3-12.リフォン家

 誰の力も借りずに、大きな扉が音をたてて開く。すると途切れていた石畳の続きが出現した。今まで見えていなかった道は、真っ直ぐと森の奥へと続いている。


「ミナライくん、走行中は席を立たないでくださいッスね」

「わかりました」


 石畳にしたがって、二台の大きな馬車はガラガラと進んでいく。

 馬車は順調に進むが、屋敷の外観はなかなか見えてこない。


「さすが世界有数の資産家リフォン本家の敷地ッスねぇ……」


 ハッソウさんは感心したように呟く。


「メルモルド・リフォン氏が蒐集したオルゴールの数々……楽しみッスね」

「そうだな。すでに問い合わせもあるんだ」

「さすが、有名蒐集家コレクターの出品となると、注目度が違いますねぇ」


 ハッソウさんの思わせぶりな発言に、チュウケンさんは苦笑を浮かべた。

 メルモルド氏の遺族がコレクションを手放したがっているという情報はあっという間に拡散され、オルゴール蒐集家たちはコレクションを手に入れようと色めき立っている。


 隣に座っているミナライくんは、依頼主が事前に提出した出品希望リストを食い入るように読んでおり、ふたりの会話は聞こえていないようだ。


「にしても……チュウケンさん、そのリストどおりだと、かなりの点数と大モノがありますね。さっきから震えが止まりませんよ」


 自鳴琴オルゴールは、ゼンマイ式の懐中時計に、小さな音楽装置を組み込む時計技術から枝分かれしたもの。時計職人が作りはじめたという説がある。

 ひとくちに自鳴琴オルゴールといっても様々なタイプがあるが、特に有名なのがシリンダーオルゴールとディスクオルゴールだ。

 円筒形のシリンダーを回転させるか、ディスクを回転させて曲を奏でるかの違いだ。

 

 リストを見てみると、メルモルド・リフォン氏はどちらも所有しているが、シリンダーオルゴールの蒐集に力を入れていたのがわかる。


 リストからはメルモルド氏のコレクション傾向も推察できる。

 オルゴールであれば手当たり次第に集めるタイプではなかったようだ。


 彼のコレクションは、ロットナンバーがついている限定生産ものであったり、曲目録や制作者がわかるチューンシートつきのものであったり、有名人が所持していたものなど、ルーツやエピソードつきのものばかりだった。

 そう、彼のコレクションには『最古の』『初めての』『限定』『貴重な』『珍しい』『たったひとつ』といった冠がついているものばかりなのだ。


 それに加えてメルモルド氏は几帳面な人物で、オルゴールに対しても造詣が深く、保存や取り扱いにも細心の注意を払っていることでも知られていた。

 管理やメンテナンスにも熱心で、専門家を雇用して任せていたくらいだ。


 たまに贋作を購入してしまう蒐集家もいるが、メルモルド氏の質の高いコレクションの中には、それが少ないのではないかと期待されている。


 なので、アンダービッターたちも張り切っていたのだが……食中毒で全滅という展開になってしまったのだ。


「そうだな。依頼主は博物館が開けそうなほどの量のコレクションを、手早く処分したいというご意向だからな」


 トラブルが発生したため、出張査定の延期を申し出たのだが、相続人は延期を認めず、それなら別のルートでコレクションを処分すると言いだしたくらいである。


 少しでも高値で処分したいという気持ちよりも、さっさと手放したいという意志が感じられた。


 そのやりとりからして、相続人はオルゴールには全く興味がないようだ。メルモルド氏に対しても、特別な感情はないように思えた。


 メルモルド氏はザルダーズが取り扱ったオルゴールも落札している。

 生前はご贔屓にしていただいたので、ザルダーズとしては、メルモルド氏のコレクションを別ルートに委ねるわけにはいかない。


 アンダービッターが欠けた部分は、黒烏運輸のラグジュアリー部門に所属する精鋭スタッフに依頼することで、なんとか出張査定を乗り切ろうとチュウケンさんは考えたのだ。


「……ずいぶんとせっかちな話ですねぇ。現金化を急ぐ必要もないでしょうに」


 不幸な事故が立て続けに起こっているが、リフォン家の投資先に異常が発生したという情報もその気配もない。

 資産は減るどころか、増えているくらいだ。


「まぁ興味がなければ、妙音を奏でるオルゴールもただのガラクタでしかないからな」

「そうッスね……」


 チュウケンさんの声には、少しだけ残念そうな響きがあった。

 とはいえ、依頼人の込み入った事情に首をつっこむのはよろしくない。


 適切な状態で保管するのにも費用がかかるし、雇用されていた専門家も退職を願いでた。ということにはなっているが、本当は解雇されたのだ。

 専門家は歴史的に貴重なオルゴールも含まれているので、査定時には同席して、搬出されるのを見届けたかったようだが、それも認められなかったようである。


取扱いの可能性もあると連絡したが、大丈夫か?」

「その点はご心配なく! も用意しましたし、スタッフもしたッスよ!」


 ハッソウさんは胸を叩いた。


「鋼の意志の持ち主ばかり。オイラ以外は鈍感でで構成したッス。どんな呪いもスルーッスよ! 泊まり込み、徹夜、怪談、怪奇現象お任せください!」


 リストを読み終えたミナライくんが、不安そうな顔でふたりを見上げる。今にも泣きだしそうだ。


「そろそろ到着するッス」


 ハッソウさんが前方を指差す。

 木々の隙間から大きな洋館が見えてきた。

 遠目から眺めても、巨大で立派な建物だということがわかる。


「なにが出てくるのか、楽しみッスね」

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