奇跡の魔法は何も起こさない

葉洩陽透

プロローグ_死臭を嗅いだことあるか

 死臭というのを嗅いだことあるか。慣れれば、どうってことないぜ。悲しいことに、俺は屍製造機だった。


「嫌だぁぁああああああ────!」


 スイカを割る音。正確には斬る音か。まな板に当たらない程度にひょいっと力を入れてやれば、ザシュッと音とともに真っ二つ。夏のお供だな。今は冬だが。


 何の話かって? ……さぁ、何の話だろうな? 闇のゲームの話だ。中二病ではない。


 この物語はRー18Gじゃないんだけどなぁ、とメタ的な視点を入れつつ、溜息。俺は控室兼牢屋に入れられる。まぁ、今となっては俺専用のプライベートルームってか? 笑えねぇ。

 窓のない部屋。簡易ベッドに寝転がり、1年以上汲み出されていない糞尿香る檻の中。俺は何度となく思ったことを心に浮かべる。


(ここは果たして、TCG販促用ホビーアニメの世界、なのか?)




 まず俺の話。

 前世、前魔世弥。30代独身貴族。渾名はセイ、セイヤ。

 今世、今魔世明。10代男爵令嬢。渾名はセイ、セイア。

 フツメンから金髪碧眼の美少女にクラスチェンジ。容姿はどうでもいいな。閑話休題。


 神様トラックから現代日本風TCG世界に転生。ランダムで選ばれたのは、前世で視聴したTCG販促用ホビーアニメ『Destiny Duel』の世界だった。な、なんだってぇー!?

 転生特典もランダムで選ばれた。〝なんか可愛い容姿〟〝なんか鋭い勘〟〝なんか凄いカード〟。なんかってなんか?


 TCG。

 トレーディングTradingカードCardゲームGameの略記。プレイヤーがコレクションしたカード。カードを組み合わせて作る1つの束・デッキ。そのデッキで対戦するゲーム。それがTCG。

 知らない人に説明するのは難しい。花札やトランプとは違う。が、最初のイメージとしては悪くない。花札やトランプは山札を共有するが、TCGは各個人が集めたカード群で独立して戦う。Wikiによると、「各プレイヤーがコレクションしたカードの中から、自由に、あるいはルールに則して組み合わせたカードの束(「デッキ」と呼ぶ)を持ち寄り、2人以上で対戦を行うゲームである。原則として、デッキはプレイヤーひとりひとりが1つずつ用意し、同じタイトルでも持ち主が異なるカードやデッキを混ぜて遊ぶことはない」とある。


 TCGの特徴として挙げられるのが、ゲームの複雑性、コレクションするカードの豊富さ、ランダム性、などなど。特に、ルールの複雑さ、カード種類の多さは初心者にとってハードルが高い。おもちゃの分類ということもあり売れなきゃ意味がないということで、当然、販促用のアニメが放送される。その1つが、『Destiny Duel』。


 アニメ『Destiny Duel』。略記、『DD』。略称、「ダブルD」。

 このアニメには、『Death Destiny Duel』というTCGが出て来る。略記、『DDD』。略称、「トリプルD」。

 世界観は、現代日本風。現代日本と違う所も多いが、基本的には同じ。電気水道ガス道路。インフラや社会制度も前世に通用する。科学技術もスマホやPCがあるため発展している。最近では量子コンピューター実装とか人工知能シンギュラリティを迎えつつあるとか、話題が舞い込む。前世と同じような現代的生活を謳歌できる、快適世界。


 しかし、DDD、がある。


 DDDはただのTCGではない。アニメでは何度も世界の命運を握った。宇宙の滅亡、地球の存続、国家間の戦争、法律の制定、企業間での取引、ギャングの抗争、不良同士の喧嘩、果ては学校の成績。全てがDDDの戦いで決まる。そんな設定。


 笑い話、ではない。いや、当時の俺は笑った。何だよそれって。奇抜にも程がある。ホビーアニメってこんなもんか? 子供商売なだけある。……成人後に視聴した感想。


 そんなアニメが現実となった。ダブルDの世界。ときは現代、日本という国の男爵令嬢として。


 いやいや、日本には男爵令嬢はいないだろって? 言ったはずだ。現代日本風の世界、だと。

 DDDが覇権を握っている世界。当然だがカード性能によって優劣が決まる。

 もちろん勝敗は時の運とコンボと戦略戦術によって変わる。必ずしもカード性能だけで決まる訳ではない。しかし、優劣は仕方ない。

 カード性能が良い。強いカード。強いカードは珍しい。レアカードと呼ばれる。レアカードを手に入れる方法は限られている。相続・贈与・売買ができる資金力と信頼、そして、血統による運命力。どこの国・地域に行っても王侯貴族がのさばっている訳だ。


 血統による運命力。


 ダブルDの設定は不可思議だ。世界の命運を握るのだからさもありなん。いや、現実となった今では「自然現象」単に「現象」と言った方が良いか?

 そもそもデッキ。カード束のこと。生まれた時から、赤ちゃんの時から各人は独自のデッキを所持している。

 家族が買ってくれたとか、親族が贈ってくれたとか、そんなちゃちゃな話ではない。出産時に、お母さんのお腹の中から、一緒に出て来るのだ。へその緒に巻き付いて現れる。神秘。一卵性双生児もびっくりだ。


 不思議なこともあるもんだ。カードは紙ではなく、不思議素材でできているらしい。折ることも破くことも切ることも焼くことも湿らせることもできない。頑丈。柔軟。お腹の中から出てきても無事。母体の健康が心配される。しかし、母体の健康と関連性はないらしい。意味不明。不思議な力が働いているとしか思えない。


 そんな世界に転生した。生まれ変わった。そして、誘拐され、1年、この施設にいる。ここがどこだかは知らない。しかし、概ねの見当は付く。原作の敵。悪の組織。カードの研究施設だ。

 ここに連れてこられて闇のゲームをして、命のやりとりをさせられている。現状を正しく捉えた一文。


 闇のゲーム。


 表の世界は健全なゲームが行われている。DDDが覇権を握っているとはいえ、法治国家な日本。法に則ったDDDの戦いのみ認められている。まぁ、その法律群もDDDの試合で最終的には決定されたものだが……。

 とりあえず、表では清廉潔白、後ろめたいこともない、後ろ指も指されない、人権問題もオールクリアなカードゲームが行われている。

 しかし、裏は違う。通称、「闇のゲーム」。闇のゲームとは、端的に言えば、「デスゲーム」。勝てば生き残り、負ければ死ぬ。単にデスゲームと呼ばない理由は、命以外も賭けたりするからだ。金銭や物品なら賭博法で管理されているが、そんな次元の話ではない。日常を壊しかねない、負ければ精神的に異常を来たしたり、敗者がカードになったり、そんな命あるいはその他大事なものを賭けたゲームの総称。行ってはいけない闇の世界。それをさせられている。


 今日も今日とて、人殺し。明日は誰と殺し合うのだろうか?




 広い空間。いつも通り案内される。壁床天井見渡す限り岩盤。トンネル建設中の洞穴、と思うくらい削りっぱなしの壁。凸凹している床。天井は高い。例えるなら、東京ドームの屋根くらいか。行ったことないから、テレビと想像での話になるが。

 空間の中央には大きな穴。底が見えない。その真上の天井には巨大な球体。水晶に見えるが、水晶ではないらしい。よくわからん。物質的な密度はぎゅうぎゅう詰めのような気がするが、何かが空っぽだ。そう感じる。


 対戦台が向かい合っている。穴の上。怖い。台の下には何もない。少し覗けば穴の下。暗くて底が知れない。死臭が漂う。そんな気がした。事実、この下には何百という少年少女の死体が野晒しになっている。

 向こう側には今回の対戦者。少年。男の子。今世での同い年くらいか。10代。どういう対戦表になっているのか不明。しかし、ハイライトの消えた目でこちらを睨んでいる。相当、闇のゲームをした証拠。苦笑いするしかない。


 手元を見る。右腕にTCGガントレットというものが装着されている。通常形態は大きな篭手。展開すると小さなテーブルが出て来る。テーブルは3つのエリアに分けられている。手前から、マナエリア・シールドエリア・バトルエリア。解説は適宜する。


 ガントレット同士が電波通信を行う。プレイヤー同士の情報共有。これで具体的な対戦状況が確認できる。場に表になっているカードの詳細が閲覧できるのだ。その他にも、場にあるカードを遠隔で操作したり、デッキをランダムに混ぜたりする機能(シャッフル機能)がある。現代DDD対戦前の準備。審判が審判台に立つ。


「これより、6番と327番との試合を行う。第1023回人工天使降臨実験、開始」


 俺は327番。少年は6番らしい。番号は研究所に誘拐された順番だと推測している。少年は初期メンバーなのだろう。俺よりもここで戦ってきている可能性が高い。


 ガントレットからホログラムが出る。サイコロ2個。賽が投げられた。互いにサイコロを振り、サイコロの目の合計で順番が決まる。大きい方が先攻、小さい方が後攻。

 審判は本来いらない。不正行為はTCGガントレットが正規品で改良なく正常に動作しているのであれば、不可能になっている。不正なカードはすぐバレるし、デッキをシャッフルするのはガントレットが自動で行う。不正を行う前に不正が発覚するようになっている。詳しくは開発会社に当たってくれ。専門知識が必要だ。

 そもそも、この世界。DDDで不正を働こうとする者はいない。そういう考えを抱かないらしい。不正行為は戦争でもギャングでも行わないとか。この闇のゲームでも。


 一読すると、平和な世界だ。確かに、戦争では人が亡くならないし、ギャングの抗争で銃弾が飛び交うこともない。誰も悲しまない。


 しかし、闇のゲームがある。


 不正行為こそ行われないが、命のやり取りが発生する。また負ければ不幸になるのは確実。それが闇のゲーム。人権を無視する。この施設の主もそうだ。俺達に殺し合いをさせて自分一人は安全な場所にいる。くそったれだ。


 サイコロがそろそろ止まる。勢いが弱まった。


 俺はどうするのが正しいのか? 戦いは避けられない。負ければ死に、勝てば生き残る。

 自分の命はどうでもよい、と言えたら格好良かったのだが、まぁ怖いものは怖い。それでも、目の前の少年は10年くらいしか生きていない。俺は前世含めて40年。その75%がくだらなかったとしても大人である。少年に未来を譲るべきである。


 しかし、俺が負ければ、少年は今後〝人を殺した〟という罪を背負ったまま生きていくことになる。それが仕方ないものとはいえ、現行法で裁かれないとはいえ、心に支障が出るはずだ。

 死か罪か。人によって選び方が違うだろう。しかし、俺は俺の考えしか解らない。


 サイコロが止まった。


「よし! 勝てる! 今日も勝って生き残る! 家に帰るんだ!」


 少年先攻。

 悲痛な叫びである。聴く限り生き残りたいと思える。しかし、俺は知っている。何度も殺してきたからわかる。それが虚勢であることを。

 俺はここで何人も殺した。その中には、恨みや恐怖を訴える者もいた。全員少年少女。しかし、「ありがとう」と言われたことも何度かある。最初は生き残るために一所懸命にゲームをしていたが、負ける時は震えながら笑顔で「ありがとう」だ。どう感情を持っていけば良いかわからなかった。裏を返せば、殺人の罪を認識していたのだろう。


 先攻・後攻が決まった。同時に、右から左に流れるようにシールドが展開する。山札上から5枚の光の壁。横並びで出現する。大きな縦長の窓ガラスのような見た目。プレイヤーを守るように、脆い盾のように。

 これらはゲームする時に現れる不思議現象。普段はTCGガントレットから出てくるエフェクトやホログラムちっくなものとしての理解だが、この場では趣が違う。


 闇のゲーム。この種のゲームでは、エフェクトもホログラムも実体化する。このシールドは光の映像ではなく、実体のある光の壁なのだ。触れるし、割れる。まるで窓ガラスのように。カードの内容も実体化する。カードに描かれたモンスターは質量を持って現れるし、魔法は物理現象のように発生する。

 詳しい話はわからん。不思議儀式とか、なんか特定の条件とかで闇のゲームを行えるらしい。俺に訊かないでくれ。この世界でも少数の人間しか知らないのだ。俺が知る訳ないだろ。


少年:先攻・ターン0

場:なし

シールド:5

マナ:0

手札:5


セイア:後攻・ターン0

場:なし

シールド:5

マナ:0

手札:5


「オレのターン! オレはマナエリアにカードを1枚セットする!」


少年:先攻・ターン0→1

場:なし

シールド:5

マナ:0→1

手札:5→4


 TCGはカードゲームの総称。色々なカードゲームがある。そのほぼ全てに採用されているゲームシステムがある。それがターン制。

 花札の1対1を想像して欲しい。親の番があり、先に親が動き、完了すれば次に子の番へと渡す。ターン制風に言うと、ターンを渡し合って、ゲームが進行する。ターンとは、自分(もしくは相手)の番、ということだ。


 TCGでは、というかターン制を導入するゲームでは基本、先攻が有利。少年が歓喜したのはそれがあるのだろう。圧倒的先攻有利なので、先攻の1ターン目はドローできない。一種のハンデ。DDDのルール。

 ドローとは、山札の上からカードを手札に加えること。先攻の1ターン目以外は、毎ターン1枚ドローできるのがルール。


「オレはマナを1つ消費して、手札から『火の玉コロガシ』をセットする!」


 マナエリアに置いたマナカードが横向きになる。バトルエリア。通称、「場」。場にカードが置かれる。瞬間、少年の前方空間から炎が噴き上がる。炎が晴れると、怪物がいた。フンコロガシのような見た目の甲虫。しかし、大きさが桁違い。人間より大きい。これでコスト1なんだぜ。怖いだろ。翅を震わせ、甲殻の隙間から火の粉が舞っている。


少年:先攻・ターン1

場:なし→『火の玉コロガシ』

シールド:5

マナ:1→0(1)

手札:4→3


『火の玉コロガシ』

分類:コンテナカード

属性:火

種類:昆虫

コスト:1

スキル:【速攻】


【速攻】

トリガー:[このスキルがバトルエリアにセットされた時]

効果:〈このカードは、セットされたターンでアタックできる〉


 DDDはマナ消費型のTCG。マナエリアにカードを1ターンにつき1枚配置可能。配置したマナを使ってコンテナカードやスキルカードを場にセットできる。

 マナ使用をマナ消費と呼ぶ。消費とは言っても、捨てたり除けたりする訳ではなく、次のターン開始時まで使用不可能になるだけ。最大値は7枚。裏にしてセットする。そのプレイヤーしか中身を知らない。消費したマナは次の自分ターン開始時に回復する。


 少年がセットした『火の玉コロガシ』はコンテナカード。所謂他で言う所のモンスターカードやクリーチャーカードのこと。敵のフィールドにアタックできるカード。勝敗は相手プレイヤーにダイレクトアタックすることで決まる。アタックできるのはバトルエリアにセットされたコンテナカードのみ。実質、バトルの中核をなす。

 攻撃力・守備力・耐久値みたいなのは、コストの値で決まる。

 コストが高いコンテナがコストの低いコンテナにアタックしたら、低い方が破壊される。コストが低いカードがコストの高いカードにアタックしたら、低い方が破壊される。コストが同じカードが競合したら、相打ちで両方が破壊される。シンプル。

 コンテナカードやスキルカードをセットするには、コスト分のマナを消費する。


 DDDのカードの種類は、コンテナカードとスキルカードのみ。カードには属性・分類・コストが設定されている。スキル欄が3つある。


 コンテナカード『火の玉コロガシ』は、スキル【速攻】を持つ。効果内容は、召喚時に敵へアタックできること。普通のコンテナカードはセットされたターン、アタックできない。セット硬直と呼ぶ。


 つまり、先攻の【速攻】は強すぎ。


「『火の玉コロガシ』でシールドアタック!」

「うわっと!?」


セイア:後攻・ターン0

場:なし

シールド:5→4

マナ:0

手札:5→6


 炎の玉を転がす『火の玉コロガシ』。その火を投げる。シールドに当たる。パリンッ、と眼前のシールドカードが1枚破壊される。

 実体化されたシールド。破片が飛ぶ。火の粉も舞う。避ける。が、頬を軽く裂く。飛び火でひりひり火傷。後ろを見ると人の腕ほどある鋭いガラス片のようなシールドが地面深く突き刺さっている。そして、光の粒子となって消える。傷跡は残したまま。

 破壊されたシールドカードは手札に加えられる。シールドブレイクされる代わり、手札・アドバンテージを得る。


 シールド制。

 展開されているシールドが全て破壊され、なくなった後、プレイヤーにダイレクトアタックすることで勝利するゲームシステム。DDDでは初期値・上限値ともに5枚。ゲーム開始時、手札より先に山札から5枚伏せる。敵も自分も中身を知らない。


 闇のゲームで実体化されたシールド。シールド破壊だけで、命を失いかねない。よく地震時にビルのガラス片が落ちてきたら大変な目に遭う、と聞いたことがあるだろう。酷い怪我で済めばよい。シールドの破片だけで危険なのに、実体のある化物となったコンテナカードにダイレクトアタックされたら、どうなるかお察しである。つまり、死ぬ。

 コストが高いほど威力が高いらしく、コスト1でも死ぬのに、コスト7だと肉片すら残らなかった、とか。ナニソレ怖い。


 そんな中で楽しくゲームなんてできる訳がなく、俺は前世でもあまりハマったこともないTCG。当然、嫌いになった。そう、めちゃくちゃ嫌い。大っ嫌いになった。

 しかし、生きるためにはプレイしなくてはならない。誘拐されたサダメ。


 何にしてもここから早く出してくれぇえええええええ!?


少年:先攻・ターン1

場:『火の玉コロガシ』

シールド:5

マナ:0(1)

手札:3


セイア:後攻・ターン0

場:なし

シールド:4

マナ:0

手札:6

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