第6話 お相手

「――ところで、伊織いおり。貴方の時代ではどのようなものが流行っているのでしょう?」

「……へっ? ああ、そうですね……」



 それから、数日経た昼日中ひるひなか

 柔らかな陽が優しく差し込む穏やかなお部屋にて、だらりと襖に背を預けそう問い掛ける月夜つくよさま。周囲まわりの目がある時とは異なるその緩んだお姿が微笑ましく、思わずクスッとなってしまう。


 まあ、それはともあれ……何が流行ってる、か。うーん、そうだなあ……うん、やっぱり――


「……そうですね、恥ずかしながら僕自身、流行りに疎いので良く分からないのですが……例えば、僕の教え子達は動画の話などで盛り上がっていたかなと」

「……どうが、とは……?」


 すると、きょとんと首を傾げ尋ねる月夜さま。何とも可愛らしいその仕草に、思わずドキッとしてしまうけれど、それはともあれ……うん、まあそうなるよね。言う前に気付くべきだった。


 ただ、それはそうと……うん、何とご説明したら良いものか。そもそも、動画というものが何たるかを説明する必要性がなかったし。それこそ、恐らくは小学生――いや、もしかすると園児の方が僕より良く知ってるかもしれないくらいで。尤も、スマホがあればこんなものですよと直接お見せすれば良いのだけど……まあ、平安こちらにて気が付いたらポケットから消えていて……いや、でも見せたらそれはそれで大変か。その場合、そもそもスマホが何たるかを説明することになるだろうし。

 ともあれ、動画の説明だけども……うん、やっぱりここは――


「……そう、ですね。動く、と言ったところでしょうか」


 そう、控え目に伝える。……いや、我ながら何とも雑な説明だとは思うけど……うん、自分の至らなさが恥ずかし――


「――動く画!? それは、あれが動くということでしょうか!?」

「……え、いえ、そういうわけでは……」


 すると、目を輝かせ尋ねる月夜さま。床の間に掛かっている、鮮やかな藤の花が描かれた掛け軸を指差しながら。……あっ、いえそういうわけではなく……いや、そういうことで良いか。本当の説明をしても、きっと混乱しちゃうだろうし……そもそも、僕自身がまともな説明なんて出来ないわけだし。





「――本日は、こちらでお眠りになるのですね。月夜さま」

「ええ、伊織。今夜は、私をお求めになられていないようなので」



 その日の朧夜おぼろよにて。

 淑景舎の寝室にて、僕の問いに柔らかな微笑で答える月夜さま。ご寵愛を受けているとはいえ、毎夜お呼ばれになるわけではないと聞いていたけど、どうやら本日がそのようで。ともあれ、そういうことなら――


「――それでは月夜さま、これにて僕は失礼致します。万が一にもご用があれば、何なりとお申し付けくださいませ」


 そう、頭を下げお伝えする。そして、ゆっくりと腰を上げ出入り口の襖へと向かう。……さて、どこで眠ろうかな……うん、廊下しかないか。まあ、この重ね着を布団代わりにすれば別に寒くも――


「――おや、何を仰っているのですか? 貴方のお部屋はここでしょう、伊織」


「…………へっ?」


 そんな思考の最中さなか、不意に背中へ届く月夜さまのお言葉。そして、僕は唖然と声を洩らし――


「……あの、月夜さま? それは、どういう……」

「……どういう? いえ、言葉の通りですよ? ご存じの通り、貴方のお部屋はここでしょう。正確には私と共用の、ですけど」

「……いや、それはそうかもなのですが……ですが、今は月夜さまがいらっしゃいますし」


 そう、困惑しつつ口にする。すると、やはりきょとんとした表情の月夜さん。……いや、それはそうかもなのですが……でも、今夜は月夜さまがここでお眠りになるからして、僕がいるわけにはいか――


「――ええ、だから今夜は貴方がお相手をしてくださるのでしょう? 私の、共寝のお相手を」


「………………へっ?」


 すると、更なる衝撃に思考が止まる。……えっと、共寝? 月夜さまと、僕が? いや、それは色々とまずいと言うか……うん、ここは――


「……あの、月夜さま。お言葉を返すようで、大変恐縮なのですが……その、月夜さまには帝さまが……」


 そう、おずおずと口にする。まあ、問題はそこだけではないのだけど……でも、これが最も説得に適しているかなと。

 ……うん、きっと勢いで口にしちゃっただけだろう。例えば……そう、帝さまからのお呼びがなかったショックで自棄やけになっている、とか。あるいは、決してではなく、ただの添い寝のようなつもりで仰ったのかも……いや、まあそれでもわりとまずいけど。ともあれ、きっとこれで冷静に考え直してくだ――



「……ああ、そう言えばそういう価値観でしたね。貴方の時代では」


 すると、どこか合点がいったようにそう口にする月夜さま。そんな彼女の言葉は、出会った日に話の流れでお伝えした令和においての一般的な価値観に関してで。即ち、令和あちらでは基本的にはそういうお相手は一人だけという価値観に――


「――ですが、それは貴方の時代でのもの。ご存じかと思いますが、平安こちらでは事情が違います。尤も、私とて誰彼構わずそのような関係を持ちたいなどとは露ほども思いませんが……ですが、帝さまは私も含め数多の女性とお身体を重ねていらっしゃるのに、どうして私だけが遠慮しなくてはならないのでしょう」

「………………」


 すると、続けてそう口にする月夜さま。その口調や表情からは、ありありと不服の色が滲み出ていて。……まあ、そう言われれば返す言葉もないし、もちろん彼女のお考えは尊重するのだけど……でも、令和に生きる僕としては、やはりどうしても共感にまでは至れなくて。なので――


「……も、申し訳ありません月夜さま。実は僕、今は些か体調が優れないようで……なので、月夜さまに病気など移してしまってはいけないですし、今夜のところはご容赦を……」


 そう、控え目に申してみる。すると、何とも気まずい沈黙の後――


「……ええ、分かりました。ですが、場所はいつも通りこのお部屋で。廊下で床に就くなど、主たる私が許しません」

「……はい、畏まりました月夜さま」


 未だ不服そうなご様子ながらも、そう仰ってくださる月夜さま。まあ、あんな拙い言い訳でごまかせたとは思わないけど、それはともあれ……ふぅ、良かった。


 



 

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