第43話 お友達になりました

「父がきみに命じたのは、ある人物の病状を診察させることだ。――表向きはね。現実はかなり残酷なんだが……」


 レクアム様は歩きながら私に説明した。


 後ろ姿は本当にフェリオスそっくりだ。まるで彼の姿を追いかけているようで、胸が締め付けられる。

 今ごろどこで何をしているんだろう。どうか、怪我してませんように。


 本宮の一階から北に向かって長い通路がのびており、私たちはそこをひたすら歩き続けた。森の中に屋根つきの廊下が走っているような状態である。

 この先に何があるんだろう?


「見えてきた。北の離宮、キオーン宮だ」


「キオーン……。雪という意味ですね」


 森を抜けたところに、その名のとおり白い建物があった。

 真っ白な漆喰の壁、生成きなりのような乳白色の瓦屋根。清楚だけど、病院にちかい雰囲気を感じる。


 堅牢な門は閉じて騎士がそばに立っていたが、レクアム様が近づくと私たちを招くように開いた。門をくぐったところでレクアム様は腰から剣をはずし、私に手渡してくる。


「私が案内するのはここまでだ。ララシーナ、剣を預かってくれ」


「はい。……え? この剣は――」


「フェリオスの剣だ。第二王子の紋があるだろう? あいつは無事だから安心してほしい。時期がきたら会えるだろうが、フェリオスが生きていることはくれぐれも内密にね。じゃあ……頑張って」


 レクアム様は悲しげにほほ笑み、廊下を戻っていった。

 別れぎわに「頑張れ」と応援されるのは二回目である。嫌な予感しかない。


「ま、負けないわ……!」


 フェリオスの剣を胸に抱きしめたまま建物に入った。

 エントランスの端で、誰かが泣きそうな顔で立っている。


「あっ、カリエ!」


「姫様! ご無事でよかった!」


 カリエは先に案内されていたらしい。

 私の荷物もすべてキオーン宮へ移っているとの事で、部屋へ入らせてもらった。

 ベッドの端にフェリオスの剣を立てかける。


「皇子殿下の剣ですね。姫様、殿下にはお会いしたんですか?」


「いいえ……。私にも何がなんだか分からないの。陛下にはお会いしたけど、すぐにキオーン宮へ行けと言われてしまったから」


「あ、そうでした。到着したら宮のあるじにお会いするように言われたんです。ティエラ様とおっしゃるそうですよ。行きましょう!」


「え、ええ」


 フェリオスに関する話を上手くごまかせてホッとしたけど、この宮について詳しく訊くのを忘れていた。ティエラ様ってどなただろう。

 カリエはすでに場所を聞いていたのか、私を中庭へ案内してくれた。


 ガセボと呼ばれる屋根つきの休憩所で、誰かがお茶を飲んでいる。

 キャメルブラウンの柔らかそうな髪を風に揺らす、四十歳ぐらいの美しい女性だ。誰かに似ているような気もする。


「奥さま、失礼いたします。ご挨拶したいのですが、よろしいでしょうか?」


 声を掛けると彼女はきょとんとし、私の顔を珍しそうにジロジロと観察した。


 自分の髪や瞳が珍しい色なのは知っているけど、こうも遠慮なく見られるとさすがに恥ずかしい。

 しかも相手はかなり年上で、落ち着いた年齢の方なのに……。子供のようにあどけない顔で見ないでほしいんですけど。


「奥さまって、だぁれ? わたしは誰とも結婚していないわ」


「……はい?」


 皇城に住んでるのに、結婚してないの?


 いやいや、そんな訳はない。


 未婚の皇女はエイレネ姫だけだし、皇族以外で城に入ることが出来るのは、婚約者か妃しかあり得ない。

 婚約者か、妃しか――。


 もう一度、ティエラ様の顔を見た。


 この顔――エイレネ姫と同じじゃないの?

 まさか……!


「ご、ご結婚されていないのですか? 失礼ですが、フェリオス様とエイレネ様のことはご存知でしょうか?」


「誰のこと? ごめんなさい、知らないわ。ねぇ、あなたのお名前を教えて! 同年代・・・のお友達ができるなんて、とっても嬉しいわ!」


 どっ、同年代!?

 誰と誰が!?


 ――『母は心を病んでいる。あなたは会わないほうがいい』


 ぶわっと溢れるように、フェリオスの声が頭の中に響いた。

 病んでいるって、こういう意味だったのか!


「……初めまして。ロイツ聖国から参りました、ララシーナ・セラフ・ロイツと申します。どうぞよろしくお願いしますね、ティエラ様」


「ララシーナ……とても可愛いお名前ね! ララちゃんって呼んでもいい?」


「はい、どうぞお呼びくださいませ」


「ねえララちゃん、一緒にお茶にしましょ?」


 私は軽くうなずき、ガセボへ入った。カリエは少し離れた場所で呆然としていたが、目配せするとハッとして唇を引き結ぶ。


 何とかショックから立ち直ったみたいで良かった。

 私ひとりでこの状況はこたえる。


 あれ・・を治すことが出来たら、おまえに生きることを許そう――皇帝は私にそう告げた。


 自分の妃を呼ぶのに『あれ』という言葉を使うなんて、ティエラ様をなんだと思っているんだろう。

 本宮から離れた北の寒いところに、隔離するように住まわせているし。


 皇帝にとって妃はなんなの?

 嫁いできたからとりあえず道具のように使って、用が済んだら捨てようとでも思ってるの?


 考えるほどに、腹の底がぐらぐらと煮えたぎってくる。


 あきらめてたまるか。

 私は絶対にフェリオスと再会してみせるんだから!

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