第24話 ドロッとした塊が生まれ始めたら、その牛乳はもう飲まない方がいい

 近づけた所で攻撃が当たらなければ意味はない。

 さっき隙を作れたみたいに舞奈を驚かすような行動を起こせないか?


「これならどうだ!」


 今までにない大きな火球が目の前に生み出される。

 さっきまではサッカーボールくらいの火の球だったが、こいつは大玉転がしくらいの大きさである。


「兄さん! 避けて!」


 いや、避けない。

 俺はその攻撃を利用させてもらう。


「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」


 牛乳噴射をぶつけ、大火球を相殺させる。

 しかし先ほどまでとは違い押し勝てない。

 だけど押し負けてもいない。

 あともう一押しあれば……いける!


「二人とも!」


「「はい!!」」


 あと一押しは俺の仲間達がやってくれる。

 俺の考えを瞬時に読み取ってくれた小鳥達がそれぞれの異能をぶつけてくれた。

 火球は完全に押し負けて、舞奈のいる方向へ跳ね返される。

 舞奈は慌てて回避に努めるが……


「——5メートル。届いたぞ舞奈」


「っ」


 牛乳を生み出せるギリギリの距離。

 いつもより濃く、いつもより多く、いつもより不味い・・・

 俺はありったけの牛乳を噴射させ、舞奈の口の中に流し込んだ。


「ごぼごぼ……牛乳……窒息……!? でも!」


 すぐに舞奈は後方へ距離を取り、射程範囲の外へと逃れた。


「残念だったね来海くん。最初の召喚獣の時のようにはいかないよ!」


「——いや、もうチェックメイトさ」


 少しでも牛乳を飲んだ時点で勝負は決まっていた。


「……っ!!」


 舞奈召喚獣が急にウネウネと身体を震わせる。


「ガハッ! ごふぉごほ!!」


 咳き込む舞奈。

 その身体は大きく震えていた。


「ごほ……! ごほ……! く、来海くん……何をしたの!?」


「別に? 俺は美味しくない牛乳を飲ませてやっただけさ」


 俺の牛乳は、味、濃度、量、そして“鮮度”を主に操れる。

 牛乳というものは賞味期限が短い。

 放置されていた牛乳を間違えて飲んでしまうと腹を下す。

 そして、数年間放置されていた牛乳は身体に痺れをもたらすほど危険な液体へと変容する。


「これぞ、牛乳異能がもたらす状態異常、『牛乳麻痺』だ」


「……お、お腹……痛い! 痛い痛い痛いぃぃ!」


 舞奈召喚獣が涙目で地面をゴロゴロ転がりまわる。

 生まれたての子ヤギのように身体をぶるぶる震わせながら中腰で立っていた。


「ここで漏らしてもいいよ?」


「できるわけ……ないでしょうがぁ……! 来海くんのばかぁ! と、トイレに……うぅ……動けない……動くと……出そう」


「敗北を認めるなら、お前の麻痺を治してあげてもいいけど」


「……こ、こんな……こんな格好悪い決着……やだよぉ……」


「じゃあお前が漏らすところを3人でじっくり見させてもらうわ」


「負けました! 負けました! 降参しますぅぅ! 降参するからお腹痛いの治してよぉぉ!」


 今回の召喚獣は舞奈が同調した姿。

 シンクロ率が高かった故にそれが仇となってしまい、そして敗因に繋がった。

 牛乳を飲むときはよく賞味期限をチェックしなければいけない。

 そんな教訓を得ることができたラストバトルだった。







「……もう一生牛乳なんて飲まない」


 お腹を摩りながら座り込む舞奈に小鳥が背中を摩っている。

 ちゃんと美味しい牛乳を飲ませてやったことで牛乳麻痺も中和され、容体も戻ったようだ。

 だけど精神的に大きなダメージを負わせてしまったようだ。

 ごめんな舞奈。俺の牛乳ヒールは精神ダメージには無効なんだ。


「さて舞奈。約束、覚えているよな?」


「…………」


 俺達が勝ったら皆を異世界に呼んでくれること。

 その条件の元、俺達はやりたくもない死合いを行ったのだ。


「……本当に来るの?」


「ああ」


「……たぶん後悔するよ?」


「それでもいい」


「……きっと嫌な思い、たくさんするよ?」


「覚悟の上だ」


「…………」


「…………」


 しばし見つめ合う俺と舞奈。

 長いにらめっこの後、舞奈が諦めたようにため息を漏らす。


「……わかったよ」


「「「……!!」」」


「出発は今すぐでいい?」


「ああ。俺達はそのつもりで来た」


 元々舞奈召喚獣はこっちに留まれる時間が決められている。

 それにこちらに召喚獣を呼べるのはこれが最後とも言っていた。

 ならば異世界に出発できるチャンスは今日以外ありえない。

 だからしっかりと準備はしてきていたのだ。


「今、召喚するからね。しばらくの間、目を閉じていて」


「……わかった」


 舞奈の言う通り、目を閉じる。

 次に目を開けた時、俺達は異世界にいるのだろう。

 ひょっとしたら俺達はもう帰ってこれない可能性もある。

 名残惜しさも感じるが仕方ないことと割り切っている。


「……ありがと来海くん。少しの間だけど楽しかったよ」


 唇に柔らかな感触。

 そして掛けられた言葉が別れを告げるものと気づいた瞬間、俺はバッと瞳を開眼させた。


「ごめんね。バイバイ」


 真っ黒な渦のようなものに包まれながら瞳に涙を浮かべて静かに手を振る舞奈。

 舞奈は……俺達を置いて去ろうとしていた。


「だまして……ごめん……元気でね……大好きな皆」


 黒い渦が集束しようとしている。

 舞奈召喚獣が——彼方へと消えていく。


 そうか


 お前は別れを選ぶんだな


 薄々こうなる予感はしていた。


 心優しい舞奈が自分の為に友達を危険な地に誘う決断をするわけがないと。




 だから——



 俺は——

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