第15話 映画視聴①

 「え? これを今から?」


 僕は、ひーちゃんから手渡されたUSBメモリをまじまじと見つめながら、思わず聞き返す。


 「うん。ダメかな?」


 ひーちゃんは、どこか不安そうに目を伏せながらそう言った。その声音には、申し訳なさと、少しの覚悟がにじんでいるように感じた。


 「いや、僕は全然構わないよ。」


 現在の時刻は21時40分。

 もしこれが2時間の映画なら、観終わるのは23時40分頃になる。

 普段ならもう寝ている時間だけど、幸い明日は土曜日。会社も休みだし、夜更かししても問題はなかった。


 「でも、ひーちゃん。これ、僕が観ていいの? 関係者専用の映像なんでしょ? 僕、そういう立場じゃないんだけど、」


 「それも大丈夫。ちゃんと上に確認してあって、内容を外に漏らさないって約束すれば、一人だけなら見せていいって、正式に許可もらってるの」


 「……ああ、そうなんだ。なら安心だね。もちろん、僕は誰にも話したりしないよ。そこはちゃんと守るから」


 「うん。そこは私も全然心配してないよ。たけくんのことは信頼してるから」


 その言葉が、妙に胸に残った。


 ごく自然に口にしたひーちゃんだったけれど、僕は不意を突かれて、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 「信頼してくれて、ありがとう。……それじゃあ、ひとつだけ聞いていい?」


 「うん」


 「どうして、わざわざ“今”見せようと思ったの? 上映されたら、僕、喜んで、映画館に行くのに。」


 観ること自体はむしろ嬉しい。

 けれど――どうして上にお願いをしてまで今、僕に見せようとするのか。その意図が気になったのだ。


 ひーちゃんは少し視線を逸らし、言葉を選ぶように間を置いてから、ぽつりと口を開いた。


 「映画館じゃ……ダメなの。私の目の前で観てもらうことに、意味があるの」


 「え、それってどういう――」


 「……ごめん。詳しいことは言えない。でもね……たけくんの“見終わった直後の気持ち”を、そのまま、私に伝えてほしいの。……それが、私にとって、すごく大切なことだから」


 理由の詳細は語らなかった。

 だけど――そのときのひーちゃんの表情は、まっすぐで、真剣だった。


 だから僕も、それ以上詮索するのはやめた。


 「……うん、わかった。じゃあ、観させてもらうね」


 「ありがとう」


 その返事に、ひーちゃんはほんの少しだけ表情を和らげた。


 こうして僕は、ひーちゃんが主演を務める最新映画を、誰よりも早く観ることになった。


 思いがけない展開ではあったけれど、せっかくの機会だ。どうせなら、しっかり集中して観たい。


 僕はそう思いながら、部屋の照明を落とし、テーブルの上にコンビニで買ってきたお菓子を並べた。


 そして、USBをPCに差し込み、データを確認する。

 中には映像ファイルと、事前資料のPDFが入っていた。

 僕は資料をざっと一通り読み、映画のあらすじや世界観を頭に入れる。

 そして全体の流れを把握したあと、本編映像をテレビに出力し、画面いっぱいに映し出した。


 僕はY◯GIBOクッションに体を預け、深く腰を下ろす。

 これで、映画を観る準備は万全だ。


 すると、ひーちゃんも静かに僕の隣に腰を下ろした。

 その動きはごく自然だったのに、気づけば、肩が触れそうなくらい近い距離にいて――僕は思わず意識してしまう。


 ……近い。


 ゲームをしてた時以上に、それこそ、体が触れそうな位、近くにいるひーちゃんに僕はつい緊張をしてしまう。


 「たけくん、あらすじ見た感じ、どうだった?」


 「う、うん。面白そうだったよ。雰囲気も……結構、好みかも」


 緊張気味ながらも、僕はなんとかそう返した。

 すぐ隣にひーちゃんがいることを意識してしまって、思ったよりも声がうわずってしまった気がする。


 USBに入っていた事前資料には、次の様な作品の概要が書かれてあった。


 舞台はアメリカの大学。そこに留学生としてやってきたのが、星月 光――改め、星野ミツキ。

 彼女が、人種や言葉の壁に衝突したがらも、一人の現地の青年と出会い、少しずつ心を通わせていく。

 そして、互いを支え合いながら、困難を乗り越え、愛を育んでいく――

 そんな、海外作品としては珍しい「学園恋愛モノ」の映画となっていた。


 キャッチコピーは、 

《壁を超えて、繋がる愛》。

 

 そしてその資料の最後には、監督のコメントも添えられていた。


 《この作品は、主演の星月 光の出身地・日本に根付く学園恋愛文化と、現代の国際的な文化対立を一つのラブストーリーに昇華させた、挑戦的な作品です》


 僕はそれを読んで、ユニークなテーマだと思った。

 でも――僕がそれ以上に強く興味を惹かれたのは、この作品が「恋愛映画」だという点だった。


 この4年半、ひーちゃんはSF、ファンタジー、ミュージカル、ヒューマンドラマと、いろんなジャンルで見事な演技をし、活躍をしてきた。


 しかし、ひーちゃんはこれまで、恋愛映画や恋愛ドラマに、メインキャストとして出演したことはなかったのだ。

 おそらく僕の記憶が正しければ、ひーちゃんが他の誰かに“恋する役”を演じた姿は無い筈である。


 ――そのひーちゃんが、恋愛映画に出演している。


 その事実が胸の奥に落ちた瞬間、


 チクッ。


 胸の奥で、小さな痛みが走った。


 「……ん?」


 思わず僕は自分の胸に手を当てる。

 別に身体が痛いわけじゃない。

 ただ、何かか引っかかってる様な感覚があったのだ。

 まるで、心の奥に、目に見えない小さな棘が刺さったみたいな、


 僕は訝しむ。

 今のは一体何だろう。

 

 と、そう、戸惑っていると、ひーちゃんが覗き込むように声をかけてきた。


 「たけくん。……もう再生できそう?」


 その声に我に返り、僕は慌てて画面へと意識を戻す。


 「あ、うん。大丈夫」


 声が少しだけ裏返りそうになったのをごまかしながら、僕は頷いた。


  ……まあ、そんな気にする程の事ではないだろう。

 今は、それより映画に集中しよう。


 「それじゃあ、再生するね」


 「うん」


 僕はマウスを操作し、再生ボタンをクリックする。


 こうして――

 映画が、静かに幕を開けた。

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