第4話 学校への道中

「私の好みで揃えたが、よく似合っているぞ」


 鵬歌ほうか先生が俺のために持ってきてくれた服。暗めの青に白いラインの入った上下のインナーと、上に羽織るダボッとした黒ジャンパー、同じくダボッとした、ちょっと丈の短い暗めのニッカボッカパンツ、そしてメンズ用のハイカットブーツ。


先生の色の好みは暗めなようだ。


「ありがとうございます。では改めて、案内よろしくお願いしますね、先生」


「任せてくれ。ではまず移動しながら、この都市の基礎的情報から教えようか」


 まず先生が教えてくれたのは、今いる建物の事と、都市での移動手段についてだ。


「今いるこの建物は、都市の中心に位置し、必要な機関のできる限りを全て結集させた、都市随一の建造物だ。

先程までいたハオズラボのみ例外だが、それ以外の施設は、都市のすべての人間が利用できる。この塔を無くしたら都市が崩壊しかねない、言わば都市ミクスの要の塔だ。

名をそのまま“ミクスセンタータワー”という。この塔からであれば、ここに来る時に君も乗った、個人用ジェットトラベルカプセルを使って、都市のどの場所にでも移動が可能だ。

建造物の全てで個人用のカプセルが使用できるため、界人君もこの乗り物には慣れておいてくれ。ちなみにカプセルだが、私たちは短縮名で“トラ・カプ”と呼んでいる」


少々長く強引に話を繋げて、簡単な説明をしてくれた先生。今さらだが、この近代都市の名は“ミクス”というらしい。


「タワー内の商業施設は見ていくかい?

歩いて回るくらいの時間はあるぞ」


少し考えてから答える。


「ありがたいですが、正直色々ありすぎて疲れてしまってて、案内をしてもらっておいて申し訳ないのですが、観光は次の機会に……」


「無理もない、了解した。では、学校と寮で必要なものがあと少し残っているから、それだけここで確保して、まっすぐ学校へ向かおう」


 タワーの中で、お店の説明を軽く受けながら、生活必需品のいくつかと替えの服、都市基礎知識教材を2冊、そして簡単な軽食を買う。


「学校の寮では毎日、決まった時間に生徒と教師が揃って食事をとるのだが、その食事の時間がもう少し先でね、悪いが先にこれを食べててくれ。腹は空いているだろう」


言われて急に俺の腹が鳴る。手渡されたスナックバーの包みを開けて、チマチマ食す。


「今からは、公共交通機関で学校まで向かうぞ。口頭とマップでの説明になるが、道中でまた、都市の詳細を話させてもらおう。

界人君にも景色を見てもらいながらの方が、私としても説明しやすい」


 思い描いた乗り物像とは違い、先生についていき、たどり着いた駅で待っていたのは、中に座る座席が大量にくっついている、超巨大なカプセルだった。


内心、『またカプセルかよ』とツッコんだ。


「こいつは個人移動用のトラカプとは違って、いわゆる観光用のトラカプなんだ。

たくさんの人を運ぶためスピードは遅く、マイナーな場所へは行けないが、都市主要のスポットや公共施設への移動、トラカプでは負担がある者にはこいつが便利だ。

正式名称を“トラベルカプセルバス”という。トラカプと区別するため、省略名で“トラ・バス”とみんなは呼ぶ。

ちなみに“バス”は、旧時代に存在した、人々を乗せて運んでいた乗り物の名前だ」


どうやら、俺が生きていたであろう時代、もしくは夢かもしれない世界は“旧時代”と呼ばれているらしい。バスという名前も、どこか聞き覚えがあるような。


だが依然、記憶の抜けは戻らない。



 今さらな悩みかもしれないが、この曖昧な記憶の話は、他人にしても良い話なのだろうか。


このセンタータワーを見るだけでも思ったが、もしかしたら自分が、先生の言った旧時代の人間かもしれない、などと軽々しく口にしてしまったら、進化しまくっているこの時代に、混乱すら招くかもしれない。


おかしな話で済まされない可能性を考えたら、黙ってただの記憶喪失者を演じておくべきなのだろうか。まさに、記憶を保持して転生してしまった主人公の悩みとそっくりである。


「どうした? 何か悩みごとかい?」


先生に声をかけられ我に返る。


「――ハッ! ごめんなさい、大丈夫です。

早く乗りましょうかね。いやぁ楽しみだなぁ、都市の景色ぃ。アハハ……」


誤魔化してしまった。まあでもこの悩みは、もっと重要なときの為にとっておこう。今これで悩むのは早すぎる。そう思った。


 トラバスからの景色は、それはもう美しかった。ハオズラボに運ばれてからどれくらいの時間が経ったのか分からなかったが、都市を囲む岩山の裏に、夕日が沈んでいくのが見えた。暗くなるにつれ、都市内の建造物達がちらちらと光を灯しだす。


今から夜になる時間のようだ。


「私たちにとって日常の景色だが、どうだい?なかなか綺麗だろ?」


「ええ……とても……」


 天然の星久と、人工的に灯された都市の星々に挟まれ消えていく夕日を見送り、鵬歌先生が外の建物ひとつひとつを指差していきながら、それぞれが何の施設なのか、データマップをひらいて、改めて説明を再会してくれる。


「この都市ミクスは、センタータワーを中心に、中央に向かうにつれて重要な施設が建っている設計になっている。主にタワーの根本に送電、水道施設、その外側に医療施設、またその外側に公共施設と商業施設が、といった具合にね。教育機関は、もろもろの理由で一番中央から遠い場所に4つ存在している。都市の治安維持に必要な警察や消防は、都市全土に疎らに位置している」


とても考えられて作られているようだが、学校のような教育施設が遠いのは、少し不思議に思った。


そしてもう一つ大きな疑問が。


「それだと、市民が暮らす住宅地はどこに?」


先生がフフンと鼻を鳴らす。


「それはだね、地下にあるんだよ。

徐々に範囲が広がっているが、今はセンタータワーの真下から、商業施設の真下辺りまでが住宅エリアだ」


ハオ博士の先祖は、とんでもない物を作ったものだ。


「界人君も見て分かると思うが、この都市は岩山に囲まれている。この地形と、博士の血族が作り上げたシステムのお陰で、ある種鉄壁の巨大な要塞となっているのが、この都市、ミクスなんだ」


ふとした違和感を指摘する。


「要塞? まるで都市の外側が敵であるかのような表現ですね」


「ああ、あながち間違いではない」


先生の表情が険しくなる。


「旧時代の大戦争終結以来、大きな戦いは起きていなかったが、近年静かに始まった機械派の地上侵略とも見受けられる動きが、どうやら活発化しているようなんだ……」


「何ですか、その“機械派”て」


そう俺が聞くと、先生がスッと夜空を指差す。


「あいつらさ……」


指先が示した先に見えたのは、夜空となり見映えが変わっているが、俺が岩山中腹から見た、空の上に浮かんで遅い流れ星を放っていた、この星の人工的な輪だった。


「これも話しておこうか」


そう言って先生は、長々と説明してくれた。


 旧時代に起きた大戦争は、終結はしたものの、混乱のみを残した。生き残った人類は、二度と悲劇を繰り返さないように、隔たりの象徴であった“国境”を消した。その後、自らの力で、生きる場所を作り上げ、新たな環境を得た者達こそが、あの空の上の人工的に作られた星の輪に住む“機械派”なのだという。


「そんなことが……大昔に……」


俺はそう呟きつつ、どこか他人事ではないような思いになった。


「本来の話から逸れてしまったが、一応これも基礎知識だ。学校でも低学年に、歴史の一部として教えている」


そしてまた先生は顔をしかめながら、淡々としつつ、どこか怒りも感じる声色で話す。


「長い間、奴らはずっと自らのテリトリーで生きていたが、少し前に、ミクスと友好的関係を保っていた信仰派の集落に、急に攻撃を仕掛けてきたんだ……」


また知らぬワードが出た。


「“信仰派”?」


「機械派とは対照的に、地上に残り、原始的な生き方を目指した者達だ。何かを信仰している事がほとんどだからそう呼ぶ。私たちミクスに住む者以外の者達のことを呼ぶことが多いな。現に友好関係を築いた集落や、その他訪問したいずれの集落すべて、変な信仰をしている」


ホント、なんとも不思議な世界だ。何を基準に不思議と思ったのか分からないが。


「博士の先祖は、この未来を予測していたのかもしれない。こんな時の為に、都市をこのような仕組みで作ってくれたのだろう。もしもの時のため、この都市には強固な防衛システムが備わっていて、どんな攻撃が来ようと、都市と人々は守られる。そして今も、博士が継承し、いつでも稼働できるように、それを維持してくれている」


どんどんあのハオ博士がすごい人に見えてくる。言ってしまえば、あんなガキンチョみたいな見た目だったのに。


「まあこの話はこの辺でいいだろう。詳しいことは、学校の授業を見学すれば、嫌でも聞けるからな」


そう話終え、先生は一息深呼吸してから、手をパンッと叩き合わせる。


「さて! 話している内に、そろそろ到着だな。降りる準備をしよう」


どうやら目的地に近づいたようだ。

駅についてからは、歩いて目的地に向かう。


「気が早すぎるのは承知なんだが、何か思い出せそうなことはないか?」


確かに気が早い質問だ。


「いいえ……何も……今までのお話も初めて知る知識のように感じます」


「そうか……判断はできないが、もしかしたら君は、この都市の外、信仰派出身の人間かもしれないな」


それは多分、あながち間違っていない。


いつか詳しく話せる日が来るのだろうか。

ある意味時を越えてきた可能性があることを。


「さあ、お疲れ様。

ここが能力指導学校“アビリティーチャ”だ」


考え込みながら歩いていたら、目の前に大きな校門が、その奥に校舎と寮らしき建物が見える場所まで、いつの間にか来ていた。


鵬歌先生が門の柱の一部に声をかける。すると閉まっていた門の柵がひとりでに開く。


「今から、学校長に挨拶に行く。それから君の住む寮の部屋案内後、食事としよう」


 夜のため遠くは見えないのだが、恐らくこの学校は、とんでもない広さである。門を通る直前に横を眺めたとき、先が見えない程の長さの塀があった。


そして今、最初に校舎だと思っていた建物を通りすぎ、更に後ろに似た建物が複数建っているところを見て、遂に疑問に思う。


「あの…この学校どれくらい広いんです?」


「広さは、この都市に存在する4つの学校の中で、このアビリティーチャがもっとも広く、面積にすると約3~4k㎡はあるんじゃないかな。理由は様々だが、能力指導中の被害を想定してであることが、この広さの主な理由だ」


能力で破壊されることを想定って、いったいどんな力を持ってる奴がいるのだろうか。



 15分程歩いて、並んで建っていた同じような校舎の一つに入っていく。階をいくつか登って、廊下を歩き、校舎の中央あたりにある校長室の前までたどり着く。


鵬歌先生が引き戸をノックする。


「学校長、失礼します」


すぐに中からおじさんの声が返ってくる。


「うむ、入りなさい」


先生が引き戸を開けて中に入り、それに続いて俺も入る。


貫禄ある背中を見せる学校長であろう人が、窓の外を眺めているのを見て、緊張してしまい声が震える。


「…失礼しまぁす……」


一息ほど間を空けて、学校長が呟くように話し始める。


「今日も変わらず良き日だった。

生徒達も皆、健やかに、勤勉に、そして新たな知識と経験を得て、学舎から戻り、自身の床に就く……毎日がなんと平和なことか」


語りだす校長に少し困惑する。


鵬歌先生がわざと咳き込む。


「学校長、お伝えしていた件についてと、彼のこと、改めて確認を」


「ああそうだな。ようこそ界人君、我が学校アビリティーチャへ。歓迎するよ」


続けて自己紹介をしてくれる校長。


「私はここの校長

森林木樹しんりんぼく たつきという者だ。以後お見知り置きを」


「あ…境間界人さかいま かいとです。

よろしくお願いします」


 お互いの自己紹介を済ませて本題に入る。

俺が記憶を失っていること、この都市に滞在すること、滞在中はこの学校の寮で過ごすこと、ひと通りを森林木校長と確認した。


「鵬歌先生からの報告に変更無し。本人の状態も記憶以外良好。こちらの受け入れ体制も全て整っている」


校長が少々あきれ気味に問う。


「……にしても鵬歌先生、こういう大がかりな相談や結論は、本来日を改めて確認するものなんだが?

私が不在であったり、受け入れ不可能だった場合、どうするつもりだったのだね?」


「あぁ~……あまり考えてなかったですね。学校長ならば、どのような状態でも迎えてくれると信じてましたので」


そう言って鵬歌先生はケラケラ笑う。校長はやれやれと、微笑みながら首を振る。



 粗方の挨拶と最終確認をやっとこさ終えて、校長室を出た。校長は途中、本題と関係ない話を挟んだり、俺という人間に興味を示したのか、えらくこちらに質問してきたりしたため、想像以上に時間がかかってしまった。


「すまないな界人君。校長はお喋りが大好きでな、どうも歯止めが効かなくなるときがあるんだ。悪いが食事は、寮の部屋でとってもらっていいかい?」


申し訳なさそうに鵬歌先生が問う。どうやら、生徒と教師が集合してとる食事の時間は、過ぎてしまったようだ。


「ええ、構いませんよ」


俺はそう答え、鵬歌先生のあとについていく。


 広い学校の敷地内を、また軽く案内されながら、最後にとても大きなグラウンドの横を通りすぎ、ようやく目的の、寮である建物前に到着した。


 寮の入り口をくぐり、管理室から鍵を受け取る簡単な手続きをして、ついに部屋へ向かう。


鍵の番号と同じ番号の立札がかかった扉の前に到着した。


「さあ、今日からここが、君の住む場所だ」


先生が扉を開けて、部屋の中を紹介する。


「ここにあるものは好きに使ってくれ。最低限の生活に必要なものは全て揃っている」


確かに、生活に不自由はしなさそうだ。

扉を開けるとまず見えるのは短い廊下。

その右手側にユニットバスの扉。

左手側に台所があり、廊下を抜けると、リビングと、隅に1人用ベッドが。

リビング床には低いテーブル、そして収納。


ここまでは質素でどこか安心する内装だが、唯一未来的なのは、リビングの壁の一面にだけ、大きめの液晶テレビが埋め込まれている。


「くつろいでくれ。今から食事を持ってくる」


先生はそう言って部屋を出ていった。


 何だかすごくもてなされているみたいだ。

だが自惚れてはいけない。今から俺は、能力とやらを発現させるために頑張らないといけない。その為にこの学校に来たのだから。


 気持ちを一旦整理させて、部屋の景観をキョロキョロ見渡しながら、料理を持ってきてくれるであろう鵬歌先生の帰りを待った。


 明らかに1人分ではない量の食事を持ってきた鵬歌先生は、一緒に食べてもよいかと俺に聞いてきた。持ってきてから言うのかと思ったが、別に悪い気などしない。快く了承し、軽く他愛もない笑い話をしながら、食事をペロリと平らげた。


「「御馳走様でした!」」


一緒に手を合わせ、食事に感謝した。

先生が手早く食器を片して、部屋を出る準備をする。


先生がこちらを向いて微笑む。


「いやぁ…こんなに楽しく誰かと食事をとったのは久しぶりだったよ。ありがとう界人君」


感謝を述べる先生に対し、いえいえと応えた。


「だが、次会ってからは教師と仮生徒の関係となる。明日は自由に学校を回れるようにしているが、明後日の朝からは、能力指導と基礎知識指導となるから、そのつもりで心の準備をしておいてくれ」


分かりましたと応えると、先生は最後に、おやすみと言い残し、部屋をあとにした。


 先生が部屋を出て少し待ってから、俺はでかでかと大きく息を吸い、そして大きくため息をついた。


 これは確実に非日常が始まった。

何を根拠に、何と比べそれを非日常と呼んだかは分からない。しかし、目覚めてからここまでの短い一日は、すごく刺激が強いものだった。


ハオズラボに着いたときは、長い時間に感じていたが、眠ることができる場所に来ると、短い時間だったようにも感じる。


不安もあれば期待もある。これからどんな日常を送るのか、どんな困難や、どんな喜び、刺激を貰えるのか、わくわくが止まらない。


第二の人生に不安と期待を思い続けながら、風呂に入り、就寝する準備をし、シワの無いベットに飛び込む。


考え事をしていた筈なのに、いつのまにか俺は深い深い眠りに吸い込まれていった……。

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