【#01】日報:世界征服 第1話 前編「狂犬と参謀」

※ここは、世界征服を”業務”として行う会社の物語です。

初めての方は、入社手続き(#00)からどうぞ!


その日は、特に疲れていた。


 大した犯罪がなかったことは、実に喜ばしいことだが。


 横断歩道を渡れないご老人の手伝い。

 猫を木から降ろす。

 飛んで行った風船を取ってあげる。

 自転車泥棒を捕まえる。  

そんなささやかなヒーロー活動を終え、専用端末で任務完了報告とシフトの退勤連絡を送った直後だった。


 派手な爆発音。目の前の銀行から煙が上がり、悲鳴が響く。


 本当についてない。


「へへへっ、貯金日和だなぁ~?財布も命も預けて行けよぉ!」


 下品な怒声と枯葉色の癖っ気のある髪の男が、巨大なマチェーテを振り回してニヤついているのが見える。  その隣には、黒いスーツをしっかり着こなした眼鏡の男が鋭い目つきで警戒している。


「ノース、カメラは、壊しましたか?」


「あぁ?全部ぶっ壊したよ!ぶっ壊せば結果オーライ!!」


 あっこれ関わったらやばい連中。  

悪の組織の狂犬ノースと氷の参謀、山田だ。


 俺みたいな時給で働く下っ端ヒーローが関わるべき存在じゃない……。

 でも、俺は——ヒーローだから!


「いくしかないか!!」


 走り出しながら専用端末を起動する。


(……シフト外でも、これは報酬出るやつだよな?)


 爆風の熱気が顔に当たってる時点で、もう遅い。  

足は止まらなかった。


「止まれ!(株)正義の味方所属ヒーロー、コード041。

ミラーレス参上!お前たちを逮捕する!」


 ノースがこちらを見て、ニィッと牙をむいた笑みを浮かべる。


「おうおう、ヒーロー様じゃねぇか!バイトか?時給いくらよォ!」


「このおバカ……さっさとしろ。面倒なのが来てしまいました。」


 山田が銃を構え、こちらに照準を向けてくる。  

ヒーローとして、退けない。でも心の中ではこう叫ぶ。


(時給が!! 命に見合ってねぇんだよ!!!)


 俺の能力は、「5秒先の未来を見ること」。

 5秒先——長いようで、やっぱり短い。


 しかもこいつら相手に通用するとは思えない。


 資料で読んだが、このノースという男……かなりやばいらしい……。


「こちとらぁ時給じゃなく成果報酬なもんでなぁ。」


 にたりと笑った口元から牙がぎらぎらとしている。

目が笑ってない。

これは、中々に怖いな。

 俺の足は、かすかに震えていた。


「軽く遊んでやるよぉ下っ端ヒーローぉ。」


 最悪だ。こんなつもりじゃなかったのにな。


 でも、よかった。

あらかた一般人の避難は終わってるようだ。

 銀行内は、ひどいありさまだったが、けが人もいなさそうだ。


「ノース…ほどほどに。こちらは、あと10秒で金庫も開錠完了です。」


 目の前の凶悪な男は、マチェーテを担ぎ直し、腰を低く、いつでも飛びかかれる体勢をとる。


(見える、5秒後……!)


 未来視が映し出すのは——顔面にマチェーテが振り下ろされる俺の姿。


(あ、やっぱ通用しねぇわこの能力!!!)


 本能で回避、転がるように避ける。

 辛うじて、かすっただけで済んだ。

左肩に薄い切り傷。

血がにじむ。


「ちょろちょろ動きやがってぇ……チッ、ウゼェな!!」


 ノースの連撃。

 未来視に頼りすぎると、タイムラグが命取りになる。


(落ち着け……見極めろ……!)


 俺はあくまで“支援型”のヒーロー。  

こういうのは、真正面からぶつかっちゃいけないんだよ!!


 警棒を逆手に構える。

「……避けろ、俺……っ!」


 次の瞬間、5秒後に飛び込むノースの足が一瞬浮いた。


(そこだ——!)


 警棒で床を叩き、破片を目に散らす。

 ノースが片目を細めた刹那、その足元へスタンモードに切り替えた警棒を叩き込む——!


 バチッ!!


「ちょいチクっときたなぁ!? ははっ……悪くねぇ!!」


 ノースの顔が笑っている。

効いてねぇのかよ、今の!!


「ノース! 撤退です!」


「へいへい……っと。じゃあな、ヒーローくん。

今度会ったときは、その“5秒”ぶっ壊してやるよォ」


 軽やかに、笑いながら彼らは撤退していく。  

命はある。

街も守れた。

……でも。


(正義って……こんなに、報われないのかよ)


 ポケットに入れた端末が、報酬通知をピコンと鳴らす。


【報酬:3,500円(+ヒーローポイント1pt)】


「……やっぱり見合ってねぇだろォ!!」




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