死神は退屈と嗤う
銀狐
佐藤修(35)、渡河報告
灰色の序章、あるいは幕間
気がつくと、私は灰色の霧の中に立っていた。いや、「立っていた」という表現が正確かは分からない。足元の感覚は曖昧で、まるで水飴の上を歩いているような、あるいは綿菓子の中を漂っているような、そんな頼りない心許なさだけがあった。
周囲には音というものが存在しない。しん、と静まり返っているわけでもない。耳鳴りのような、あるいは遠い機械音のような、低く単調な何かが空間を満たしているのだが、それがどこから来るのか、そもそも本当に「音」なのかすら判然としなかった。
私の名前は、確か、佐藤 修だったはずだ。三十五歳。どこにでもあるような中小企業の、どこにでもいるような中間管理職。趣味は特にない。強いて言えば、週末に安酒を呷りながら、ネットの海に漂う無意味な情報のかけらを拾い集めることくらいか。家族はいない。恋人もいない。
友人、と呼べる存在も、ここ数年は疎遠になっていた。人生とは、概ねこんなものだろう。大きな不幸もなければ、特筆すべき幸福もない。ただ、緩やかに摩耗していく時間の中で、自分という存在の輪郭がぼやけていくのを、どこか他人事のように眺めている。そんな毎日だった。
それがなぜ、こんな場所にいるのか。最後に覚えているのは、いつもの通勤路、横断歩道の白い縞模様、そして、けたたましいクラクションの音と、視界いっぱいに広がるトラックの無機質なフロントグリル。ああ、そうか。轢かれたのか。実にありきたりで、芸のない幕切れだ。まるで、三文芝居の陳腐なエンディングのようだ、と私は思った。
悲しみも、怒りも、後悔も、驚くほど湧いてこない。ただ、妙に腑に落ちたような、諦めに似た感覚だけがあった。なるほど、これが「死」というやつか。想像していたよりも、ずっと地味で、拍子抜けするほどあっさりしている。
辺りを見回すが、視界は悪い。濃い霧なのか、あるいは光そのものが希薄なのか。ただ、ぼんやりと人影のようなものがいくつか見える。彼らもまた、私と同じように、目的もなく彷徨っているように見えた。近づいて声をかけてみようか、とも思ったが、すぐにその気は失せた。何を話せばいいというのか。
「やあ、君も死んだのかい?」などと、まるで同窓会で旧友に再会したかのような軽薄さで尋ねるのも馬鹿げている。そもそも、彼らが「生きて」いるのか「死んで」いるのかすら定かでないのだ。もしかしたら、私が見ているのは、過去の残像か、あるいは未来の幻影なのかもしれない。ここでは、時間という概念すら、意味をなさないのかもしれなかった。
空虚。この場所を一言で表すなら、その言葉が最もふさわしいだろう。全てが曖昧で、不確かで、そして決定的に何かが欠けている。それは、絶望というほど劇的なものではない。もっと静かで、底なしの虚無感。まるで、使い古された舞台装置のように、世界そのものが色褪せ、その役割を終えようとしているかのようだった。
「やれやれ、また一人、迷子が増えたかね」
不意に、背後から声がした。それは、乾いた、感情の欠落した声だった。まるで、長年使い古されたブリキのおもちゃがきしむような、そんな響きを持っていた。
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