第8話

「ご本人の魔力の質に左右されますので、どのようにでもというわけにはいきませんけれども。あと、あんまり細かい注文はキティが面倒なのでやめてくださいましね」


 もとより、ラクスにそこまでの拘りなどない。ざっくりでいい。


「じゃあ、白い城にできるか? 清潔感があって、落ち着いた荘厳な感じがいい」


 きっとエリシアが羨ましがるだろう、と華麗な宮殿を想像しながら提案すると。


「承知いたしました。白を基調にするのはよろしいとキティも思います。キティを隠すためにも。さすがですわ」

「いや……」


 エリシアを羨ましがらせるためだけの言葉だったので、嬉しそうに褒められると微妙に気まずい。


「では、華麗で明るく、太陽のようなお城にいたしましょう! 太陽のお城に住む月光の主というのも素敵ですわ!」


 かなりノリノリで、キティは両手を揃えて大地へと向ける。

 魔力が注がれ、巨大な魔法陣が地面に浮かび上がった。そこに流れた魔力量は、今のラクスを大幅に超える。そのことに衝撃を受け、ラクスは目を見開く。

 エリシアの城の創造に立ち会ったときに気が付けなかったのは、当時のラクスにはまだ魔石の魔力を計るだけの実力がなかったせいだろう。


「古の契約に基づき、魔王城よ、現れたまえ!」


 キティの声と共に魔法陣が強く発光する。天に向かって伸びあがった光は、ラクスたちを包み込んで一帯を覆い尽くした。


「!」


 眩しさに、ラクスは思わず目を瞑る。

 瞼の裏の光が収まってからそろりと目を開くと、景色が一変していた。


「うぉ……っ」


 ラクスとキティは剥き出しの焼けた土ではなく、人工的な床の上に立っていた。

 白と黒の大理石で、モザイク模様が作られている。太陽の光を受けた天井のステンドグラスが、床の上に芸術的な絵を映し出す。創世記の一場面だ。


「こちらは入口のホールですわ。奥に行って、座って話しましょう」

「ああ」


 重厚な木で作られた両開きの扉を開いた先にも、モザイクタイルの床は続いていた。その通路を落ちつかない気持ちで歩く。

 そのラクスに、先を行くキティがくすくすと笑って。


「そんなにビクビクなさらないで? 今日からここが旦那様の家でしてよ」

「分かってる」

「っぽく見せてるだけで、要は魔力を具現化しただけですから、傷付けても自己修復いたしますし」

「……なあ、キティ」

「はい、旦那様」

「魔石って何なんだ?」


 疑問に思ったそのままを、直接本人に訊いてみる。

 人型を取り、意志を持つ魔王城の核石の化身――ということは知っているが、ではそれが一体何なのかという根本的な部分を知らなかったと、ラクスは今更気が付いた。

 というか、今までは興味がなかったのだ。


(まあ、ぶっちゃけ他人事だったし)


 エリシアの手足として働いていたラクスではあるが、彼女が魔王になる手伝いには、バレないように消極的だった。ゆえに魔王試験の核たる魔王城の核石にすら、本当のところは無関心。

 優れた魔道具程度の認識でしかなかったが、操る魔力の膨大さが引っかかる。道具だと一括りにはし難い。


「あら、ご存じないんですの? 最近の魔王候補はダメダメですわね」


 ラクスの質問はあまり面白くないものだったのか、頬に人差し指を当て、キティは不満げに呟いた。


「魔石とは、ただの触媒。わたくしたちの記憶を現世に現すための物ですわ」

「記憶?」

「ええ。――ううん……。でも、ただ『記憶』と言うのでは語弊がありますかしら。人格や思考能力も残っていますものね。模倣、と申し上げるのが一番近いかもしれません」

「記憶も人格も思考能力もって……そんなことできるのか?」


 それではほとんど本人を再現しているに等しい。

 懐疑的なラクスに、キティは尊崇と畏怖を宿した瞳でうなずいた。


「世界は自らが育んだすべてを記憶しているのですわ。もちろん旦那様、今ここにいる貴方も」


 キティは愛おしそうに、そして敬慕するように、目を閉じ自分よりはるかに大きなものへと感謝を捧げる。


「魔石とは、世界が刻んだ記憶を少しだけ借りるための物なのです。石に魔力を注ぐと、その者に最も必要と思われる記憶が現れるのですわ」


(……じゃあ、キティは元々は生きていた魔族だってことか?)


「現れる記憶は、その性質上識者であることが多いですわね。ちなみにキティは旦那様のずーっと前の先輩ですわ」

「魔王、だったのか?」


 扱う魔力量を思えば、納得はできた。

 それとも魔王候補としての先輩、というだけの意味だろうか。


「内緒ですわ」

「内緒にする理由が何かあるのか? 気になるだろうが」

「ありますわ。ほら、旦那様がキティのことを気にかけてくださるじゃありませんの」

「おいっ?」


 あまりに下らない理由にラクスが引きつった声を上げると、キティは悪びれなくクスクスと笑う。


「キティのことなど気になさらないで? ここにいるわたくしは旦那様の補佐役というだけですわ。魔族が魔族のために生み出した、より高みを目指すための手段です」

「余計な機能が付きすぎだ」


 もっと画一的であれば、ラクスも言われた通りに扱えるのだが。

 キティはラクスの言葉に少し考えてから。


「今のは、キティをキティとして扱ってくださると言うことでしょうか?」

「気分的には」

「ふふっ。嬉しいですわ」


 両手を合わせ満面の笑みを浮かべるキティは、とても自然だ。


(これを機能としてのみ扱えって、無理だろう)


 面倒だが、感情のある相手を無碍にするのはラクスが最も嫌悪している部分に抵触する。


「何で無機物の補佐役に感情なんてものをつけたんだか」

「あら、必要だからに決まっているではありませんの。だって王とは、集団の長ということ。集団とは人と人の繋がりです。そこに心から生まれる信用、信頼は欠かせませんわ。王を見定めるのに、感情なくしてなどあり得ません」


(……人との、信頼)


 さらりと言われた言葉に、つい眉が寄った。

 それはラクスがとっくの昔にほぼ諦め、現在は完全に、手に入らないと断じてしまったもの。

 ……つい最近、信じさせてくれたただ一人の少女を失って。

 そのラクスを見て、キティは挑むようにはっきりと告げる。


「旦那様、これだけは覚えておいてくださいまし。利でのみ繋がった関係はとても脆い。それは王の姿ではありません。王とは、戴く者がいて、初めて王となるのです」

「……そうだろうな」


 キティの言い分に同意はしたが、内心には濁りが残った。

 ――だったら魔王にはなれないんだろうな、と。


(いや待て!)


 それは困る。とりあえずラクスの目標は、魔王となってエリシアを悔しがらせることなのだから。


「っつーか、それなら今の魔王はどうなるんだ」

「キティは好みませんわ」


 ぷ、と頬を膨らませ、キティはアダルシーザの在りようを否定した。


(魔石が求める魔王像もそれぞれ違う、ってことか)


 けれどもし魔王になるのなら、キティが自分に必要だと判断されて理由は、分かった気がする。


(認めたくねーとこを突きつけられてっけど、多分)


 諦めるなと、言われている。望んでいるくせに、と。

 息をついて、あとは黙って城の創造主であるキティに付いて行った。広くがらんとした城内。無人の壮麗な城の寂しさは、エリシアの城といい勝負だった。

 そうして、ややあってキティは足を止め、部屋の一つへと入って行った。ラクスもそのまま続く。

 扉の先には控えの間があって、その先には一人部屋として無駄に広い空間。家具の類は一切なく、余計に広く見える。


「ここが俺の私室になるのか」

「その通りですわ。立ち話も何ですので……。ソファとテーブルはどのような物がお好み?」

「テーブルにはソファじゃなくて椅子がいいかな。ソファはソファであってくれた方がいいが。あと、足下が寒々しいから絨毯。色は任せる」


 城の様相から見て、キティの趣味はラクスともそう離れていないので、柄などの一切は任せてしまうことにした。


「分かりましたわ。では」


 片手を伸ばしてキティが魔法陣を作ると、城を生成したときのように光が生まれ、すぐに家具の形を取った。

 光が消えたあとには、始めからそこにあったかのように椅子とテーブル、ソファが置かれている。


「さあ、どうぞ、旦那様」


 キティに促されるまま、ソファに腰かける。適度な反発力。悪くない。

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