第8話 気恥ずかしさというスパイス
「な、何とかカルゼリアまで辿り着いたな……」
人の営みを象徴する建造物の数々が遠目から確認でき、心が解れる。一時はどうなる事かと思ったが、
「ここまでありがとな。ここからは歩いていくから、お前は帰っていいぞ」
街の手前にある森の中に着地した
――…………。
「……お前の頼みも聞いてやりたいけど、流石にこの大きさだとなぁ……。せめてヘルみたいに人型になれるなら連れていってもいいんだけど――」
――…………グルゥ!
俺の懸念を汲み取ってくれたのか、
「さ、気を取り直して街に戻るぞ。流石にここまで来れば迷うこともないしな」
「……はい」
額を押さえながら唇を尖らせ、不満そうにこちらを睨むヘルのことは放っておくとして……いよいよ街に戻るのか。
今になってダンジョンから解放され、元の平穏な生活を手に入れたという実感が大きくなり、浮き足立つ感覚と妙な緊張感でどうも気持ちが
「――ほら、早く行くぞヘル! 戻ったら改めて俺のパーティメンバーを紹介してやるからな!」
「別に貴方以外に興味は……ちなみに、パーティの男女比は?」
「え? パーティは俺含めて五人だから……二対三だな」
「……ふ〜ん、なるほど……。ひとまず三人は確定ですね。いや、もしかすると全員……?」
「おい待て、今何を確定させた?」
「……秘密です」
「絶対ロクでもないこと考えただろ! 言っておくが、仲間に手出しするのは許さないからな!」
どうせ「人が増えると構ってもらえなくなるから」とか理由をつけて俺の仲間を始末しよう、とか考えていたんだろう。普通なら明らか冗談だと分かるのだが、ことヘルが言うとたちまち冗談に聞こえなくなるので念の為釘を刺しておく。
「むぅ……分かりましたよ。貴方の仲間には手を出しません。それでいいですよね?」
「あぁ……ったく。変なこと考えてないで、早く行くぞ」
そうして俺たちは森を抜け、馬車道に沿って草原を歩いてカルゼリアの門へと到着した。両端には門衛が立っているが、余程のことがない限り引き留められることはないのでそのまま通過する。
門を潜ると、懐かしいざわめきが風に乗って耳に届く。露店を並べて剣に鎧、ポーションに地図と、必要な物を何でも売り込む商人たちの売り文句、昼夜を問わず行き交う荷馬車の車輪、そして冒険者たちの笑い声と怒鳴り声――その全てが懐かしくて心地いい。
「……変わってないな、ちっとも」
通りを歩けば、旅装束の新米から重装備に身を包む歴戦の猛者まで、さまざまな冒険者たちの姿が目に入る。冒険者がギルドから受ける依頼はダンジョン探索やモンスター討伐といった危険な仕事ばかりだと言うのに、それでも一攫千金と名声を夢見る者たちは揃ってギルドへと足を運ぶ。
「ここが、人の街ですか……。予想以上ですね……」
いつも冷静沈着を装っているヘルも、流石にこの賑わいを前にしては瞳を輝かせていた。
「アトス、あれは何ですか? 人がたくさん並んでいるみたいですけど」
ヘルが服の裾を摘んでぐいっと引っ張る。
「あれか? あれはカルゼリアで人気の屋台だよ。モンスターの肉をタレに漬けて焼くんだけど、そのタレがとんでもなく美味しくてさ。何でも一家相伝のタレだから他の店じゃ再現出来ないってことで、ああして人が殺到してるらしい」
「へぇ……そうなんですね」
「食べたいのか?」
「――えっ!? いや、別にそういう訳じゃないですけど……」
とは言いつつも、今のヘルにはあの屋台しか見えていないらしい。店前を通り過ぎても彼女の視線は屋台の方へ向けられていた。
俺はヘルを引き留めてポケットの中をまさぐる。確か、一枚だけどこかに残っていたはず……。
「お、あった! 行くぞヘル、早く並ばないと列が伸びる」
「えっ? ちょっ――ちょっと!?」
俺はポケットから取り出した銀貨とヘルの手をそれぞれ握って列に混ざる。流石に三年前から繁盛している屋台ということもあり、長蛇に思われた列は次から次へと捌かれて俺たちの番が回ってくる。
「オヤジ、串一本くれ」
「はいよ! ちょいとお待ちを!」
店先に立つガタイのいい店主が慣れた手つきで串を焼き、最後にタレをくぐらせてこちらへ差し出す。
「毎度! 熱いから気ぃつけろよ!」
そうして貰ったモンスターの串焼きをそのままヘルに手渡す。最初は遠慮がちな態度だったヘルもいざ実物を前にしては我慢出来なかったらしく、パクリと先端の一個に食いついた。
「――!」
一口食べた瞬間、ヘルの目がわずかに見開く。言葉には出さなかったが、口元に浮かんだ小さな笑みが彼女の満足さを優に物語っていた。
――ぐぅぅぅぅぅ…………!
「あ……」
ヘルがあまりにも美味しそうに食べているからか、忘れていた空腹感が一気に襲いかかってくる。
「…………悪い、ちょっとだけ俺にもくれないか……」
ちょうど最後の一個を口に入れようとしたところでヘルは「……仕方ないですね」と呟き、食べるのを止めて串をこちらに向ける。
「おぉ、ありがと…………?」
ヘルは串をこちらに手渡すかと思えば寸前で止め、代わりに串を横に向けて空いた手を下に添えだした。
「――はい、あ〜ん」
何をされているのか一瞬理解出来なかったが、意味を理解した瞬間にもっと意味が分からなくなった。
「おまっ!? ここ店先だぞ!?」
「はい、それが何か?」
「『何か?』じゃなくて……! お前、人目が気にならないのか……!?」
店に並ぶ客だけでなく、通りすがりの人までもが俺たちに注目して所々弾けるような声を上げる。まるで街のど真ん中で告白する男女を見かけたような盛り上がりだ。
「別に、他の人間には興味ありませんから。……それより、食べないんですか? それなら最後の一つも私がいただきますけど」
「ぐっ……!?」
食欲と羞恥心の狭間で葛藤が流れる。流石にここまで注目されている状態でこれを受け取るのは……いや! やっぱり食べたい!
――パクッ!!!
「……ふふっ」
まんまとヘルの手のひらで踊らされた俺はせっかくの串焼きを気恥ずかしさというスパイスと共に飲み干し、すぐさまヘルを連れてその場を離れる。
「どうですか? 私からの一口、美味しかったですか?」
「こんな状況で味なんて分かるわけないだろ! ったくお前はいつもいつも人の頭を悩ませやがって……!」
「これくらいの悩みなら可愛いものですよ、きっと」
「……確かに、実際贅沢な悩みだとは思うけど……」
それこそ街に戻れなくなったり、常日頃から命を狙われたりするような危機的なものに比べたら、これくらいの悩みは可愛いもの……。
「――って、悩ませてる本人が言うな!」
はぁ……とりあえず、何処か落ち着ける場所に行こう。そろそろエイシアたちも探しに行きたいからな。
『けどあいつら、今どこにいるだろうか……?』
* * *
――同時刻、ギルド本部の特別作戦室にて。
「――それではこれより、『厄災の巣窟』周辺に出現した
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます