第23話
「そんなに俺に遊ばれたいのか? こいつみたいに」
するりと隣のバルヴァラに後ろから腕を伸ばし、頬を撫で、髪を一房掴み、手の平から滑り落とす。
その柔らかな感触を、結構好きだな――とか、こんな状況だというのに、頭に自然と過った。
「ん……っ」
ラクスの指が触れた瞬間ぴくんっ、とバルヴァラの肩が揺れ、甘い声を小さく洩らす。それからすぐに小声で。
「き、急に触るな」
「は? い、今の素なのか?」
バルヴァラからしてきた提案だったので、てっきり合わせて演じてくれたのだと思ったのだが。
「……後で倍返しだからな?」
顔を赤くして、演技ではなかったことを認められてしまった。ラクスまで気恥しさを覚えたが、ここで恥ずかしがったら負けだ。
とりあえず、素でしかなかったバルヴァラの様子はアルテナとユーグに説得力を与えてくれた。
バルヴァラの力は先程の交戦で多少なりと知っただろう。その彼女を魅了魔法で堕としているとなれば、より強い危機感を抱くはず。
(絶対に掛かるわけねーけど)
吸血鬼は総じて竜族よりも魔法適性が高い。淫魔と同程度だろう。
バルヴァラにすら破られたのだから、アルテナたちに効くわけがない。だが無意味に警戒してもらうにはハッタリで十分。
「アルテナ、ユーグ」
覚えた特質魔法を更に際立たせるために、アルテナたち同様、魔力を活性化し全身に巡らせると、二人の名を呼んだ。楽しげに。
「「!」」
睨みつけてくる二人の視線を悠然と受け止めて、誘いかける。
「遊ぼうか」
「そのつもりはないわ!」
「アルテナ様!」
安く挑発に乗ったのはアルテナの方。ユーグの警告は遅かった。
「
ビキビキッ、とガラスに亀裂が入るときの音を立てて、地面がアルテナを中心に広く凍り付いていく。対抗してラクスが反呪を唱えるよりも早く。
「カッ!」
大きく息を吸ったバルヴァラが灼熱のブレスを吐き、周囲を焼き払った。
「く……っ」
本能だろう。アルテナとユーグは熱と光を揃って嫌がる。
周囲に立ち昇った水蒸気に視界を奪われ、足を引く。主従共に同じ反応。
その二人の目の前で、視界を遮る白い幕がひと二人分盛り上がり、割れた。中から飛び出してきたのはラクスとバルヴァラ。
顔を強張らせたアルテナが回避行動に移ろうとするが、遅い。
「はぁッ!」
ラクスの夜魔の神封剣はアルテナを、バルヴァラの七誓煌刀がユーグを捕え、吹き飛ばす。
悲鳴を上げることもできず、ユーグは城の壁を破って城内へと消えた。轟音と土埃の舞う中を、バルヴァラは迷わず追って行く。
若干の心配を覚えたがユーグを見失うのは不安だったので、ラクスも何も言わずにバルヴァラを見送った。
一方のラクスの剣は浅くアルテナの肩の皮膚を裂いただけ。しかし、それで十分。
「う……っ!?」
自分の魔力を外に流せなくなっていることにアルテナはすぐに気が付き、歯噛みをする。
「このまま魅了してやろうか?」
「……そうね」
「?」
挑発に対して返す言葉としては、おかしかった。
「わたくしもやってみようかしら!」
「!!」
叫ぶなりアルテナは至近距離にいたラクスへと飛びかかり、その首筋に噛みついてきた。
「っのッ!」
手加減など考えもせず、アルテナの腹を蹴って自分から引き剥がす。華奢な身体はあっさりと離れ、地面に倒れる。
――首が、熱い。
牙から注がれた血毒自体は、ラクスの体内の魔力が抵抗し効力を失ったが、毒を受けた、それそのものの倦怠感と痛みは残った。
「……効かないのね。可愛くないわ。ならやっぱり――近付かない方がよさそうね」
自分の魔力が負けたことに対しアルテナは悔しそうな顔をしたが、それほどの焦りは見せなかった。
「お前……、なかなかいい度胸だな。この状況で攻撃してくるか」
「あら、だって」
赤い唇を吊り上げ、クスリ、とアルテナは笑う。同時に背後で盛大な破壊音が轟く。
「……」
嫌な予感が、した。
「わたくし、負けたつもりはなくてよ」
「マジか――ッ!!」
エリシアの城の外壁をさらに破壊し、七誓煌刀を上段に構えて勢いよくラクスへと向かって突進してくるのは、間違いなくバルヴァラだった。ただしその瞳は虚ろで、彼女の意志らしさは全く見受けられない。
淫魔の毒は心を支配するが、吸血鬼の毒は頭と体を支配する。
「ねえ、ラクス。貴方の血、とても美味しかったわ。降参してわたくしの軍門に降らない? 十分な待遇を考えてあげてよ?」
「女の下は二度とごめんだ!」
叫んでアルテナから離れ、バルヴァラと向かい合う。
(アルテナはまだ魔法を使えないはず。接近戦は苦手、っつーかむしろできないっぽいし、攻撃手段はほとんどないだろう。あとは、ユーグは――?)
おそらくこの場にいる者の中で一番戦い方が上手いだろう少年の姿を探す。近くにいないはずがないが、周囲に巡らせた視界の中には見つけ出せなかった。
ラクスが彼の居場所に気付けたのは、無駄な注意を払ってしまった隙を突かれ、足首を掴まれてから。
「!」
「終わりですね」
ラクスの影から顔を出したユーグはほっとした顔で言う。
表情の意味を考えると同情できなくもないが、現在誰が最も被害を被っているかを思い出し、そんな気持ちは瞬く間に消え失せた。
「ふんっ!」
「バルヴァラ、殺しては駄目よ!」
勝利を確信したアルテナから、バルヴァラへ指示が飛ぶ。
バルヴァラはすぐ様命令に応じ、両手持ちした大剣の角度を変えた。刃ではなく、幅広の腹で殴るつもりだ。
「神の皓硬盾!」
バルヴァラの馬鹿力は思い知っている。
だが最高位の無属性防御魔法を、全身を覆うほどの大きさで即座に展開させられるほどには、まだラクスの魔力は高くない。
一瞬で作り上げられるのは騎士盾ほどがせいぜいだ。だが剣一本を止め、致命傷を避けるだけならどうにか間に合うはず!
ガァンッ!
大剣と盾が衝突した。神の晧硬盾は壊れこそしなかったが、受け止め損ねた衝撃波は周囲に襲いかかってくる。
本人談、海を割り山を砕くの言葉通り、地面が縦横無尽に切り裂かれた。
バルヴァラの背後にいたアルテナは、方向的に問題なかったが――
「くぁっ」
ラクスの足下にいたユーグは、当然神の晧硬盾の対象外。身を護る術もなく、おそらく予想した以上の衝撃をまともにくらっただろう。影からも引きずり出されて地面に転がる。
爆心地にいるラクスも盾が守った以外の部位――腕や足には結構な深さの裂傷を負った。
しかしともかく、拘束からは逃れられた。傷ついた体もまだ動く。
「こっ、の、馬鹿力がッ」
覚悟していたこととはいえ、罵声が口を突くのは仕方ない。
「竜族の腕力は、わたくしたちの血液と同じく体内にある魔力の力。その剣では役に立たないわね」
冷静さを取り戻したアルテナがからかうようにそう言って、ロッドの先を向けてくる。魔力封印状態から回復してしまったらしい。
三方を囲まれ、歯噛みをする。
(ここまでか)
先程のアルテナの発言からしても、おそらく殺されはしない。しかし永遠にアルテナの血毒に侵され、抜け殻の生を送ることになるだろう。
分かっていても、自ら死を選べるほどラクスは強くない。
息をつき、剣を下ろす。――が。
「認め、ないから!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます