第31話『闇の中に芽吹くもの』
一つ目の瘴気溜まりを掃討してから、僕たちはさらに森の奥へと足を進めていた。
途中、魔物たちがぽつぽつと姿を現し、行く手を阻んでくる。その数は決して多くない。だが――
「っ、この一撃、さっきの奴らより重い……!」
セラが鋭く踏み込み、前方に躍り出た
「数は少ないけど……強さは、確実に上がってるニャ」
ニアが一閃、素早く横合いから跳びかかった
瘴気の影響か、魔物たちは明らかに凶暴化していた。動きに無駄がなく、目には理性のかけらも感じられない。ただ獲物を狩ることだけに突き動かされているような殺気が、じわじわと森全体に充満していた。
そして――
僕たちは二つ目の瘴気溜まりの想定地点へと差し掛かる。
そこは、明らかに今までとは違っていた。
空気が重い。先ほどまでの靄よりも、明確に濃く、まとわりつくような圧迫感がある。黒い靄が立ち込め、数メートル先の木の輪郭すら霞んで見えた。息を吸うたび、肺の奥がじんと痺れるような嫌な感覚が広がっていく。
「……妙だな」
セラが立ち止まり、険しい目で周囲を見回す。
「たしかに、急に魔物の姿が少なくなりましたね。てっきり、奥に行けば行くほど数が増えるものだと……」
普段は穏やかなプルメアの声にも、わずかに緊張の色が滲んでいた。
それも当然だ。これほどの瘴気が漂っているというのに、辺りには魔物の姿が一切見当たらない。先ほどの瘴気溜まりの周辺では、死体が累々と積み重なり、荒れた地面には争いの痕跡が残っていた。
けれど今は――
「そうだね。さっきと違って、魔物の姿も……死体すら、まったく見えない」
僕は足を止めたまま、濃靄に霞む森の奥をじっと睨んだ。
不気味なほどに静まり返った空間。気配はあるのに、姿がない。何かが、こちらを見下ろしているような感覚だけが、肌にまとわりついて離れない。
「……嵐の前の静けさってやつかニャ?」
ニアのぽつりとした呟きに、僕は思わず振り返った。
「縁起でもないことを言わないでよ、ニア」
だが、言葉を返したその瞬間――
森の奥、瘴気の源と思しき方向から、異変が起きた。
黒い
まるで何かが息を呑んだかのように、森全体の空気が一瞬で張り詰めた。
「……ッ!?」
次の瞬間だった。
黒い
ゆっくりと、しかし確実に。すべての瘴気が、ある一点へと収束していく。
靄が薄れ、空気が澄んでいく――かと思えば、地鳴りのような振動が足元を震わせた。
そして。
――ドンッ!
森の奥、瘴気が集まったその中心で、爆発にも似た衝撃が走る。
濃密な瘴気の柱が、地を突き破るように天へと立ち昇った。
黒煙のようなそれは、空高くまで達し、やがて、はらはらと――
雪のように、瘴気の粒子を森全体へと降り注がせた。
「これって……」
僕たちは、はっきりと理解した。
――何かが、始まったのだ。
僕はポーチから地図を取り出し、震える手で瘴気溜まりの印をなぞる。
今の現象――瘴気の収束と爆発。そして再拡散。
まるで、複数の瘴気溜まりが一箇所に統合されたかのような反応だった。
そしてそれは――
これから訪れる“本当の脅威”の前触れに違いなかった。
降りしきる黒い粒子の中、僕たちはしばし言葉を失っていた。
「……一度、引き返そう」
僕は地図を握ったまま、きっぱりと言った。
「ここで無理をして進むのは得策じゃない。父上が言っていた……街と森の間に臨時の拠点を築く予定だと。状況を報告して、対策を練り直すべきだ」
「……賛成だ。正直、今の瘴気は不気味すぎる」
セラが鞘に剣を収め、ため息を吐く。
「ニャ、さっきの爆発は、どう考えてもヤバいニャ……」
ニアもいつになく真剣な面持ちで頷いた。
プルメアは黙ったまま空を見上げていたが、やがてそっと口を開いた。
「あの“柱”の中心――ものすごい魔力を感じます」
その静かな言葉に、僕はもう一度、森の奥を見やった。
黒い
まるで――何かが、そこに“芽吹いた”かのように。
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