第19話 依頼

 Make PoP⭐︎ライブ終演後、関係者が行き交う廊下をぞろぞろと歩く。その足を止めた先、彼等はノックをし、返事があったのを確かめてから開けた。

 すると、待っていたかのように、たったった、と笑顔の少女が両手を広げながら駆けてきた。


「おにぃ〜」


 ぽすっ。それは、世界1微笑ましい正面衝突による事故だった。


「うわっ。汐南、急に抱きついてくるなって、いつも言ってるだろ」


 ライブはもう終わったからと、遠慮なく頭をぐりぐりとしてくる少女に向かって、凪は今まで聞いたことが無いくらいの甘い声で嗜めた。

 すると、少女は埋まっていた顔を上げて、潤んだ瞳で言った。


「汐南、頑張ったよ。褒めて」

「あぁ。そうだな。えらいぞ、汐南」

「にひひ〜」


 凪からの褒め言葉に、口角が上がりきった少女は、冥色めいしょくの瞳が今にも溶けてしまいそうな程、満面の笑みを浮かべていた。

 ライブでは完璧なパフォーマンスを見せる彼女は、曲終わりのMCと同様、かなりのマイペースさを兄の前では更に加速させている。

 そのまま凪が少女の頭を撫でていると、隣にいた唯斗は目の前にいる、とある女性を見て茫然としていた。


「本物だ。本物の、姫廻ひめぐり夕姫ゆうひ……」


 そう言われた女性は、彼の声に応じるように、壁から背を起こし、歩みを進める。

 上はTシャツ、下はフリルの付いたスカートという先程ライブで観たアンコール衣装のまま、カツカツとヒールを鳴らす。移動すれば、腰まであるプラチナブロンドの髪が揺れ、藍白の瞳が目の前の人物を捉えた。


「姫廻夕姫。Make PoP⭐︎のリーダー兼プロデューサー。よく、覚えておいて」


 基本、多くは語らず、MCでも必要最低限のことしか喋らない彼女は、黙って立っているだけでも、誰もが魅惑的なオーラと美貌に見惚れてしまう。その為、至近距離にいる唯斗が動揺してしまうのも納得がいった。

 また、律は人間には裏表があるものだし、芸能人はそういうのが最もありそうだと思っていたので、夕姫がステージと全く同じ態度であったことに密かに驚いていた。

 そんな中、夕姫がスッと後ろに目線を流す。


「紹介する。下手奥からひいらぎ颯真そうま佐藤さとう妃奈子ひなこ。手前が上狛かみこま花恋かれん。そして、綾瀬あやせ汐南せな。以上、5名で、Make PoP⭐︎として活動している。他に質問は?」


 彼女の言う通りに見てみれば、正面にあるテーブルを中心に3名が椅子に腰掛けていた。

 一見では美少年とも思える彼女──颯真は、黒の短髪に葡萄えび色の瞳をしている。ステージの上では、常に紳士な振る舞いをしており、グループの中では唯一のパンツスタイルであったのが印象的だ。

 その正面に座る彼女── 妃奈子は、肩まで伸ばした髪に蒲公英たんぽぽ色の瞳をしている。誰もが好きになってしまうと言われる、通称『愛(おに)のファンサ』をしていた姿とは違い、妃奈子は、こちらには興味無さそうにスマートフォンでエゴサーチをしていた。

 そして、颯真の隣でニコニコしている彼女── 花恋は、ショートの編み込みヘアで、珊瑚朱さんごしゅ色の瞳をしている。パワプル且つ表現力が高いパフォーマンスを魅せていた花恋は、こちらの視線に気付いたのか、笑顔で手を振ってきた。

 律は周りを見渡し、自分だと確認してから、ぎこちなく手を振り返すと、夕姫が話題を変えるように軽く咳払いをする。


「……無いようなら、本題に移る。リツ。今すぐ、ワタシのものになれ」



* * * * *



「どどど、どういうことですか⁉︎ ユウヒメ……じゃなくて、夕姫さん。ファンですけど、律は渡しませんからね」


 律の前に出た唯斗は、ギロッとした目付きで両手を広げて彼女を守ろうとする。

 その様子を見た夕姫は、どこ吹く風といった調子で、首を傾げた。


「何が可笑しい。3日間、リツにマネージャーをして欲しい。それだけだ」

「3日間……? なーんだ。数日だけなら、いいですよ」

「いや、だから。私の意見を聞いてからにしてもらえますか」


 律は2人の間で勝手に交わされた話に、堪らずツッコミを入れた。その後、詳しく夕姫さんの話を聞いた所によると、経緯はこうだ。

 先日、Make PoP⭐︎を担当しているマネージャーが商店街の福引きで1等の海外旅行を引き当てた。それを受けて、溜まりに溜まっていた有給を利用し、1週間の休暇を取得したそうだ。

 しかし、急な話だったことや他グループの仕事が立て込んでいることもあり、スケジュール調整はしたものの、最初の3日間だけは、どうしても見つからなかった。

 そこで、新たにトウキョウ魔法統制局対策治療課に配属となった、サポートを得意とする魔法少女がいると聴きつけた夕姫が、汐南を介して、凪に頼んだという流れであった。


「でも、サポートと言っても魔法の話であって、マネージャーは未経験ですが……」


 律が自信無さげに告げると、夕姫は表情を変えること無く告げた。


「問題無い。タレントだけで対応出来るように調整してもらった。ただ、会社のエースにマネージャーをつけないのは、こちらの面目が立たないとチーフがほざいているだけで、それが1番の問題だった。リツは居てくれるだけでいいんだ」

「っていうか、あれでしょ。結局は警護の為なんだよ。最近は、ヤコウ魔獣がめっちゃ発生して危険だから、専属で魔法少女雇った方がいいかも〜とか言ってんの。この前、事務所の廊下で聴いたよ。他の子達はともかく、ヒナ達も魔法少女なのにね。ウケる〜」


 突然、会話に割り込んできた妃奈子は、依然スマートフォンに目をやったまま、まるで他人事のように愉快そうに鼻で笑った。

 夕姫はチラッと彼女の方を見たが、直ぐに正面に戻す。そして、その言葉を否定も肯定もせずに、夕姫は口を開いた。


「仕事の最中は警戒レベルでなければ、対応は難しい。それ故、やむを得ない場合に必要だ、と上は主張している。こういった事情も踏まえて、キミにこの依頼を受けて欲しい」


 勿論、報酬は弾む──続けて、そう言った夕姫は真っ直ぐに律を見据える。

 正直、一生お目にかかれないであろう彼女達が生きるアイドル業界に、律は普通に興味を持っていた。それに、対策治療課に配属になったからこそ、得たものも多く、視野がかなり広がったと自負していた。だからこそ、これも何かに活かせる筈だと律は考えていた。

 手は下ろしたものの、未だ前に居てくれている唯斗。そして、律の後ろで妹に抱き付かれている凪に、律は目配せをする。

 治療中における普段の連携も相まって、直ぐ様、それに気付いた2人は、ほぼ同時に頷いた。

 無言の返答を受け取った律は、目の前に堂々とした姿で立っている夕姫に向けて、自身の胸に片手を当てて、返事をした。


「代理マネージャーの件、承知致しました。そのご依頼、謹んで引き受けさせていただきます」


 執事のように恭しくお辞儀をしてから彼女を見れば、少しだけ口角を上げて笑みを溢した。しかし、それは、あっという間に元の塩顔に戻る。


「感謝する。早速、詳細を伝えよう。リツに頼みたいのは、主に現場への同行と、後は……」


 こうして、息つく暇も無く説明を受けた律は、久しぶりの単独依頼を引き受けることとなった。

 そして、臨時とは言え、きちんと役目を果たそうと、マネージャーの業務について事前に調べた結果、余計な心配で眠れなくなり、律は、当日を寝不足で迎えた。

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