第10話 妹姫に会う

 翌日、昼までに所用を終わらせることにした。


 書き上げた蒸留器の設計図を持って、ウェイドとエルビンが教えてくれた工房を訪れる。ハートンの城下町はエリアごとに特色があり、工房の多い場所、お店の多い場所と別れているのだ。


「奥方さま、こちらです」


 ウェイドが開けてくれたドアをくぐると、工房内は剣と盾で溢れていた。でもよく見ると家庭用の鍋やフライパンもある。金属加工の得意な工房のようだ。


「いらっしゃい。何をお探しで?」


 眼鏡をかけた気難しそうなお爺さんが奥から出てきたので、書いてきた設計図を手渡した。


「精油を抽出したいのです。この蒸留器を銅で作っていただける? 予算はこれぐらいで……」


「ほおお。他国で見たことはあるが、作ってくれと言われたのは初めてだ」


 お爺さんは目を細めて設計図を眺め、「ここが」だの「なるほどな」だの言っている。

 やっぱりエンヴィードに蒸留器は無いらしい。


「どうでしょう。作れそうですか?」


「もちろんだ、オレに作れねえものはねえ。納期は、そうだな……十日ぐらい欲しいな。それでいいか?」


「ええ。よろしくお願いしますね」


 これでよし。

 十日後に受けとりに来よう。


 工房を出て街の中で昼食をとり、エイレネ姫が住まう離宮へ向かう。離宮は少し遠いので、馬車で行くことになった。


 城下町を抜け、森に入るとひんやりした空気が窓から入ってくる。ここまで来ると工房や工場から出る煙も届かないようだ。森の空気がおいしい。


「もうすぐ到着します」


 馬車のとなりで、馬に乗るエルビンが私に告げた。


 どれどれ、と外を覗くと前方に白く可憐な建物がある。城というより大きな家のような感じだ。女性が好きそうなとんがった屋根や丸みを帯びた窓は、皇子が姫のために建てたのだと伝わってくるようだった。


「念のため、皇女殿下の体調を確認してから伺いましょう。ウェイド、訊いてきてもらえるかしら?」


「畏まりました!」


 もし体調が悪かった場合、姫は寝間着の状態ということもありえる。

 その格好で客人を迎えるのはいやだろう。


「お待たせしました。エイレネ殿下の体調は大丈夫だそうです」


「良かった。では参りましょうか」


 二人の騎士を連れ、可愛い屋敷に入らせてもらう。


 外観も可憐だったが内部のこだわりもすごい。キノコの形をした椅子があったり、ツタが絡まるようなデザインのらせん階段があったり。ツタの処々には花のモチーフまで彫刻されている。


 なんて可愛いんだろう。

 おとぎ話に出てくる家みたい!


 お見舞いに来たことを忘れて見学したくなる可愛さだ。

 フェリオス皇子は本当に妹姫を大切にしてるのね。


「ララシーナ様、どうぞ。ようこそお越しくださいました」


 侍女の案内で室内に入ると、窓際に置かれた寝椅子に女の子が横たわっている。フェリオスと同じ黒髪の少女だが、顔色が悪く立ち上がるのは無理そうだ。


「エイレネ様、どうかそのままで。初めてお目にかかりますね。ララシーナ・セラフ・ロイツと申します」


「お義姉さま……。こんな格好で、ごめんなさい。エイレネ・アステリ・エンヴィードです。今日はお見舞いに来てくださって、ありがとうございます」


「こちらこそ、お会いできて嬉しいです。今日は楽器を持ってきたのですが、弾いても大丈夫ですか?」


「楽器……!」


 エイレネ姫は楽器のひと言で嬉しそうにほほ笑んだ。私は箱の中から竪琴を取り出して姫の近くまで持っていき、触ってもらうことにした。


「これは竪琴という楽器なのです。こうして、指で撫でるように弾くのですよ」


 指の腹で撫でると、ポロンと澄んだ音色が響く。


「わあ! こんな音を聞いたの初めてです! なんて優しい音なの……」


 可愛いなあ。

 フェリオス皇子が大切にするのもよく分かる。

 反応が素直で可愛いもの。


 しばらく姫が満足するまで竪琴に触ってもらい、その間に姫の様子を見ることにした。

 肌が乾燥しているし、弾力もないようだ。爪も割れている。皮下出血のあともある。これは多分――。


「お義姉さま、弾いてくださいませ。わたくし聞いてみたい!」


「ええ。では弾いてみますね」


 ポロン、ポロンと曲が始まり、エイレネ姫はうっとりと目を閉じた。


 大丈夫だ。

 この子の病気はきっと治せる。


「ああ、なんて綺麗な曲でしょう。この曲は何と言うのですか?」


「これはセレーネの祈りという曲ですわ。月からきた乙女が地上の人間と恋をして、月に帰れなくなるという歌なのです」


「帰らないのですか? お月さま、一人ぼっちになっちゃう」


「月には国があるそうですよ。だからお月様も寂しくないはずです。でも恋をしたからって帰れないというのも、よく分からない話ですわね」


「ふふっ。お義姉さまは正直なのですね!」


 妹さんにも『正直』って言われちゃう私って一体。

 もうちょっと本音を隠したほうがいいのかな。


 何曲か弾いているうちに、エイレネ姫は寝てしまった。はしゃいだから疲れたのかもしれない。


 私は竪琴を持ってそっと退室し、別の部屋でお茶を頂いてからハートンの城へ戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る