花咲け人生交響曲

クロノヒョウ

第1話




 部活を終え帰宅すると、何やらキッチンが騒がしかった。

「あ、兄ちゃんお帰り」

 中学生になったばかりの弟のたくみが母さんにべったりくっついている。

「ただいま。腹へったぁ」

 こういう時の匠は何かおねだりしている時だ。

「お帰り優馬ゆうま。ちょっと待ってね、今作ってるから。ほらもう匠、危ないから離れてて」

 揚げ物をしている音。ということは今日はから揚げか。

 お腹がうずくのを感じながら二階の自分の部屋へと向かった。

 匠は今度は何を欲しがっているのか。

 この前は中学生になるからと言ってスマホをおねだりしていた。

 その前はゲーム機だ。

 共働きの両親は忙しくて俺たちにかまってあげられないから仕方ないと言っては匠を甘やかしている。

 高校生になった俺にも母さんは何か欲しいものはないかと聞いてきたが、俺は黙って首を横に振った。

 ただでさえ高いバイオリンを買ってもらっているのに、これ以上おねだりするわけにはいかない。

 それに今のところ、俺には欲しい物はない。

 バイオリンを練習する時間とうまくなる腕が欲しいだけだった。

「いただきます!」

 着替えを済ませて一階に下りた。

 ちょうど並び終えられたばかりのから揚げを前に匠が手を合わせているところだった。

「いただきます」

 俺も匠の隣に座って手を合わせた。

 父さんはまだ帰っていない。

 帰りはいつも夜の十時すぎだ。

 その頃には匠は寝ているし、俺もわざわざ一階に下りてまで父さんの顔を見にいくこともしない。

 どうせ朝になればほんのちょっとだが顔を合わせる。

 それくらいがちょうどいいと思っていた。

「ねえ、兄ちゃんも頼んでよ」

「何?」

 でたな。援護射撃を求める匠のすがるような目。

「ほら、今流行ってるでしょ、ペットロボットっていうの?」

 母さんが困った顔をしながら俺の目の前に座った。

 ああ、最近外を歩いているとよく見かけるロボットか。

「だってさぁ、みんな持ってるんだよ? 本物の犬はダメって言ってたけど、ロボットだったらいいでしょう?」

 みんなではないだろう。と思っているのはきっと母さんも同じだろう。

「エサもいらないしオシッコもウンチもしないんだよ? 本物そっくりなのに死ぬこともない。ね、兄ちゃんも欲しいよね? 犬」

「べつに」

「ふふ、優馬は部活で忙しいから。でもそうねぇ。ママとお兄ちゃんが帰ってくるまで家には匠一人だしねぇ」

 なんだよこの流れは。買ってやるのかよ母さん。

「一人っていってもこの前ゲームもスマホも買ってもらっただろ。もう飽きたのかよ。じゃあ犬飼ってもおんなじじゃねえの?」

 すぐに飽きて放置されてその辺に転がってるロボットが目に浮かぶよ。

「同じじゃないよ。ゲームはほら、新しいソフト買わないといけないじゃん。ロボットだったらソフトもいらないし、ねえママ、ちゃんとお散歩も行くからさ。お願いっ」

 匠が母さんに向かって両手を合わせていた。

「そうねえ、パパに相談しておくから」

「やったぁ!」

 ほら、やっぱり母さんは匠には甘いのだ。

「ごちそうさま」

「あら優馬、おかわりは? もういいの?」

「うん」

 これ以上聞いているのもバカらしいと思った俺はご飯をかきこんですぐに席を立った。

 犬だろうがロボットだろうがどうでもいい。

 今の世の中では生き物の代わりにペットロボットを飼うのが当たり前になってきているし、最近ではお手伝いロボットも出回りだした。

 一人暮らしにはペットロボットはもってこいだし、お年寄りや体に不自由がある人にとってはお手伝いロボットがとても助かっている。

 なんてニュースでやっていたが、うちは両親と俺と弟の四人で普通に暮らしている。

 だからロボットなんて必要ないし、俺には全く関係ない話だ。

 そう思っていたのに、まさかそのロボットたちと深くかかわる日がくるとは、この時の俺にはまだ知るよしもなかった。




「優馬、今日はあれ、ペットロボットが届くから、初期設定とか頼むな。お前パソコン得意だったろ?」

 朝ごはんを食べていると、出かける前の父さんがリビングに顔を出した。

「んー、わかった」

 両親はとうとう匠にペットロボットを買ってあげたのだ。

「あ、でも優馬はあれか、何だっけ、吹奏楽部で遅くなるのか」

 父さんはそう言いながらリビングに入ってくると俺の目の前に立った。

「オーケストラ部ね。今テスト期間中。練習ないから昼前には帰ってくるよ」

「おお、そうか。悪いな」

「いいよそれくらい。設定なんてすぐすむだろうから」

「とにかく、頼むな優馬」

 父さんは俺に笑いかけるとすぐに行ってしまった。

「行ってらっしゃい」

 人工知能が発達し、人間の仕事がロボットに奪われ始めたのは俺が産まれた頃らしい。

 職を失う者が後をたたなかったそうだし、今では考えられないがデモや暴動も起きたそうだ。

 もともと大手企業専門のカウンセラーをやっていた父さんはそのあまりの現状の酷さに会社を辞め開業した。

 不満を抱え気力を失くした人たちの話を聞いてあげて何か役に立ちたいと思ったそうだ。

 だから人工知能には真似できない、人間の心に深く寄り添いながら話を聞くという仕事をしている。

 父さんによれば『人工知能に仕事を奪われても人間にしかできないことはまだ山ほどある』そうだ。

 職のことはよくわからないが、俺も父さんと同じく音楽は人間の演奏が一番だと思っている。

 人間にしか出せない声がある。

 楽器を奏でる音もそうだ。

 一ミリの狂いもない完璧な機械の音を聴いたっておもしろくない。

 味というものがなく何も感じない。

 人間の呼吸や、そして音に込める魂。

 それらの情熱が聴いている人の心に訴えかけて感動を呼ぶのだ。

 だから俺は人工知能にはできない音楽をやろうと思った。

 ちょっと偉そうなことを言ってみたけれど、父さんもカウンセリングでは古い音楽を聴かせたりもしていると言っていた。

 職を追われ世の中に不満がある人間はたくさんいるけれど、そうやって人工知能とうまく付き合っていくしかないと父さんは言う。

 俺も父さんの意見に賛成だ。

 関わりたくなければ避ければいいし、困ったら頼ればいい。

 ただそれだけのことだ。





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