気づいたら異世界の子どもになってたけど、家族があまりに優しすぎて泣いた

れいや

第1話 さようならブラック、こんにちはぬくもり

 目を覚ました瞬間、違和感でいっぱいだった。


 天井は木でできていて、ほんのりとした灯りが部屋を照らしている。

 どこか牧歌的な香りが鼻をくすぐり、窓の外には見たこともない草原が広がっていた。


「……ここ、どこ?」


 それよりも驚いたのは、自分の手がやけに小さいことだった。

 指も細く、声を出せば甲高く、まるで子どものような――いや、子どもそのものの声。


 混乱する中、扉がそっと開いた。入ってきたのは、亜麻色の髪をした若い女性。

 彼女は俺の顔を見た瞬間、ぱっと表情を輝かせた。


「ティオ! 起きたのね、よかった……ほんとに、よかった……!」


 ティオ……? 俺は大輝(たいき)、ブラック企業で日々死んだ目をして働いていた男のはずだ。

 なのにこの世界で、どうやら“ティオ”という名の子どもに転生してしまったらしい。


「少し熱が下がったみたい。お腹すいたでしょ? おかゆ作ってきたから、食べようね」


 女性――エルナと名乗る彼女は、スプーンでおかゆをすくい、やさしく息を吹きかけて差し出してくる。


「はい、あーん」


 ……まじか。こんな、母親みたいなこと――。


 恥ずかしいと思うよりも先に、口に入ってきたのは、信じられないほどやさしい味だった。

 塩加減も、温度も、全部がちょうどよくて、心の奥にじんわり染みていく。


「うま……」


「ふふっ、よかった。ティオはちょっと小食だから、心配だったのよ」


 俺は、気づけば目から涙をこぼしていた。


 会社では怒鳴られてばかり。ミスひとつで人格を否定され、徹夜明けの朝に見たのは、誰もいないオフィス。

 そんな場所で、俺はずっと“家”なんてものを忘れていた。


 でも今――この世界には、優しい声がある。あたたかい手がある。


「……うまい……優しすぎて……なんか、涙出てきた……」


「えっ……あ、泣かないで……ティオ……大丈夫よ、大丈夫……」


 エルナは焦りながら、そっと俺の背中をさすった。

 それがまた、あまりにもやさしくて、胸がぎゅっと締めつけられる。


……こんな世界、信じられるかって思ってたけど

今だけは、信じていい気がする


 この世界がどうなっているのか、何のために転生したのか――そんなこと、今はどうでもよかった。


 ただ、目の前のぬくもりに包まれていたかった。

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