異世界に行ってしまった幼馴染が俺に異能の力を託してくれたのだが

にぃ

第1話 異世界に行ってしまった幼馴染

 稀にこれは夢だと分かる夢を見ることがある。

 だから今回も『夢』であると脳が理解する。


「ごめんね……みんな……ごめんね……」


 え……?

 舞奈……?

 この声、幼馴染の舞奈か?

 2年前、行方不明になっていた舞奈が俺の夢に出てくれたのか。


「私だけ、異世界に行っちゃってごめんなさい。約束破ってごめんなさい」


 約束——? 異世界?

 そうだ、幼いころファンタジー世界が大好きだった俺は舞奈と一つの約束をした。



『大きくなったら一緒に異世界転移しような』

『うん! 絶対一緒に冒険しよ』

『お兄ちゃん達ばっかりずるい! 私も一緒だからね!』



 馬鹿だなぁ子供の俺。なんつー無理な約束を交わしてしまったんだ。

 でも仕方ないじゃないか。男子には必ず剣と魔法の世界憧れる時期というものがあるんだもの。

 特に俺はその傾向が顕著だったと思う。

 授業中も放課後も寝る前も常に異世界で魔法を揮っている自分を想像していた。

 幼馴染の舞奈と妹の小鳥を巻き込んで冒険活劇ごっこをしていた楽しい記憶。


「一緒に冒険する約束は守れそうにないから、その罪滅ぼしとして私の力を皆に分けてあげる」


 舞奈?

 何を言っているんだ?

 お前は……生きているのか?

 異世界に行けたからお前は行方不明になっていたのか?

 そっちで元気にやっているのか?

 聞きたいことがたくさんあるはずなのに一切声を出すことができない。



「土・風・牛乳。それらの異能を皆に一つずつ授けるね」



 ………………

 …………

 ……牛乳?


 えっ? 今、牛乳って言わなかった? さりげなく3属性に牛のお乳入ってなかった?

 どういうこと舞奈さん!?


「この異能を私だと思ってね。私はいつまでもみんなと一緒だよ」


 舞奈の手の平から3色の光の玉が浮かびあがる。

 黄色、白色、緑色の光がゆらゆらと近づいてくる。

 きっとあの球が異能の種なのだろう。

 ……白色の球が牛乳じゃね?


 ゆっくりとこちらに近づいてくる3色の球。

 途中、2つが彼方へ飛んで行ってしまった。

 まっすぐ俺の元へとたどり着いたのは——白色の球だった。


「まず1年後、3月30日。みんなの世界に魔族が訪れる。でも皆なら退けられるはずだから。力を合わせて世界を守ってね」


 は?

 魔族?

 魔族を退治する展開になるの?

 一人は牛乳属性なのに?


「バイバイみんな。いつまでもみんな仲良くね」


 ああ、夢から覚める。

 待ってくれ。

 行かないでくれ。

 もっと舞奈の声を聞かせてくれ。

 そんな切なる願いは届かず、夢の中の風景はどんどん靄かかっていく。


 ああ。

 なんか悟ってしまった。

 もう会えないんだな。

 俺の初恋の女の子はもう異世界から帰ってこないんだ。

 だけど昔交わした約束をなんとか果たそうと俺の夢に現れてくれたんだな。

 自分が異世界で手にした力を俺たちに分け与えるために。


 さようなら舞奈。

 どうかそっちでも幸せに。

 強く……願う。


 あともう一つ。

 俺に与えられた異能が牛乳属性ではありませんように……!

 強く……強く……願う。


 ………………

 …………

 ……







 不思議な夢だった。

 ここまで鮮明に夢の内容を覚えているのは初めてかもしれない。

 いや、あれは普通の夢ではない。

 不思議なことに、夢に出てきた幼馴染の声が本物であったことは鮮明に認識できた。


「……舞奈」


 久しぶりに聞いた幼馴染の声は少し大人びていて知らない人のようだった。

 声が変わったというのは舞奈が別世界できちんと成長している証明なのかもしれないな。

 そうか。舞奈は死んでいなかった。異世界で生きていたんだ。良かった。本当に良かった。


「(どうかそっちで幸せに暮らしてくれよ)」


 流れ出る涙を拭って、決別の意志を込めるように俺は微睡から覚めてゆく。


 普通の夢とは確実に違う点は他にもあった。

 未知なる力が俺の中に芽生えている感覚。

 夢で感じたものと同じ異物感が確かに俺の中に存在している。


 俺はベッドから起き上がり、テーブルに置きっぱなしにしていた空のタンブラーに視線を移す。

 俺は両手をタンブラーの前に翳し、俺の深部に眠る力の芽を撫でるように感覚を研ぎ澄ました。


 俺の中に存在する異物感を吐き出すように——



    ジョロロロロロ



 俺の手の平から白い液体が生まれ出る。

 零れないように慌ててタンブラーの中に液体を流し入れる。


「…………」


 一通り液体を出し切った後、手に付着していたそれを恐る恐るなめてみた。

 お乳の味がした。


「やっぱり牛乳属性だったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 牛嶋来海うしじまくるみ16歳。春。

 朝起きたら突然異能に目覚める。

 物語の始まりとしてはありがちな展開かもとは思うけど……

 手から牛乳を出す能力で俺は魔族と戦わないといけないの?


「……は、はは」


 せっかく授かった異能ではあったけど、憧れていた魔法とは大きくかけ離れてしまっており、俺は両ひざから崩れ落ちながら乾いた笑いを浮かべていた。

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