甘やかしたがり屋な甘川さんはとことん俺を甘やかす

白い彗星

第一章 甘やかしたがりな彼女とシェアハウス

第1話 おねーさんの膝はどんな塩梅かね?



 ――――――



「よーしよし。おねーさんの膝はどんな塩梅かね?」


「……えっと、すごい、気持ちいいです」


「ふふん、でっしょー!」


 頭の後ろに広がる、柔らかな感触。俺が枕にしているそれは、女性の膝だ。

 今俺は、女性に膝枕をされている。


 ホットパンツから覗く彼女の白い膝は、まさに極上の枕だ。これまでに自分が使っていた枕など、この膝枕の前ではなんの意味も持たないだろう。

 見上げた先には天井があるのだが、それが半分ほど隠れている。彼女の"山"により半分しか見えないからだ。


「へっへー。素直な子は大好きだよー」


 俺の答えに満足そうに笑う彼女こそ、今膝枕をしてくれている人物でこのシェアハウスの住人である、甘川 紗糖あまかわ さとうさん。女子大生だ。

 俺を除いたら、唯一の住人である。




 ……俺がシェアハウスで甘やかされている理由。それは、大学生になる春の頃にまで遡る。

 俺はひょんなことから、このシェアハウスで暮らすことになった。そこでは、見知らぬ男女数人との同居生活が待っている……そう、思っていた。


 だが、蓋を開けたら……いや、扉を開けたら。出てきたのは、彼女一人だった。



『はじめまして、入居者第一号さん! キミが、ゆうき……くん? あれー、おじいちゃんってば女の子だって言ってたのになー。

 ……まあいっか。私、甘川 紗糖って言うんだ! よろしくね!』



 にっ、と笑った際に口から覗く八重歯が印象的な女性だった。

 ちなみに、彼女が俺の姿を見て「男の子?」と首を傾げていたのだが……気にせずスルーしていた。いやそこは気にしようよ。

 あとで聞いた話だと、"ゆうき"という名前を女だと勘違いしていたのだとか。


 扉を開けて出てきた彼女は、桃色のタンクトップに下はホットパンツという、とてもラフな格好だった。

 そしてラフすぎる格好ゆえに、ノースリーブから覗く二の腕と、ホットパンツから伸びる白い脚が目に映った。


 恥ずかしがる様子もない彼女の姿は、俺には目に毒だった。



『って、あの……さっき、入居者第一号って……』


『あ、うん。ここ募集したばっかで、まだ全然人来なくてさー。だから、ゆうきくんが入居者一人目!』


『えぇ……』



 確かにシェアハウス入居者募集のチラシには、募集したばかりだと書いてあるが……だからって、俺の他には女性一人なんて。

 俺は青ざめ、入居をやめようとした。だが、彼女のキラキラした目……それにお金の問題もあり、シェアハウスに住むことを決めたのだ。


 そうだ、なにを迷うことがある。そもそも俺は"アレ"を克服しに来たんだ。

 女性一人との共同生活。最初からハードすぎる気もするが、すぐに他の入居者も現れるだろう。それまでの辛抱だ。



『ねえねえ、祐樹くん。こっちおいでー、耳かきしてあげる』


『はい!?』



 しかし、入居者は訪れるどころか……彼女、甘川さんはやたらと俺に構ってくる。


 ……彼女との生活の中で、わかったことがある。それは、彼女は年齢に対して子供っぽい部分があるということ。そしてとても世話好きということだ。

 事あるごとに俺を甘やかそうとしてくるのだ。


 この膝枕も、その一環。後ろから抱きつかれたりといったスキンシップは日常茶飯事。時には食事の際「あーん」までしてくるのだ。

 さすがに風呂に一緒に入る……なんてことはなかった。だが数日は、彼女が突撃してこないか構えていたものだ。


「んふ、髪の毛がくすぐったい」


 初めこそ困惑したが、彼女と過ごしているうちにその甘やかしにも慣れた。

 で、今はおとなしく彼女の膝に頭を預けている次第だ。こうして、女性と身体を触れることができるようになるなんて。


 くすぐったいと言いながら、俺の髪を撫でるその手つきはとても優しい。俺の髪で遊んでいるのか、指に絡めたり軽く引っ張ったり。

 彼女におもちゃにされている気もするが、悪い気はしない。俺を見て笑顔を浮かべる彼女は、見惚れてしまうほどにきれいだ。


 なにも、絶世の美人というわけではない。だが、愛嬌と言うのだろうか……よく笑うその笑顔には、なんだか人を引きつける魔力みたいなものがあるように感じだ。

 道を歩けば、十人に八人は振り向くだろうってくらいだ。


「私、この時間好きだなー」


「……俺もです」


「お、じゃあ女の子苦手は克服できたのかな?」


「……それは、どうでしょう」


 今でこそ、こうして身を預けられるようになっている。だが、最初の頃は……ひどかったなぁ。

 俺を甘やかそうとしてくれる彼女。だけど、俺はその度に逃げていた。


 それが今じゃ、この有様だ。献身的に彼女が尽くしてくれたおかげだろう。


「……私は、私だけに甘えてくれる祐樹くんもアリだけどなぁ」


「なにか言いました?」


「なんでもなーい」


 まあ、彼女は自分が甘やかしたいから俺を甘やかしている。その結果、俺の"女性不信"は和らいだと言っていい。


 ……そう。以前までの俺じゃ、こんなこと……考えられもしなかった。




 ――――――――――――




「す、好きです。よければ私と、付き合ってください」


 ……中学三年生の夏。校舎裏で、一人の男子と一人の女子がいた。

 風になびく黒髪を押さえながら、女子は目の前の男子へと告白をした。紛れもなく、愛の告白。


 彼女は、学校の中でも有名人だった。

 腰まで伸びた艶めいた黒髪、ぱっちりと大きく開いた目、スッと通った鼻筋。女子にしては背が高く、スタイルもいい。服の上からでもわかるほどに盛り上がった胸元は、異性の目を集めて離さない。


 ふわりと、スカートが揺れる。制服のミニスカートから覗く白い脚は、細すぎず程よく肉付きがある。これまた異性の目を離さないだろう。

 中学生離れしたその容姿に加え、おしとやかで丁寧な性格は男女問わず人気があった。


 まさしくクラスの、いや学校のマドンナ。そんな人物からの告白に、年頃の男子中学生であれば舞い上がること間違いなしだ。

 あるいは、なにかの罰ゲームで自分なんかに告白したのでは? そう思うかもしれない。

 イケメンとかスポーツ万能ならともかく、なにせ今告白を受けた彼は、なんの変哲もない普通の中学生だったからだ。


 彼女とはクラスが一緒なくらいで、さして接点はない。なのに、こうして告白される意味が分からない。

 告白に舞い上がるでもなく。かといってその真意を探る……わけでもない。彼の心に生まれた感情は、一つだった。


 ほんのりと頬を赤く染めた彼女の告白に、彼の答えは……


「……うっ」


「……う?」


 なにかしらの言葉を絞り出そうとして。彼は嗚咽を漏らした。直後に口を塞ぎ、その様子に彼女は目を丸くした。


 込み上がってくるのは、嬉しさ? 困惑?

 否、そのどちらでもない。この、腹の底から込み上がってくるものは……


 ……純粋なる、吐き気だ。


「おっ、えぇええええっ……」


 そして彼は、込み上げる吐き気を抑えることはできず……告白をしてくれた彼女の前で、盛大に嘔吐した。


 これが彼、一之瀬 祐樹いちのせ ゆうきの……人生初めて受けた告白の結末だった。

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