第9話 特訓

(――とはいったものの……どうすっかな)


 自分のレベルアップの過程を思い出してみる。

 初期の鉄血軍人レベルアップの特訓はスパルタ教育だった。最初の一週間は耐久テストと称して丸一日エアソフトガンで撃たれ続ける拷問を受けた。慣れてきた者から高所からパラシュート無しで落とされるという頭のおかしい降下訓練に参加させられる。最初は骨折で済む距離から落とされ、どんどん人間では死ぬ距離にシフトしていく。


それすら掻い潜った猛者は刃物系の罠が多数仕掛けられた殺刃演習場でのサバイバル演習を義務付けられた。振り子刃や吊り天井、串刺し落とし穴で途中脱落したメンバーも翌日には再参加していたのが恐ろしい。


最後は実弾を向けてくる武装教官相手に素手で戦わなければならないという卒業試験を終えて第一世代は実戦投入されることになった。特訓参加者は気が付いたら身体強化や硬化を身に着けているという仕様である。


「昔はレベルを上げなきゃ命がなかったからなぁ。とてもじゃないが、今の若い子には参加させられねー。……っていうかこんな杜撰なカリキュラムでよく死人がでなかったよな」


 世界大戦の敗戦で後がなかったにせよ、あの頃のゲルド兵は頭がおかしかった。その教育を受けた被害者達の訴えでようやくまともなカリキュラムが組まれることとなった。とはいえ、そのカリキュラムは個人の才能に見合った教育プランであり、突出した才能を持つ者はすぐに部隊配属されるが凡人はレベルを上げるまで何年も掛かってしまうのである。すぐに活躍したいと熱望するアデーレが書類を偽装するのも無理からぬことだった。


(スパルタは駄目。ゆとり教育も駄目。これは八方塞がりだぞ)


「少佐……私はどうすればレベルを上げられるのでしょうか?」


 ここ数日観察して気づいたのはアデーレは身体強化すらまともに使っていないということだ。先程持続時間が短いと自己申告したがそれにしても少ない。使った個所は緊急回避時の反射神経向上と射撃の際の命中率向上くらいである。微力な能力をさらにセーブして使っている。本人としては切り札として残しておきたいのだろうが、これでは全身の細胞に進化の予兆は顕れようがない。


「まずは積極的に鉄血の能力を行使することから始めろ。明日からの演習では枯れるまで力を使え。話はそれからだ」


 上官の助言に従い、アデーレは自身の力を出し惜しみすることはなくなった。射撃演習、防衛演習、奇襲、夜襲と毎日演習は続いた。来るべきフランカ、ビルタニアとの決戦に向けてゲルド軍の努力に余念はない。アデーレは、短期間の演習でもただの的当てでも一発一発、一分一秒さえ集中して取り組むようになった。


「少佐の期待に応えないと!」


 不正を働いて入隊した負い目からか休憩時間を削り、寝る間を惜しんで能力向上に努めた。学生時代から向上心は人一倍あった彼女は進路を示されたことで妄信的に実行に移したのだ。そのおかげか小さな結果は見えだした。身体強化の持続時間は着実に伸びていき、連続使用もできるようになった。

 だがレベル2の硬化が現れる兆候は感じられなかった。その事実が彼女を焦らせた。


(意識を集中させれば眠気を感じない。もっと頑張らないと……。ここで終われない)


 訓練中、それまで好成績を収めていたアデーレの射撃が全く目標に当たらなくなった。挽回しようとするがケアレスミスを連発してしまう。それでも無理をし続けたことで急激な目眩に襲われてしまう。視界が歪み、疲労が圧力となって体にのしかかる。身体強化で無理やり体に鞭打つがもう限界だった。アデーレは演習中に意識を失ってしまった。


 軍医室で目を覚ましたアデーレは自分が過労で倒れたのだとすぐに悟った。周囲には軍医の姿は確認できない。窓の外から聞こえる男達の声から演習はまだ続いていると推測したアデーレはすぐに病室から抜け出そうとした。


「どこへ行くつもりかな?」


「ローゼンハイム大尉。いらしたのですか?」


「誰が君をここに運んだと思っているんだい」


 よくよく思いだしてみると意識を失う寸前にテオバルトが駆けつけてくれた記憶があった。座りながら敬礼し感謝の意を示すアデーレをテオバルトは無理やり寝かしつけた。


「私、演習に行かないと」


「君の今の仕事は休むことだよ。それに、部下が過労で倒れれば叱咤を受けるのは上官だ。少佐殿がなぜここにいないのか想像できないのかい?」


 珍しくテオバルトの語気が強かった。少し想像すればわかる話だった。今メアリックは部下に無理をさせ過ぎたということで管理責任を問われているのだ。見舞いにこないのではなくこれないのが正しかった。無理な演習の理由を尋ねられればアデーレの鉄血力の低さを話さざるを得ない。学校に戻されるだけでなく退学になる可能性すらあった。

 アデーレは大人しくベッドに身を預けるしかなかった。


「君の事情は少佐殿から聞いている。書類を偽装したのは驚いたが、鉄血力が足りていないのは想定はしていた。隠し通せることではないよ」


 全てお見通しだと観念したアデーレは思い切って上官に「最も知りたいこと」について尋ねてみることにした。


「大尉はどうやってレベルを上げたのですか?」


「ん? 私は《鉄血化》したときからレベル2までは体得していたぞ。一週間の鍛錬でレベル3に至ったしな」


 若くして大尉になるだけに実力は箔に付いているようだ。テオバルトの意図したことではなかったが才能の差をありありと見せつけられた形となった。


「私は凡人ですので、努力を積まなければならないのです」


「危機感を持つのは良いことだが焦るのとは違う。少佐殿は能力に慣れろとおっしゃったんだ。君のは濫用だ。新陳代謝をよくしすぎたせいで消化が早くなって栄養失調になっている。脳を覚醒しすぎたせいで必要な睡眠が出来てない。このまま続ければ死ぬよ」


「それもいいかもしれません。体調管理もできず、レベルも上げられない弱卒です。少佐もきっと見限られたに違いありません」


 弱音を吐く部下相手には慰めの言葉をかけるべきなのだろう。しかしテオバルトはそれよりも気になる言葉があった。上官を薄情な人間だと断ずる言葉だ。


「少佐殿は薄情な人ではない。君は今日まで少佐殿を見てきたはずだ」


 アデーレが回想するメアリックは理想の上官だった。女だからと軽視せず、軍人として扱ってくれた。悪意を向ける人間からは庇ってくれた。入隊にあたって行った不正に関しては頭から否定するのではなく、入隊規定を満たすための力をつけろと助言してくれた。そんな上官だからこそこの鉄血第七師団という居場所を失いたくはなかったのだ。


 口を開こうとした時、軍医室の扉が開いた。

 うんざりした様子で入ってきたのはメアリックだった。大佐に大目玉を喰らっていたらしい。しかし目を覚ましたアデーレを見つけるや否や活気を取り戻して労った。


「アデーレ、良かった。目を覚ましたんだな! 大事ないか?」


「ええ。少し休んで回復できました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


「いや、お前の生真面目な性格を考慮に入れておくべきだったよ」


 アデーレは自分に下される沙汰を待つ。彼女の心境を察して努めて優しく肩を抱く。


「あぁ鉄血入隊時の書類偽装に関しては気にしなくていい。鉄血軍人としてレベル2を使いこなし、レベル3に目覚めつつあると報告しておいたからな。その無理な努力で倒れたということにしておいた」


「しかし、そんなことをすれば!」


「ああ。これで俺はお前と共犯だ。今までは黙認だったが、偽証したからな。……おいおい心配そうな顔するな。嘘を本当にすればいいだけだ。お前ならできると信じている」


「ディートリヒ少佐」


 テオバルトが「言った通りだろ?」とウィンクしてみせる。メアリックは部下を庇ってくれたどころか一緒に泥をかぶるのも厭わなかった。感涙するアデーレの頭を撫で安心させるように言った。


「能力に慣らすという目標はおおよそ達成で来たし、十分な時間ができた。ちょうどお前に合った能力特訓プランを思いついたんだ。明日から実戦だ。テオにも協力してもらうぞ!」


「「了解であります(ヤヴォール)!」」


 アデーレは翌日から猛特訓が始まると思っていた。

 だが予想と違って三人は水着にサングラスというバカンススタイルでプールに立っていた。民間の遊泳プールではなく、水上訓練に使われる軍用プールだった。軍用だけあって面積はとても広く、大人数が泳げるスペースがある。訓練用なのでプールサイドは砂浜状になっていた。アデーレは黄色、メアリックとテオバルトは黒色のビキニスタイルを身に纏い、プールサイドで準備運動する。髪色に沿った水着はよく似合っていた。互いに別の理由で水着姿を晒すことは遠慮していたが、今は三人だけだ。


「まずは砂浜での走り込みからだ。砂は脚を取られて体力を持っていかれる。続けていればそれだけで体力がつくからな」


 メアリックの合図で往復訓練が始まる。テオバルトは見本を見せるようにアデーレの前を走った。平坦な道を走るのとも坂道を駆けるのとも違う。柔らかい砂場は徐々に体力を奪っていく。日差しが無いだけマシなのかもしれないが、ニ時間も続けていれば体力は尽きる。汗が肢体をつたって零れ落ちる。その場で四つん這いになって息を整えた。


「アデーレ? もうばてたのか」


「ハァハァ……すみません。少し休憩させてもらえませんか?」


「何言ってる? まだウォーミングアップだぞ」


「えぇっ!? まだ本番じゃなかったんですか?」


 年頃の娘の濡れた身体はメアリックには刺激が強かった。今でも風呂に入るときは目を反らすくらいだ。紅潮した顔で見上げられるのは辛い。しかし女性の姿に魅力を感じられるということは男としての本能が死んでいない証拠である。その事実に少しほっとしたメアリックは視線を逸らしながら咳払いした。


「仕方ない。次のステップだ!」


「ひゃっ! 冷たい!」


 いきなり冷水を浴びせられて面食らったアデーレは頭を振った。顔を拭うとドヤ顔したメアリックが水鉄砲を装備している姿が見えた。最初はただの水遊びかと高をくくっていたが、メアリックが黒い笑みを浮かべて水鉄砲を太いホースに繋げ出した。まるでバズーカ砲のようにカスタマイズしてしまったのだ。


「ポンプ式流水砲だ。ただの水だと侮るなよ。圧縮した空気ごと撃ち出す放水は人間一人フッ飛ばすことは容易い。打撲や骨折を負った訓練兵も多いぞ」


「そ、そんな危ない物持ってこないでくださいよ!」


「なぁに当たらなければ問題はない。レベル1をフル活用すれば躱すことが出来るはずだ」


 早速放水攻撃が始まる。水圧の強さが尋常ではないことは当たった砂場が大きく抉れることから一目瞭然である。初めはレベル1の身体強化で攻撃を躱し続けていたが、プールから無尽蔵に組み上げる弾切れ無しの水砲を躱し続けるのは至難の技だった。先程の走り込みによる体力消費と合わせて足取りが覚束なくなっていく。そんな隙を鬼教官が見逃すはずもなく容赦ない水砲が腹部に直撃し、そのままプールに弾き飛ばされてしまった。


「ぷはっ! 持続時間短いって言ったじゃないですか!」


「だからその時間を長くしなきゃ話にならないってことだ。実弾だったら死んでるぞ。テオもアデーレを撃つんだ」


「えぇー!? 二対一ですか!? ちょっ待っ――」


 水鉄砲とはいえベテラン軍人二人の射撃を長時間躱せるはずはなかった。水死体のように浮かんできたアデーレを速やかに回収する。彼女が回復するまで一時休憩となった。


 しばらくタオルケットで寝かされていたアデーレはビーチボールの跳ねる音で目を覚ました。ゆっくり体を起こすと、既に体力は回復しているらしい。鉄血の回復力が板についてきている証拠だった。気絶してしまった自分を恥じて上官達の姿を探すと、呑気にビーチボールで遊んでいた。


「わービーチボールですかー? 私もやりたいです!」


何も知らずに駆け寄ってきたアデーレを見たメアリックは「そうか。乗り気で何よりだ」と邪悪に微笑む。指で回していたビーチボールを上空に放り投げてジャンプする。呆気にとられるアデーレに向かってサーブを御見舞いした。疲労した体では剛速球のボールに対応できず、顔面で受け止めることになってしまった。


「ぶへっ!? ……固っ! 何なんです?」


「動体視力を養うための訓練だ。決して遊びではないぞ!」


 綺麗なフォームで次のサーブが襲ってくる。やってきることはビーチバレーの特訓だが、サーブを受けたアデーレはすぐに遊びではないと悟った。受けた手が痛いくらい痺れている。普通のビニール製と違ってやけに重いのだ。


「昔鉄球を持ち運べないかという発想からビーチボールに鉄の性質を加えたんだ。実戦には使えない失敗作だが、鉄血の訓練には存外役に立つ。今からお前が取りこぼすごとに重さを加えていく。受けられなければそれだけ重くなるぞ」


「ひえ~!」


 傍から見れば美少女達が浜辺でビーチボールに明け暮れている微笑ましい絵面だが、実際は鉄球をぶつけられる血潮に塗れた猛特訓へと化していた。一度眠って回復した体力を再び奪われてしまった。


「よし、今日はこの辺で良いだろ」


「いい汗かきましたね。少佐殿、シャワー浴びていきましょう。アデーレも来るだろう?」


「うぅ……足腰が……」


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