第2話 英雄将兵女の子になる
「なんてことだ! これは由々しき問題だぞ!」
ゲルド帝国の若き軍人、メアリック・ディートリヒは天を仰いだ。
弱冠十七歳という若さで少佐まで異例の出世を遂げた彼の経歴にはカラクリがあった。寒村出身の彼は、実家への資金援助を条件に実験段階の〈
第零師団に配属された彼は、体を強化、硬化させる〈
その戦いぶりから【
そのはずだが、今〝彼〟の書斎で項垂れているのは紅いメッシュを入れた長い黒髪の少女だった。血を分けた妹ではない。まして彼のファッションを真似したがるコアな女の子ファンというわけでもない。メアリック・ディートリヒ本人である。
鏡に映る自分の姿を今一度確かめてみる。男モノの軍服を酷く不格好に着崩している少女は多少面影があるものの、【
「ふざけるなぁ――!!」
「少佐殿。お気を確かに!」
自分を労わるのは銀髪が美しい少女だ。宝石のような丸い眼と白銀の髪を有した彼女はお嬢様学校に通う貴族の息女のような容姿だった。スタイルも背も今のメアリックより上である。心の中にあるモヤモヤを払拭するようにメアリックは〝彼〟に詰め寄った。
「テオ、お前は悔しくないのか! 突然女になったんだぞ!」
「それは……まぁ、驚きましたが……」
テオバルト・ローゼンハイム。《鉄血第二世代》であり、メアリックの右腕にあたる腹心の部下である。彼もまた若人でありながら活躍してきたが、さる思惑により性別が逆転してしまっていた。しかしテオは上官とは対照的にこの状況にまるで動じていないようだ。
「どうしてそんなに落ち着いていられる? 突然股間を武装解除されたのだぞ!」
「私一人なら取り乱していたでしょう。ですが少佐殿と同じ境遇ならば耐えられます」
言われてメアリックは急に自分が恥ずかしくなった。自分より一つ年下であり、後輩かつ部下であるテオバルトが毅然としているのだ。上官である自分も相応しい立ち振る舞いをしなければならないだろう。落ち着きを取り戻したメアリックはどうして性転換してしまったのか分析してみることにした。
「昨日は確か……総統閣下の差し入れを食べたんだよな……」
帝国臣民から人気の高いベルトルト・フォン・ビスマルク大総統閣下。
今やこのゲルド帝国の主幹となっている彼は、昨日戦勝記念として功労者を集め、直接勲章授与を行った。集められたのはゲルド帝国の懐刀である屈強な男達。中には犬猿の仲の者もいたが、総統閣下の手前、素直に互いの健闘を讃えあった。
ベルトルトは、お抱えの専業農家から取り寄せた食材をふんだんに使用した高級料理を彼らに振舞った。共に食事をとるはずだったベルトルトが多忙のため席を外すことになったのは残念だが、食事会は盛況の内に幕を下ろした。
そう、考えられる理由は一つしかない。しかしゲルド帝国民であるが故にその可能性を言及するのも憚られた。メアリックは何とか他の可能性について考えてみる。
「やはり閣下の用意された料理に何か入っていたのではないですか?」
ズバリ部下が核心を突いた。恐れを知らない物言いは若者の特権だ。メアリックとは一つしか違わないが、軍歴はもっと差がある。敬意を払うべき相手に嫌疑をかけるな、と上官らしく叱咤する必要があった。
「お前、それは言っちゃアカンやつだぞ」
「先入観に囚われて大事を見失うな、とご教示くださったのは少佐殿です」
「そ、そうだったな。というかよく覚えてたな」
「はい。……あの、少佐殿」
テオバルトの顔が紅潮している。そして妙に視線が泳いでいる。実戦の疲れで風邪をひいたのか、或いは昨夜の馬鹿騒ぎの二日酔いが続いているのか、と考えたメアリックはすぐに自身の考えを否定した。彼は健康的であり下戸だ。
(病気でも酔いでもないのであれば何で……ハッ!)
彼が時折合わせる視線の先を追って行くと、自身の胸部に行きついた。以前は敵の弾丸をも弾く自慢の胸筋があった場所には女性らしい乳房があった。そして不格好な男モノの軍服がサイズに合わずに露出しそうになっていた。
「自分も若い男ですので刺激が強すぎます」
「そう言うオマエも大概だぞ――とこれはマズいな」
状況把握と敵の考えの予測は戦場で欠かせない技術だ。互いの姿を確認した若き将兵は、自分達の置かれた状況を再認識した。軍の中は基本的に男社会である。女に飢える男達が大勢いる。そんな状況で半脱ぎの不格好な服装でいることは彼らを刺激しかねない。
メアリックがとった行動は、事務部への女性軍服の手配だった。
そして数分後、支給された軍服を取り出したメアリックは愕然とした。
「全部スカートじゃないか!」
「〝軍内の女性は全てスカートを着用すべし〟。ゲルド帝国軍法にも記載がありましたね」
「……そうだったな。テオ、俺は今、女性に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
「自分もです」
文句を言いながらも着用を終えた二人の少女が鏡台の前に立つ。黒を基調とした軍服は若い少女をより凛々しく見せつけた。スカートはヒップを強調しているが下品さは感じず機能美に優れている。鉄十字の意匠が施された軍服は着用者を帝国軍人だと自覚させ、心を強くしてくれる。そして双方微妙に意匠が異なっていた。メアリックの衣服は最近生まれたヘビーメタル系のようなコンセプトを感じさせる。片やテオバルトは学生服を思わせる清楚なものだった。そして当たり前のようにミニスカートである。
「よくお似合いです。少佐殿」
「テオも存外様になっているじゃないか。しかしこの履物は慣れんな」
愛らしい軍服を精悍に見せるのは輝く勲章の数々である。二人共若さの割りには結構な数を賜っている。強面で威嚇できない今の姿では形ある実績はとても頼もしかった。運動会で金メダルを取った童子の如く何度もその位置を調整し直した。
「さて、そろそろ電話が掛かってくる頃だな」
言ったと同時に備えつけの電話が鳴った。
メアリックは「すぐに行きます」と返事を返して通話を切った。
「どうして電話が来ると分かったのです?」
「① 我々が女になってから事務員などに接触したが追及されなかった。②昨夜の宴会には他にも参加者がいた。そこから導き出される答えは?」
「他にも犠牲者がいると?」
「ああ。俺達より早く動きだしていたようだ。〝原因解明と今後の方針を決める会議を開く。至急参加されたし〟だとよ」
会議参加のためテオを連れて廊下を歩くメアリックだったが、本当は気が進まなかった。
この会議に参加するのは昨夜功労を讃えられた面子である。即ちゲルド帝国軍が誇る《鉄血師団》の初期メンバー達。いずれもこの二次大戦において各所で勇名を轟かせる豪傑達である。
しかし、メアリックは彼らが苦手だった。実力にそぐわぬ気弱さのユーリウス・グラッツェル少将、マッドサイエンティストのヨハネス・フランケンシュタイン少将、時間に厳しく小うるさいギャレン・ザイフリート大佐、脳筋のベアニー・アッヘンバッハ大佐、過度な世話焼きのレイナート・フレンツェン中佐、寡黙で何を考えているか分からないカミル・リンテンベルク中佐。皆実力以上に個性が強すぎる面子である。
彼らはかつて同じ第零師団に属していた。即ちメアリックの元上司達である。ビスマルク総統閣下のご厚意でなければ同じ部屋にいることも遠慮したい存在だった。それでもこの姿はどうにかしたいので、苦手意識を心の隅に追いやり、会議室の扉を開けた。
会議室では先に集まった少女達が甲高い声で騒いでいた。元は屈強な姿をしていたが、今は見る影もない。円卓に腰かける少女達は各々美しい容姿を歪ませている。悪態をつき、脚を机に置く少女や絶望し机に突っ伏す者、他の少女達に睨みを効かせる者までいる。
「俺達に起こった大変不本意な状況の説明を頂けるとのことで参上しました」
「ボクの急な呼びかけなのに、よく来てくれた、ね」
案内してくれたのはユーリウス・グラッツェル少将である。元は四十代に差し掛かる細身のおじ様だったが、今は病的なまでに白い肌と蒼い目の美女だった。だがどこかオドオドとした態度と自信のない発言から少将本人であると確信できた。
「ボクたちは国益に貢献してきたのに……その結果がコレとはあまりに酷い!」
「泣いても解決しません! 女々しいですよ!」
ユーリウスを怒鳴るのはギャレン・ザイフリート大佐だろう。その自信と野心に満ち溢れ、階級が上の相手すら物怖じしない尊大な態度から彼の面影を感じる。
「皆殺しだ! オレ達を辱めたゴミ共はミンチにしてやる!」
舌っ足らずのロリボイスで物騒なことを叫んでいるのは誰かは分からない。メアリックは思わず彼女を二度視する。
「全く面影はないが、あの金剛柏葉鉄騎士十字勲章はベアニー・アッヘンバッハ大佐か」
「一人で連合の大隊を総崩れにさせたというアッヘンバッハ大佐ですか!?」
テオバルトは「信じられない」という言葉を呑みこんだ。今は何者かによる策略で女体化縮小化しているが、本来は熊のような屈強な大男であるためだ。昨日も挨拶で顔を合わせていただけに驚きを隠せない。
「リックも随分可愛くなってしまったね。不自由していないか?」
「そう言う貴女はレイナート・フレンツェン中佐でありますか。不自由ばかり感じていますよ。ここにいる連中は皆そうでしょう?」
肩をすくめるレイナートは金髪に面影があった。元々が女顔だったからとは口が裂けても言えない。
「早く本題に入ってほしい。皆もそれを望んでいるはず」
小声なのになぜか皆の耳に入る不思議な美声の持ち主はカミル・リンテンベルク中佐だろうか。彼女が口火を切ったことで、円卓会議は始まった。
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