第41話 フェリオス、皇帝に謁見する2

 しかし地下牢へ着いたとき、レクアムは側近を残して近衛をすべて下がらせた。あとに残ったのはレクアムと側近ブレア、腕を拘束されたフェリオスだけだ。


「おまえも知っていると思うが、この先には地下水路がある」


 レクアムは地下牢の奥、床にはめ込まれた扉のかぎを開けた。

 地の底からゴウゴウと水の流れる音が聞こえてくる。


 ほとんど垂直にちかい石の階段を降りると、ひとが一人やっと通れるような細い通路に出た。道に沿って歩くにつれ、水音も大きくなる。

 しばらくして地下を流れる川に突き当たった。黒い水が渦をまいて激しく流れている。


「ブレア、フェリオスの拘束を解いてくれ」


 側近は無言のままフェリオスの腕を解放した。ブレアも当然、レクアムの秘密を知る一人である。寡黙で表情を出さない男のため、レクアムにとってはこれ以上なく使いやすい側近だった。


「兄上、何を考えているんだ? 俺を殺すのなら、わざわざここまで来る必要はないだろう」


「殺さないよ。おまえは大切な……だからね」


 ――? なんだと?


 兄はかなり重要なことを口にしたようだが、激しい水音のせいで聞き取れなかった。


「フェリオス、落ち着いて聞け。父上はじきにロイツへ侵攻するだろう」


「なっ……! 確かなのか!?」


「ああ、すでに軍の一部は辺境まで移動している。恐らくひと月と待たずに戦争になる」


「なぜそこまでして、ロイツを……」


「父上は自分が神になりたいのだよ。女神信仰を滅ぼし、神などいないと証明したいんだ。自分の手で運命を切り開いてきた父上にとって、神への信仰なんて何の役にも立たないものなんだろう……。少しだけ、その気持ちは分かる。死にたい程つらい目に会っても、女神は救ってくれないからな」


「兄上……?」


 語るレクアムの表情は暗くかげりを帯びており、いつも柔らかくほほ笑んでいる彼らしくない。


 俺はなにか、重要なことを見落としているのではないだろうか。

 今まで兄の本心を聞いたことがあったか?


「おまえは水路を抜けて皇城を出ろ。ララシーナ姫は私が保護しておく」


「なっ……!?」


 どん、と重い感触が伝わり、次の瞬間には冷たい水のなかへ落ちていた。


「……っ!! あ、兄――」


 足がつかない深さではないが、水の流れが激しすぎて否応なしに体が流されていく。


 ――くそっ!!


 フェリオスは息継ぎだけに集中し、流れに身を任せた。

 やがて少しずつ水路が広くなり、水の流れも穏やかになった頃ようやく岸へ上がる。


「はぁっ、はぁっ……」


 なぜだ。

 兄上は何を考えて、こんな事を……!


「おお、遅かったな。待ちくたびれてしまったぞ!」


 水門を抜けた先で、石壁にもたれるようにして一人の男が立っている。


 褐色の肌に琥珀の瞳。

 そして頭には日差しよけの布。


「い……イスハーク陛下!?」


 びしょ濡れのフェリオスを出迎えたのは、砂漠の王イスハークだった。

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