四回目の人生はお飾りの妃。でも冷酷な婚約者の様子が変わってきてます?

千堂みくま@9/17芋令嬢comic2巻

第1話 全てを思い出した

「ララや。おまえに婚約の申し込みが来ておるぞ」


「はい、お祖父様」


 はぁ、また婚約の釣書つりしょがきたの。

 面倒だわね。


 心の中で愚痴をつぶやき、釣書に手を伸ばす。


 私はララシーナ・セラフ・ロイツ。

 世界最大宗教であるガイア教の総本山、ロイツ聖国の巫女姫だ。


 薄荷緑ミントグリーンを帯びた銀髪に、青葉のようなみどりの瞳を持つなかなかの美少女なんだけど、草木に混ざると背景に溶け込んでしまうという弱点を持つ。

 いっそ髪を染めてしまいたい。


 翠の髪と瞳こそ巫女姫の特徴と言われているが、この色のせいで『大地の巫女』なんて呼ばれることもあるのだ。

 もう少しお洒落な呼び方はないのかと思う。


 私は今、ロイツ大聖堂内にあるサロンで、お祖父様が差し出した釣書を見ているところだ。

 お祖父様は教皇であり、幼い頃に両親を亡くした私にとっては育ての親でもあった。



「ララも、もう17か。早いものじゃなぁ……」


 向かい側でお祖父様がしみじみと言う。

 ロイツでは17歳になると一人前と認められ、婚約の申し込みが始まる。


 巫女姫はガイア教の象徴ではあるけど、特別な力を持つわけではない。17歳になったら他の貴族と同じように他国へ嫁ぐこともできる。

 但し、巫女姫の特徴を持つ女の子が生まれたら、ロイツに預けるという条件つきで。


「うーん……。国内からの申し込みが少ないですね」


「巫女姫を迎えるとなると、屋敷の中に礼拝堂を用意せねばならんからのぅ。そんな余裕がある者は、大貴族か他国の王族ぐらいのものじゃ」


 どいつもこいつも似たりよったりじゃないの。

 ――なんて思っていた私だったが、一つの釣書でぴたりと手を止めた。


「これ……この方の名前、なぜか気になります」


「んん? どれどれ……。おお、エンヴィード皇国の第二皇子、フェリオス・アレス・エンヴィード殿下じゃな。肖像画も来とるが、見てみるかい?」


「ええ」


 白い布で隠された肖像画が運ばれ、椅子の上に乗せられた。

 その間も、何故か私の胸は弾けそうなほどドキドキしている。


 どうしてなの?

 なぜ私はこんなに緊張しているのかしら?


 そして、ふぁさりと布が外され――。


「ああぁああーーっ!?」


「ララ!? どうしたんじゃ!?」


 立ち上がった私の後ろで、椅子がガターン!と音を立てて倒れた。

 一国の姫にあるまじき無作法であるが、今の私にそれを気にする余裕はない。


 こっこの人―――この顔!!


 金のきらびやかな額縁の中に、表情のない美しい青年が佇んでいる。


 すっと通った高い鼻梁に滑らかな肌、酷薄そうな薄い唇。この大陸では珍しい漆黒の髪と瞳が、彼の強い眼差しを際立たせている。


 忘れていた記憶が一気によみがえり、頭が割れそうなほどガンガンと痛む。


 やっと思い出した。


 前回の人生で、私はこの男に殺されたのだ。



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