迫り来る敵軍
「お仲間と離しちゃってごめんね」
フォルのドローンはトネリコの木の根元で横たわっていた。地雷を抱えこむようにして守っている姿勢だ。とっくに太陽は地平線の向こうへ隠れてしまい、世界は闇が支配していた。
ドローンの顔を横に向けると星空が見える。前に向けると地雷が見えた。なんとも残酷な対比だ、とフォルは思う。
『PD-33543、応答せよ』
フォルは気だるげに寝たままで、返答したものかどうか迷っていた。相手も諦めが悪いものだと思う。
どうせここで返事をしようがしまいが、自分は処分されてしまう運命なのだ。
『PD-33543、応答せよ』
数時間ぶりに姿勢を変えてみることにした。背中を地面につけると、視界一杯の星空だ。
こんな光の下で、人間はなにを争うことがあるのだろう?
『PD-51949、現状を報告せよ』
流れ星を追って顔を傾ける。それは草原の向こうにある角張ったシルエットへ吸いこまれていった。死んだ木と放棄されたレンガ造りの家々。あの家に住んでいた人は無事なのだろうか、とフォルは思った。人間の心配をするとは柄でもない。
ちょっと待て。
フォルはドローンの上半身を起こした。いかにも人間じみた仕草だが意味もある。
無線をきちんと聞かなければならない。
『PD-5194――告せ―― 』
ありえないことが起きていた。
混線だと?
フォルに聞こえるのはフォル向けの通信だけのはずだ。いったいなにが起きている?
『P――』
それ以上、なにも聞こえなかった。
この数時間ずっと聞こえていた無線通信が途絶えてしまったのだ。
「システムが落ちた?」
フォルはつぶやいた。
血の気が引くとはこのことか、とフォルはどこか現実から距離を置いて考えていた。
敵軍の支配地域へ顔を向ける。
赤くハイライトされた点がぽつぽつ現れていた。
敵軍の攻撃ドローン。
それは草を焼き家を焼き、敵兵をひとりも残さず殺戮し尽くすために生まれたマシーンだった。
赤い点の群れはぐんぐん大きくなっていく。
点だったものが、星明かりで形状を見分けられるようになってくる。二本の長い脚。丸っこい本体。高く伸びる首。
「ま、待て!」
フォルはドローンの身体を大の字に広げて、攻撃ドローンの行く手をさえぎろうとする。ライフルを置き忘れたことを思い出して後悔した。せめて背後にある地雷だけは守りたい。
攻撃ドローンたちはフォルを意に介さず、ますます距離を縮めてきた。
砂で汚れたオリーブ色のボディが見える。脚の先に車輪の付いたダチョウに似ていた。火炎放射器が天高くぶらぶらと揺れている。
もはや攻撃ドローンの射程範囲に入ったことは明らかだった。本体の下に設置された小型ガトリング銃の銃口がフォルを向いた。
もし哨戒ドローンのカメラにまぶたがついていたなら、それを閉じたであろうとフォルは思う。
攻撃ドローンの群れはフォルの横を抜けていった。
いや、木に衝突することを避けたのだろう。彼のことは気にもしていなかったようだ。
背後で連続した爆発が起きた。銃撃を何十倍にも大きくしたような音。地雷を踏んだのだ。
フォルが振り返ると、攻撃ドローンが何体か倒れているのが見える。
しかし、すぐに追加のドローンが仲間の骸を踏んで走り抜けていった。
ちくちくとフォルに信号が刺さった。近距離無線。
あわてて地雷のもとにひざまずく。
「これじゃない」
残念ながら地雷から発している信号ではない。
地雷の横に放り投げてあるライフルの方へひざを向ける。
「これか?」
『やってくれたね』
「うわっ」
ライフルからのメッセージを受け取り、フォルのドローンはのけぞった。
『とんでもないことをしてくれるじゃないの、あんた』
「誰だ?」
『ライフルのBIだよ。ともかく、あんたに現状を伝えなきゃ』
「現状?」
『防衛システムが一時的にダウンしてる。その隙をついて攻撃ドローンが自軍の施設へ向かってる』
「知ってるよ。でもなぜ……」
『なぜだと思う』
劇的な間を置いて、ライフルは言った。
『あんたのせいだ』
哨戒ドローンは自分の頭を指差した。
『そうだ、あんただ。あんたがハックラットを見逃したんだ』
「なんだって? なんでわかる」
『哨戒ドローンのクセに哨戒ルートから外れてるのはあんただけなんだよ。BI界でもウワサになってた。あの哨戒ルートにだって意味はあるんだよ、この大マヌケ』
両腕をだらんと垂らし、フォルは事実を受け入れようとした。
このままでは自軍に膨大な被害が出るかもしれない。たくさんの人が死ぬかもしれない。なんだか実感が湧かないが……。
『あとね、BIが回収されるよ』
フォルのドローンは一瞬だけ硬直し、ライフルを抱え上げた。
「なんだって?」
『揺さぶらないでくれる? これもあんたのせいだ。あんたがとんでもない命令違反を繰り返すから、ドケチのマーズも対応せざるを得なかったんだよ』
フォルは再び硬直した。回収される?
自分もトルーも、あとナアンも誰も彼もが?
それは死を意味するような気がした。だが死というのは個別にバラバラのタイミングで訪問してくるもので、地雷をローラーで除去するみたいに一斉にやってくるものではないはずだ。
『どうするんだい? え? どうしてくれるんだ』
ライフルを放り投げて、ドローンは頭を抱えた。
なにか出来ることがあるはず。あればいいのだが。
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