第2話 Fine
あれから、1週間が経った。
先程、退院の手続きを終えた律は、病院のベンチに座り、ひと息吐いていた。
目を閉じて思い出されるのは、怪しげな笑みを浮かべていた幼女──鈴宮イト。そして、大量の血を流し、横たわる音葉の姿が目に焼き付いている。
灯が帰った後、律は音葉の携帯に連絡したが、彼女が言っていた通りの結果であった。それから、何度か電話やメールをしても返事が返って来ることは無く、ただベッドで途方に暮れる日々を過ごしていた。
そして、今日はいよいよ退院日。やっと自由に動ける。のだが、明後日には延期してもらった仕事も待っており、直ぐには難しそうだ。
(今も、灯さんや統制局の人達が調査をしてくれてる筈。私に出来ることは……信じて待つしかない、のかな)
ゆっくりと目を開けた律は、虚ろな目をしたまま、じっと地面を見つめる。
暫くの間、そうしていると、律に近付いてくる1つの影があった。
「あ。いたいたー。退院、おめでとう」
音葉に似ているものの、彼女よりかは落ち着いている可愛らしい声。
顔を上げると、そこには、桜色の髪に琥珀色の瞳を覗かせる女性──律の母、
「ほんと。姉妹揃って、お転婆娘なんだから。日本の平和を守るぞーって、行っちゃってさ」
「しょうがないでしょ。だって、私達は……」
「魔法少女だから、ね? それも、生まれながらの」
何処かで聞いたことがあるような台詞を言って、彼女は隣に座った。彩音は何か言う訳でも無く、木の葉の音に耳をすませている。
無理に話を聞き出そうとしない彼女の姿に、律は静かに俯き、重い口を開いた。
「……なんで。なんで、私達は魔法少女なの? 魔法少女に生まれなければ、音葉は──お姉ちゃんは、こんな目に遭うことは無かったのに。どうして……」
「うん」
次から次へと出てくる律の自責するような言葉に対して、彩音はただ、彼女に寄り添い続けた。その穏やかな相槌には、律も、つい気が緩んでしまい、涙声で呟いた。
「……そっか。私が、魔法少女だったから。私が魔法を使える中途半端な女じゃなかったら、お姉ちゃんは、きっと」
「──違う」
彩音は、律の発言をピシャリと言って止めた。その声に驚いた律は、思わず顔を上げる。
彼女は律の揺らぐ瞳をじっと見つめると、真面目な表情で応えた。
「そこにいたのが、音葉1人だけだったとしても。私だったとしても。怪我無しでは帰ってこれなかった。それくらい、
そう言って、彩音はスッとベンチから立ち上がり、真顔でこちらを振り返った。
「でもさぁ、こんなの赦せる訳ないじゃん。私の大切な人を沢山苦しめてさ。いっそのこと、過去とか運命はとにかく全部呪いたいし、私達の幸せを脅かす人達は皆んな今すぐに消しちゃいたい。けど……それでも、私達は救わなくちゃいけない。それが、魔法少女の役目で、使命だから」
少しずつ、彩音の表情が苦虫を噛み潰したような顔になっていき、同時に、瞳には静かに魔力を燃やされる。そこに込められるのは、母親としての想い。そして、何よりも律と同様、生まれた時から魔法少女である、彩音の生き様を映すそのものであった。
しかし、彼女の発言を聞いていれば、今回起きた事案が紛れも無い事実であることが、より明白になってくる。
律は事態の深刻さに希望も見えないまま、すっかり沈み切った顔で口にする。
「やっぱり、私1人じゃ救えない……お姉ちゃんが居ないと」
「──大丈夫」
直ぐ様、彩音から告げられた言葉に、律は訝しむような視線を向ける。
すると、先程までの表情は嘘だったかのように、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
これでは、さっきまでの発言と矛盾している気がして、律は、すかさず聞き返す。
「大丈夫、って。どういうこと?」
「だって、魔法少女と名乗る人達は、アナタだけじゃないでしょ」
彩音は、そう言って、律の膝の上で自信が無さそうに縮こまっている手を取り、無理矢理引っ張って、立ち上がらせた。
一気に近くなった距離のまま、彼女はこっそりと耳元で囁く。
「律。アナタは、無理して強くならなくて、いいの。その代わり……無敵までは言えなくても、最強の魔法使いを私達で作ってみない?」
柔く握られる両手、そして、彼女の口元に弧が描かれていく様子を律は目の端で捉えた。
律は振り解く勇気も無いまま、じっと彼女の話を聞く。
「名付けて、『管理外魔法使いプロジェクト』。ずっと前から考えてたんだ。引退した戦闘特化型魔法使いが、現役の子達と絡める機会を増やしたいなって。これね、実は灯にも協力してもらって、プロジェクトとして準備を進めていた訳なんだけど……是非、律には、記念すべき第1号アドバイザーとして、お仕事して欲しいんだ」
いいよね、と言わんばかりに、ねっとりとした眼差しで彩音が見つめてくる。彼女の柔らかに包み込みつつも、簡単には逃げられない圧倒的な強者の
律はすっかり、あの時の幼女に似た
その姿を見た彩音は、ニヤリと笑った。
「でも、いいや。この話は、また今度で」
そう言って、彼女は律の手を離した。
「また……じっくり、話そ」
頭に直接響いてくるような声に反応して顔を上げた時、彼女の姿は既に遠くにあった。
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