第10話 一羽の小鳥
彼女が
チャイムが鳴り、クラスに
律は朝起きた時の気分によって、食堂にするか弁当を持って行くか決めるタイプである。そして、今日は二度寝をしたかったので、弁当は作ってこなかった。
食堂に行く為、律が教科書を片付けていると、ピンポンパンポーンと校内放送が流れた。
「生徒の呼び出しです。1-A、
一瞬、静かになった教室に再び喧騒が戻る。
しかし、普段誰からも話しかけられない律が急に呼び出された所で、クラスメイトに騒がれることは無い。周りでは「早くご飯行こ」と会話する声が聴こえる。
律は彼等の声を聴きながら、急いで教科書を仕舞うと、生徒会室に向かった。
「失礼します」
心臓の鼓動が速まる中、目の前にある扉をノックして開ければ、そこには入学式で見たあの2人が立っていた。
その内の1人である女性は、律を見て口角を上げた。
「わざわざ足を運んでもらい、感謝する。私はトウキョウ魔法学園高等部生徒会会長、
誉の一歩後ろに立つ、ベリーショートの男性。よく見ると、ワイシャツのボタンをきっちり上まで留めており、彼女とは対照的に水のように透き通った蒼の瞳が鋭く光っている。
(流石。戦闘特化型管理番号2番と3番。立場だけでなく、実力も侮れない。これは、下手なことしたら足掬われるな)
律がそんなことを考えていると、誉が話始めた。
「早速だが、
「はい」
堂々とした態度で返事をした一騎は手元にあるタブレット端末を操作し、律にも見えるように表示する。
そこには、律の顔写真や住所などが記されているデジタル化された入学願書と、細かい数値が記載されたグラフが出てくる。それを元に、誉は問いかけた。
「神倉律。君の入学試験のデータを調べさせてもらった。流石、無敵の魔法少女と呼ばれる者の妹なだけある。時に注目すべきは実技試験。今年、S評価を取ったのは君だけだ。それ程まで才能に恵まれているというのに、普通科……単刀直入に聞こう。どうして、魔法科を受験しなかった。君なら魔法科を選択しても、確実に合格していた筈だ。私と同様、君も魔法少女として、その名に応える責務があるのではないのか」
彼女の怒涛の問いかけから逃れるように、俯いた律は、暗く沈んだ声で答えた。
「もういいんです。無理して、過剰な期待に応えなくても。私は私で出来ることをするだけですから」
「……そうか」
まだ追及してくるかと思いきや、意外にも誉はあっさりと諦めてくれた。お陰様で、律は安堵したが、多少の違和感は拭えない。
その答えが出る前に、ゆったりとしたノック音が響いた。こちらが返事をするより先に開いた扉の入り口には、どこか気怠げな態度の青年が立っていた。
「あのー。そろそろ呼び出すの、辞めて貰えません?」
「安心しろ。これが最後だ」
彼の姿を見て満足そうに笑う誉は、突然の来客に戸惑う律の方を見ながら、紹介した。
「紹介する。
「どうも、こんにちはー」
欠伸を噛み殺しながら、ぼそっと挨拶をした黒髪の青年は、すらっとした長身にボタンを1つも留めずに前を開けたブレザー、学年を示すネクタイも着用しておらず、よく見ると両耳にはピアスをしていた。
律には全く見覚えが無く、寧ろ、こんな特徴的な彼を見かけていたのなら、忘れる筈が無い。軽く会釈をして、誉に問い掛けた。
「すみません。失礼ですが、本当に同じクラスですか?」
律は、もう1度、記憶の中を探ってみるが、脳内検索には引っ掛からず、申し訳なさそうにしていると、誉がぼそっと呟いた。
「正直、彼を覚えていなくても仕方無い。小鳥遊は殆どの授業に出席していないからな。だが、君が入学した年度の筆記試験の結果はトップだったことに変わりはない」
「ちょっと。他人の個人情報を簡単に言わないでもらえます? それに筆記試験はって、余計ですよ。今となっては、期待の学生だった、の方が僕には合ってると思いますけど」
少しだけ怒りを滲ませながら、過去の自分を貶すような口調と笑顔で狂は話す。それを受けても尚、誉は気にせずに話を続けた。
「謙遜する必要などない。私は今も、君に期待しているさ」
自信満々な誉を見て、狂の顔は喜びで満ちる所か悲しげに曇ってしまった。
そんな彼の表情に気付いたのか。一騎は誉に「そろそろ本題を」と小声で伝えた。
話を促された誉は、2人を呼び出した趣旨を思い出したようで、口角は上げながらも、極めて真剣に話し始めた。
「話が逸れたな。改めて律、小鳥遊。君達には是非生徒会に参加して欲しい」
「だから嫌ですけど」
悩む暇も無く、狂は直ぐに断った。先程の話を聴く限り、どうやら彼はこれまでに何度も勧誘を受けていたのだろう。こうやって、断るのも簡単に納得がいった。
「律はどうだ」
突如、話を振られた律も流石に言葉に詰まってしまう。
そんな2人の様子をじっと見ていた誉は「分かった」と言い、1つの提案を持ち掛けてきた。
「ならば、こうしないか。暫く、仮として生徒会活動をする。その後、正式に入るか判断するというのは」
ここでは即答出来ないと悩んでいた律にとって、それは、とても魅力的な案であった。
思わず頷きそうになる中、狂だけは、ムッとした表情を浮かべていた。
「僕は何度言われても無理ですし、嫌ですから。失礼します」
そのまま狂は部屋から出ていこうと足を進め、取っ手に手を掛ける。
その様子には、流石に焦った誉は背後から強く呼び掛けた。
「小鳥遊。これ以上はどうにもならないぞ。生徒会に入れば……」
「部外者は黙ってろ、ですよ。会長さん」
沸々とした怒りが込められた低音と最後に誉を嘲笑するような声色を滲ませた言葉を吐き出し、狂は生徒会室から出ていった。
まるで時が止まったかのように暫し生徒会室には沈黙が流れる。
誉は、その場で目を閉じると、「ふぅー」と溜め息を吐いた。長い沈黙が続く中、それを破ったのは、終始悠然とした態度を取っていた一騎であった。
「小鳥遊は留年していて、今年がラストチャンスだ。しかし、一向に授業出席率も実技の点数も低く、このままでは卒業どころか退学一直線。そして、そのことに気付いた心優しい誉様は、学園長に直談判し、条件のクリアで退学を免れることに成功した。その条件の1つが、生徒会に参加することだ。その為にも小鳥遊には、どんな手段を使ってでも生徒会に入って貰わなければならない。誉様が会長を務める年で不届者を出さない為にもな」
一騎は律の方を見ながら、続けて強い口調で話した。
「神倉ならば、分野は違えど、試験上位同士だからこそ、分かり合えると思ったのだが、検討違いだったか」
一見、生徒会に引き入れたいのは、能力目当てだと思ったが、本来の目的は、これかと律は勘付いた。そして、先程までの様子は嘘だったかのように明るい声色を取り戻した誉が話しかけてきた。
「律。すまないが、今後も小鳥遊のことを気にかけてもらえないだろうか。それだけでも、こちらとしては助けになる」
「はい。分かりました」
律にとって、狂も大切な人だ。受け入れた律と彼女の間には、先程と同様、重たい空気が流れるが、引き受けたことに対しては、全く後悔をしていなかった。
何故ならば、律から見て狂は、決して落ちぶれてなどいない。態度だけでは感じ取れないモノを瞳の奥に見つけたのだ。誰よりも必死に、もがいている姿を。
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