどうしたのかと少し騒めきが生じてきた中、藤壺さまが全て出し終えたところでふっと微笑みを見せる月夜さま。そして――
「――さて、今回は私でなく我が女房、
そう、莞爾とした微笑で告げる。そして、先ほどまで何処か不敵な笑顔をなさっていた藤壺さまのご表情が一変する。と言うのも――
「……あれは、藤壺さま……?」
そう、小さく届く驚きの声。そう、月夜さまがお出しになったのは少女の絵――畏れ多くも僕が
『――さて、伊織。近い内にまた例の行事が催されるわけですが……この度、私が絵合わせの競技者に選出されてしまいまして』
『……わぁ、おめでとうございます月夜さま!』
『……おめでとうございます? 何がおめでたいものですか! 私は和歌と並んで絵がとっても、とっても苦手なのです。それこそ、この世から消滅してしまえば良いと思うくらいに』
『うん、すぐに苦手なものの消滅を願う癖は控えましょうね?』
あれは、一週間ほど前のこと。
お部屋にて、僕の祝福に心外とばかりに憤慨なさる月夜さま。……うん、そうなんだ。まあ、苦手なものは仕方がない。仕方がないのだけども……うん、すぐに消滅を願うのは控えていただけたらと。
ともあれ、そういうわけで月夜さま側の絵は僕が担当することとなり――尤も、和歌の時とは違い今回は罪悪感のようなものはないけれど。月夜さまご自身が僕の絵だと紹介したように、僕が描いたとて何らルールに触れることもないわけだし。
「……ふむ、これは何とも素晴らしい。鮮麗な藤壺の魅力がこの上もなく表現されていて、思わず息を呑むほどだ。さて、非常に甲乙つけがたいが……月夜の側はこの一枚。やはり、枚数で大きく上回る藤壺側の
「お待ちください帝さま!」
その後、双方の絵をじっくりと見比べ判定をなさる帝さま。だけど、そのお言葉が終わる前に藤壺さまのお声が響く。帝さまを含め皆さんポカンとする中、深く呼吸を整える藤壺さま。そして、ゆっくりと口を開いて――
「……この勝負、わたくしの負けです」
「――いやぁ、勝てて本当によかったです。これも、全て伊織のお陰です」
「いえ、そんな……ですが、お役に立てたのであれば恐悦至極に存じます」
それから、数十分経て。
淑景舎の一室にて、たいそう満足そうな笑顔でそう口になさる月夜さま。まあ、どれだけお役に立てたかは分からないけど……ともあれ、彼女が嬉しそうで何よりです。
「……それにしても、最初に絵を見せてもらった時は思わず引き裂いてしまいそうになりましたが、あのような狙いがあったとは……畏れ入りました、伊織」
「……あはは、それは良かったです」
すると、ニコッと微笑み告げる月夜さま。そして、そんな彼女に顔を引き攣らせ答える僕。……いや、ほんと良かった。結構な精魂込めたあの絵を一瞬で引き裂かれてしまおうものなら、流石にすぐには立ち直れなかっただろうし。
ともあれ、その狙いとは――他でもない藤壺さまご自身に、敗北の意思を口にしていただくこと。と言うのも――月夜さまが勝利を収める場合、それが最も丸く収まる形だと思ったから。
さて、改めてだけど藤壺さまは皇后――つまりは、お后さまの中でも最上位に位置する御方。なので、そんなやんごとなき彼女が敗北というのは、その後の雰囲気などを考慮しても皆さんにとってなるべく避けたい展開だろう。
そして、判定を担当なさる帝さまにとっても恐らくは非常に悩ましいところかと。尤も、彼が公平さを欠くとは思えないけど……それでもお立場上、正妻たる藤壺さまに勝利の
なので、繰り返しになるけれど――やはり、藤壺さまご自身に敗北の意思を口にしていただくのが最も丸く収まる形なのかなと。そして、そのために取るべき方法は何か――しばし思考を巡らせた結果、藤壺さまご自身の絵を描くことにしようと。と言うのも、きっと藤壺さまはご自身の――実際、息を呑むほどにお美しいのだけども――ご自身の容姿にたいそう誇りに思っていらっしゃるので、彼女ご自身が納得せざるを得ないような絵をお見せできれば、必ずやご自身の口から敗北の旨を申し出てくださるのではないかと。……まあ、最大の問題は果たして僕の画力でその
「――それにしても、細部まで非常に拘った大変美しい絵でしたね、伊織。ひょっとして、彼女のような女性がお好みなのでしょうか?」
すると、ニコッと満面の
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