異世界「を」旅する少女 〜追放魔法使い、悪役貴族、獣人双子、悪役令嬢が仲間になっているんですが〜

汐海有真(白木犀)

プロローグ 一つ目の世界

 横たわる黒の巨体が、灰と化すようにさらさらと欠けていく。

 そんな巨体に腰を下ろす少女がひとり。

 ぼさぼさのセミロングの髪に、昇りたての朝日がきらきらと光を散らす。

 傷だらけの身体から溢れる血も、朝日を浴びて淡く輝いていた。


 少女――音野おとの季節きせつは、十八歳という若さで、勇者として異世界に召喚された。

 そうして今、〈終焉の王―シディンガメス―〉を殺し、異世界を滅亡の危機から救った。


 ――――だが、キセツの物語はここで終わりではなく、むしろここからが始まりだった。


 *


「はあああああああああああああああああ〜?」


 キセツは目を見張りながら、にこにこと微笑んでいる少女にそんな言葉を投げた。


「今、貴女、何と仰いましたか〜?」

「え? だから、ボクの力では、キセツを元の世界に戻すことはできないって」

「いや話が違くないですか!? シディンなんとかを倒したら、あんたの力で私日本に帰れるって話でしたよねえ!?」

「うん! だって、そうでも言っておかないと、キセツはやる気をなくしちゃうでしょ?」

「あああああ無自覚の悪意がいっちばんタチ悪いですからね!?」


 頭を抱えるキセツに、少女は「まあまあ、気を落とさないでよ」と背伸びしてキセツの頭を撫でる。


 ふたりがいるのは、〈神様の間〉だった。

 どこまでも広がる澄んだ青空に、鏡張りのような地面が映すのは遠く離れた異世界の地上。

 キセツの目の前にいる長い赤髪の少女は、この異世界を統治する神様だ。

 まだ人間で言えば十歳ほどの見た目だというのに、多くの人間離れした力を有している。


「ううう……私がこの世界に召喚されたの、最推しライトノベルレーベルの新刊発売日前日なんですけれど……新刊のために頑張って倒したのにい……」

「その、らいとのべる? というのは何だっけ」

「今私の身に起こっていることをそのまま小説にしたようなやつです……というか、そんなのはどうでもよくて! 私が日本に帰る方法、なんかないんですか!?」

「あるよ」

「あるのお!?」


 驚きで目を丸くするキセツに、少女はこくりと頷いた。

 キセツはやれやれと言った様子で笑顔になりながら、少女へと問う。


「それならそうと早く言ってくださいよ〜……で、どうすれば私は日本に帰れるんですか? この異世界につよつよ魔法使いがいて、帰還転送陣的なものを用意してくれるとか?」

「あはは、そんな魔法使いがいたら、キセツを勇者として召喚したりせずに、その人に〈終焉の王―シディンガメス―〉を倒してもらったよ」

「まあそれもそうか……確かに私の旅パ、私だけだったし……そもそも勇者しかいない旅パってやばいですからね? 魅力的な仲間がいてこその勇者ものライトノベルでしょう?」

「キセツが何を言っているのかはよくわからないけど……」


 少女は首を傾げてから、キセツが「日本に帰る方法」を語り始める。


「要は、キセツにとっての異世界は、この世界だけじゃないんだよ」

「えーと……つまり?」

「つまり、異世界っていうのは沢山存在していて、その世界ごとにボクみたいな神様がいるの。神様の持つ力は神様ごとに異なっているから、キセツを元の世界に戻すことのできる神様もいると思うんだ」

「ああ、なるほど……」


 キセツは腕を組みながら、ふむふむと頷いた。


「……ちなみに、『絶対いる』ではなく、『いると思う』なんですか?」

「うん、確証はないよ! ……ってにゃににゃに、いひゃい、いひゃいよー」


 キセツは暗い目をしながら、少女の柔らかなほっぺたをぐにーと伸ばす。

 一分ほど少女のほっぺたを弄んだ後で、キセツは手を離すとはあと溜め息をついた。


「まあつまり、私はこれから、ソシャゲの百連ガチャを回す感覚で異世界の神様を訪ねていけばいいってことですよね?」

「そしゃげのひゃくれんがちゃ、が何かはよくわからないけど、そういうことになるね!」

「でも、どうやって訪ねればいいんですか? では、流石にそこまでのことはできないと思うんですが」


 キセツの問いに、少女は三本の指を立てながら笑う。


「安心して。キセツはこの世界を救ってくれたから、報酬としてさらに三つ力をあげる!」

「え、三つもくれるんですか!? 気前いいな!?」

「そうでしょ。まず一つ目は、『異世界を旅する力』。これがあれば、沢山の異世界を訪れることができるよ」

「おおお、ありがて〜」

「続いて二つ目は、『通行証となる力』。神様もいきなり来られるとむっとしちゃうかもしれないから、お土産を渡す感覚でこの力を渡してね」

「マジの旅行感〜」

「最後に三つ目は、『老化を遅らせる力』。元の世界に戻れることになったとき、キセツがおばあちゃんになってるとまずいからね」

「配慮助かる〜」


 少女はにこりと微笑んで、両手をお椀の形にすると三つの光を錬成する。

 その光がふわふわと宙を漂ってから、キセツの身体を包み込んだ。

 キセツは少しの間目を閉じて、それからゆっくりとまぶたを持ち上げる。


「はい。これでキセツの中には、元々あげていた力も含めて、四つの力が宿ってるよ」

「ふふ、助かります! よーし、それじゃあ百連ガチャ、回しに行くか〜!」


 キセツは大きく伸びをしてから、少女に手を振ると〈神様の間〉から姿を消す。

 少女はふわあと欠伸をしてから、思い出したように口を開いた。


「あ、キセツに言い忘れてた……最近どこの世界も破滅に向かってるから、また異世界を救う手伝いをさせられると思うって……まあいっか、寝よ」


 少女は無からふかふかのお布団を召喚すると、すやすやと眠り出した。


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